1話 プロローグ クズは地獄でもクズでした
分かってはいたんだ。
それは起るべくして起こった当たり前の出来事。
背後からの一突き、それで終わり。
辺りには誰もいない、助けなど来ない、いたところで助けてはくれないだろうが…
「ざまーみろ!!」
激痛に耐えながら声のする方を見る、知らない人間?
いや、おそらく向こうさんは俺の事を知っているのだろう、不気味に吊り上がった口が復讐者のそれとして相応しかった。
「ははははははっははっはっはは ――― おぇっ! ・がは・・!」
痛さで感覚が狂ってしまったのか、自然と笑いがこぼれた。
人生最後の笑いは血の味と後悔の―――そんな訳がなかった。
俺が後悔などする訳がなかったのだ。
「この糞あまーーー! ぜってー犯す!! おか・して・・・ こ・ぉして・・」
俺は叫びながら刺した相手に掴み掛り、そこに彼女の怯えた表情を見たところで息絶えたのだった。
あっけない最後だ、我ながらどうかと思う様なチンピラの叫びが辞世の句になった。
それが生前、俺の最後の記憶になった。
それがどうしたって? そう言われると生前の話をする事がなくなってしまう。
要するに俺は私情のもつれで恨みをかい、女に刺されてしまう様なクズだった。もちろんそれだけではないのだが…
いずれ語る事もあるかもしれないが、これ以上は犯罪自慢という黒歴史になってしまうので割愛する。
◇
そしてここは…おそらく地獄。 ―――のはずの牢獄。俺はここで長い時間を待たされていた。
地獄と思ったのは仮定だ。
死んだ後に俺が行く場所は地獄しかないのだ。それだけの事をやったと思う。
しかし、一向に神様や悪魔、死神といった存在が現れない。
現状、お裁きが下りその後刑罰が執行された訳ではないのだ。
目が覚めた時には既に牢の中いた、ただそれだけの放置状態であった。
俺が容れられたのは、臭いトイレとその横に添えつけられた汚いベット、それだけの狭い牢獄。
トイレが有る事は有難かったが謎だった。糞尿を垂れ流すのはいやだが、地獄と言われるわりには
人道的な場所に思えた。ただし、問題がない訳ではなかった。
鉄格子の向こう側が何も無かったのだ。もちろん向かいの部屋は無く、隣の部屋も無い。
そこには何も無く、白い世界が広がっていた。辺り一面が白で塗りつくされた世界、地平線の彼方までそれが続いている様だった。そして、その場所で長い時間を待たされているのである。
始めは、叫び続けた。
恨み言や不満を大声で叫んだ。何も起こらなかった。
それを繰り返すうちに喉が渇いた。水なんてなかった。
腹が減った。飯なんてなかった。何もなかった。
いや、トイレとベットはあった。でも眠る事が出来なかった。眠たいけど眠れないのだ。
トイレも使う事がなかった。何が人道的な場所だ。する事が無かった。
いつの間にか死ぬ事を考えていた。死ねなかった。なぜなら死んでいたからだ。
ただ小さくうずくまり、鉄格子の外だけを見るようになった。白の世界の変化を見逃したくなかった。
白の世界を見つめている内に時間という感覚が無くなって行くのを感じていた。
俺には、ただ何かが起こるのを待つ事しかできなかった。
◇
「またせたな」
それは、唐突な出来事。
「どうした? その目は何だ?」
それは、女だった。
帳簿を片手にかかえ、こちらを見ている。
綺麗な女だった。黒髪と黒い瞳に透き通る様な白い肌、黒いローブが印象的な女だった。
そして何より、鉄格子の向こう側に白以外の色があったのだ。
そう、色、色、色。
「女! 一発やらせろーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
俺の魂の叫びであった。鉄格子から手を伸ばし女の胸を鷲掴みにする。
ああ、胸とはいいものだ。大きさは…いまいちだが…モミモミ…いいじゃないか。
女は固まっていた。
「お前、いい女だな、抱いてやる中に入れ」
空いた手で鉄格子を叩き催促する。
女はなお固まっていた。
「どうした? あれか、鉄格子越しにやるのが希望か? グフフ、そういうのも有りだ、楽しませてやるよ」
俺は顔緩ませ、鉄格子に体を擦り付け腰を振りながら、手を女の下腹部に…
女の目がこちらを見ている。絶対零度に冷え切った視線だった。
ドゴォ――――――――――ン!!
その瞬間、俺の腕が鉄格子ごと吹き飛ばされるのを見た、具体的に何をされたのか理解できなかった。
俺は腕を失うと同時に後ろの壁に叩きつけられていた。
「このクズが!! 処刑の前に殺してやる」
それが、俺と獄卒ちゃんとの出会いでした。