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一之瀬夏燐は憧レル。  作者: 木邑 タクミ
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第八話


 俺は今まで、自分のこの体質が大嫌いだった。

 当たり前だよな、はっきり言ってこんな体質百害あって一利なしだ。こいつのせいで俺はもともと行っていた高校を辞めなきゃならなくなったし、それに家まで追放された。ああ、今でも俺は自分のこんな体質が大嫌いだ。死ぬほど嫌いで、こんな風に生まれちまった自分を何度呪ったかわからねぇ。俺の人生こいつのせいでめちゃくちゃにされちまってる。そんなのは俺にもよくわかってるさ。よく、わかってる――だけど。

 俺は今、ほんの少しだけ――こんな自身の体質を、好きになっちまいそうだった。

「はっ、今更てめぇ一人が来たところで何になる。殺すなと言われてるから殺さねぇけど、ラッキーだと思うんだな。ヒーロー気取りなんだろうが、なんにもできてねぇぜ、お前はよ」

 そう言って目前の黒服スーツは一之瀬の入るトランクを閉めようとする。それにしても如何にもって感じだよな、黒服にサングラス。男は何度も閉めようとドアをぶつけるが、それは一度もぴたりと収まらない。ドアが何度もガンガンと音を立てて跳ね返っている。

「……?」

 簡潔に言おう、俺はこの車に『触った』。

「ボス! エンジンがかかりません!」

 運転席に座ったやつの声が聞こえる。ざまぁ見ろってんだ。一之瀬を拉致しようってか? そんなの許さねぇよ。誰より俺が――許さねぇよ。

「この車なら、俺が壊しといたぜ」

 余裕綽々に、言ってやる。見ろよ、目の前で歪む男の顔を。情けねぇったらありゃしねぇ。この車がなくなったら、お前らが一之瀬を拉致る作戦は完全終了。そんなの頭が足りねぇ俺にだってよくわかる。だって、逃げる方法がなくなっちまうもんな。

 ――やってやったぜ。初めてこんな能力が、他人の役に立ちそうだ。散々忌子としてののしられた俺が、人の役に立つんだぜ? それも俺が恋してるかもしれない女の子の前で? 人生で最高のシーンだろ、こんなの。最高すぎて最高すぎて――笑みが、こぼれてしまいそうだ。

「……お前、何を、した」

 だがそんな俺の余裕は一瞬にして消え去ってしまう。目前に立つ、禍々しい怒気を放つ一人の男によって。

「……お前、いったいこの車に、何をした?」

 頭皮には血管が浮かび、唇は怒りで引き攣っている。その凄まじいオーラはまさに大蛇のそれで、俺は内心ガタガタ震えている。こ、これが本職の恐ろしさ……。

「……何でもいい、とりあえず今はお前をブッ飛ばさなきゃ――気が済まねぇ」

 瞬足、だった。俺の目でとらえることができないほどの速度で加速したその男は、俺の腹に膝蹴りを叩き込む。肺の中の空気がすべて押し出され、胃の内容物が強引にシェイクされる。俺はたちまちはるか遠くまで吹っ飛んだ。腹部を襲う激しい鈍痛にこらえながらすぐに起き上がると、男は憤怒の形相を維持したまま淡々とこちらへ歩いてくる。なんだ今の、人間の膝の感触じゃなかったぞ? もっと硬くて……熱いような、感じ。

「ほう……今のを受けて立ち上がるか。なかなか根性あるじゃねぇか、てめぇ」

 男はそう言った途端、ファイティングポーズの姿勢をとる。すぐに男の姿が、消える。

 またしても人間とは思えぬ加速。男が見えたと思った時には、奴はすでに俺の前にいてアッパーの構えを行っている。俺は棒立ちのまま男の全身を使ったアッパーを食らう。またしても吹っ飛び俺は舌を派手に噛んでしまう。口の中に鉄の味が広がっていく。ボロ雑巾みたいに落下して、地面に身体をぶつける。自重の衝撃は思ったよりも強くて、全身がズキズキと痛む。

「はぁ……はぁ……」

荒い呼吸を繰り返す。肺にロクに空気が入っていない。身体のいたるところが擦り切れて血が出ている。どこかの骨も、折れてるかもしれない。でも、まだだ。ボロボロの身体に鞭打って、俺はもう一度起き上がる。一之瀬の前で……カッコ悪いとこ、見せられっかよ……。

俺は遠くで縛られている一之瀬にアイコンタクトを送る。――大丈夫だ、もうちょっと、耐えてみせる。

「……?」

 時間にしてコンマ一秒もなかっただろう。俺は、一之瀬の口が必死に動いているのに気がつく。その目は何かを俺に伝えようとしていて――俺は耳を澄ます。


「そいつの、両足は、機械で出来てる!」


 ビリビリ、と耳がしびれるような大声だった。間違いなく、一之瀬の声。そして俺はその言葉の意味を瞬時に理解する。わけわかんねぇけど――少しだけ、わかったぜ。

「あんたの両足……機械で、出来てんのか」

 俺は問いかける。男は怒りの表情を変えぬまま言う。

「ああ……だが、どのみちこれからすぐに死ぬお前には関係ないことだ」

 ほう……なるほど。さぁ、後は俺が必死に演技をするだけみたいらしい。

「さっきの膝蹴り、その割にはカスみたいなパワーしかなかったな」

 限界まで余裕ある風に、あんなのへっちゃらだったという風に。

「それが義足で強化した足か? そんな足なら、元のままのほうがよかったんじゃねぇのか?」

 挑発を、繰り返す。

「まぁこんな任務に駆り出されている時点で下っ端なことは確実なんだろうけど――」


「いい加減黙れ、クソガキ」


 ようやく、ぶちギレた。男の冷たい言葉が放たれ、男はまたしても加速する。その姿は俺の目にとらえることは出来ない。だが――予測することは、出来る。奴はきっともう一度膝蹴りを俺にかましてくる。

「――ハァッ!」

 俺は両の掌を胸の前で構えた。男の姿が現れたのは、それとほぼ同時。大きな男の黒い影と、鉛のように重々しい膝蹴りが俺のほんの数センチ先に現れている――。

「終わりだ、おっさん――」

 バチバチバチッ! と派手な音が鳴り響き、勢いに任せて俺は後方へと吹っ飛んだ。俺はアスファルトにあおむけにぶっ倒れ、男は路上にへたり込んでいた。下半身不随、ってな。


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