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一之瀬夏燐は憧レル。  作者: 木邑 タクミ
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第六話

 暑い、暑すぎる。一方その頃俺は家の中でガスコンロを使い飯を作っていた。夏場のキッチンってマジで暑い。熱いって漢字を当ててもいいくらいに暑い。

 それにしてもさっきのはいったい何だったんだ? 一之瀬も徳永も四宮も怒ってたし、しかも徳永と四宮は試すみたいな目を俺に向けてくるし。それってつまり俺を見定めようとして立ってことなのか? そうだとしたら少し気分わりぃよな。

 フライパンをシャカシャカ振って絶妙なチャーハンを作る。料理はめちゃくちゃ得意だ。なんでかって? ほかに家ですることがなかったからな。なんと自宅で俺はテレビに接近することすら許されなかったからな! あ、今の笑うとこ。今は午後の六時半。七時には飯を食いたいところだ。夏場で日が沈むのは八時くらい。それまでに食わないと真っ暗になっちまう。

「ふう~」

 はあっと息を吐いてチャーハンを皿によそう。左手で額の汗をぬぐう。俺は皿をリビングに持っていって、一人だまって飯を食う。

 ここは田舎だ。ゆえに賃貸が安い。素晴らしいかーちゃんの手腕によって月五万で豪邸のような家を貸してもらえることとなった。なんでも昔住んでた婆さんが死んじまって、親戚が格安で借り手を探していたらしい。シャワー付いてるし、冷蔵庫も付いてる。冷蔵庫は使わねぇけどシャワーは使える。内部構造的に壊さずに済む。

 くそう、どうせみんなは今頃クーラーの効いた部屋で冷たいコーラでも飲んでるに違いない。俺は何してるかって? 日陰でハァハァ汗かきながらチャーハン食ってんだよ。ここだけ半世紀前だよな、ほんと。

 人間娯楽がないと物事を考えてばかりになる。これは俺がこの短い人生で得た一つの事実だったりする。ゆえに俺は妄想の達人であると言ってもいい。だから俺は一之瀬のことを考え始める。今日おこった不可思議な事件に頭を悩ませる。

 いったい三人は何の話をしていたんだ? あの二人は俺のことが嫌いなのか? 少なくとも一之瀬からは嫌われてないみたいだが……それにしてもあの徳永ってヤローわけわかんねぇぜ。俺の手が一之瀬に握られた瞬間引きはがしやがった。いったいどういう神経してんだ?

 そのまま悶々と一之瀬のことを考えそうになって、俺はがばっと立ち上がる。いかん、煩悩に支配されてしまう。そんな状態になったら一之瀬と喋ることもできなくなるんじゃねぇか。もう飯は食い終わった。ええいこうなったら走り込みじゃ。俺は制服を脱ぎ捨て動きやすい服装に着替え外へ。ここら辺の地理を知る上でもランニングは悪くないはずだ。






 



 ……それにしても不思議だ。私は取り外した左手の付け根を見ながら考える。当然その部分にはギアやケーブルや半導体なんかが所狭しに並んでいて、これってどこからどう見ても電動機械だよね、なんて思う。ガスコンロだって電気使ってるらしいのになぁ。

 ふむ。

 ガスコンロと私の共通点、か。

「わっかんないよぉ~」

 私は素っ裸のまま転げまわる。危うく膝下から伸びているコードのコンセントが抜けそうになって転がるのをやめる。私は鏡の前に立って自分のハダカをしげしげと観察する。

 ――うーん、どう見てもただの女の子のハダカだ。発育がよくて可愛い女の子のハダカだ。

 ピースを決めてみる。

 ――うーん、なんだかえっちな本みたいになっちゃったぞ。やらしいから胸は隠そう。

 胸のふくらみを抱きしめるみたいにして隠してみる。そのまま前傾姿勢で鏡を見る。

 ――こ、これじゃあもっとえっちだ!? や、やめよう。自分でやってて恥ずかしい。

 うーん。

 私はふと思い立って、ちょうど胸のふくらみの下あたりを外せるようにシグナルを出す。かぱっという音がして、私はおなかの部分の表皮装甲をそっと取り外す。白い冷気と共に中の青い光が漏れ出し、ぽこぽこと小さな音を立てている。冷却水タンクだ。これは私の心臓みたいなもので、体を冷却するために、常に全身へ冷えた水を送っている。うん、いつ見てもとてもメカニック。

「……!」

 たったったった。

 その時聞こえたのはこの部屋へと走ってくる足音。私はぎょっとする。ああちょっと待ってまだ準備が――

「夏燐、静のことなんだけど――」

 緊急回避。私はベッドの上から布団を一枚引っぺがすとそれを身体に巻き付ける。

「みみみ、見ないで……」

 顔がかあっと熱くなるのを感じる。パラメータを見ると確かに体温が上がっている。澪奈はあきれたようにため息をつく。

「……あなた。ハダカを見られるのは全然嫌じゃないのに、中を見られるのは死ぬほど恥ずかしがるのね」

 私は口をとがらせる。

「……だ、だって恥ずかしいんだもん……」

「はいはい。オイル注してたのか何してたのか知らないけど、充電コード隠せてないわよ」

 私の顔が真っ赤になる。

「見ないでよっっ! っていうか見ても言わなくていいじゃん!」

「ごめんなさいね」

 ふふふ、と澪奈は怪しく笑い、ガチャリとドアを閉めた。私はふうっとため息をつく。嵐がやってきたのかと思った。いくらなんでも年頃の女の子なんだから、ノックくらいしてほしい。正直言って、機械の部分を見られるのは恥ずかしい。すごく恥ずかしい。死にたくなるくらい恥ずかしい。……実を言うと、あんまり見られたくない。

似たようなことを昔ドクターに話したことがある。ドクターはコーヒーカップ片手にこう言ったっけ。


――夏燐、それはね。アンドロイド特有の考え方なんだよ。

――当たり前でしょ。アンドロイドだけ身体が機械なんだもん。

――そうだね。夏燐、その恥ずかしいって思いはね、ヒューマン・コンプレックス、って言うアンドロイド特有の感情の一部なんだ。


ヒューマン・コンプレックス。私みたいな、そこまで上等な知能を搭載してない介護用ロボの人格だから、その言葉の意味を本当に理解できているのかは、わからないけれど。少なくともドクターはこんなことを言った。


――アンドロイドが生まれてからはや二十年。最初はろくに会話も出来なかった人格なんだけど、三年前、『魂』のデータ化に成功してからは状況が変わったんだ。君たちアンドロイドにも、我々人間とほとんど同じような人格が与えられるようになった。そこで初めて生まれたのが、ヒューマン・コンプレックス。簡単に言うと、アンドロイドの人間になりたい、っていう願望のことだ。

――それが私の、ドクターに体の中をのぞかれるのが恥ずかしい、っていう感情の原因?

――たぶんそうじゃないかな。

――そんなことないよ。だって私、別に人間になりたいと思ってないもん。

――そりゃまぁ、個人差はあるだろう。


 でも今になって冷静に考えてみると、私はやっぱり人間にあこがれてるのかも、なんて思った。みんなと違ってご飯を食べなくていい、っていうのも便利だけど、たまに寂しくなっちゃうし、みんなが私のことをアンドロイドだからって特別扱いするのも……なんだかちょっと、イヤだし。でも、私ってどこからどう見ても普通の可愛い女の子だと思うのになぁ。うん、さっきも確認した通りどこからどう見ても快活な女子高生――って、あれ?

「……うん?」

 東雲くんは、私がアンドロイドってことを知らないよね。

 さらに東雲くんは、ガスコンロが電気を使って動いていることも知らない。

「あれあれあれ?」

 しかも東雲くんは、その体質が始まったのは小学校に入ったころくらいからだと言っていた。私の中でさっきまでバラバラだったピースが一つになっていくのを感じる。ようやく見つけることができたたった一つの推測――。

「……これはもしや。これはもしや!」

 私はなんだか嬉しくなってしまって、適当な服を着ると部屋を出て澪奈のところまで走って行く。澪奈の部屋をノックもせずに入って、私はさっき思いついた考えを澪奈にまくしたてる。澪奈は驚いた顔で私を見つめてる。

「……たしかに、それなら納得がいくわね」

「でしょ!?」

「そうだとしたら、少し用心すればあなたへの危険はないわ」

「でしょでしょ!?」

 私がぐいっと顔を近づけてそう言うと澪奈は苦笑する。

「……いずれにせよちゃんとした確証が必要だけどね」

 私はにやっと笑う。昨日買っておいた豆電球が残っている。

「今から実験してくる!」

 私はそう言って澪奈の部屋から出ていこうとする。

「ちょ、ちょっと待ちなさい夏燐。いま静がいないから外を出歩くのは――」

「静なんかいなくていいじゃん! もう私先行っちゃうよ!」

 そんなことをしている間に、私は東雲くんの家を探し出す。もちろん検索して出てくるわけがないから、今までいろんなところを覗いて楽しんでいた担任のパソコンにアクセス。出席名簿を盗み見るのだ。私は東雲くんの家の住所を記憶すると、今からそこへと向かう最短ルートをはじき出す。所要時間、約五分。

 靴下をはくのがめんどくさいからサンダルで外に出る。外は相変わらず尋常でない暑さだったけど、もう夕方も近いから少しだけ温度が下がってる。私はうきうきしながら駆けていく――。百メートルくらい家から離れたところで、ふと私の耳に入ってくる男の声。

「今からどうやって侵入しようか考えてたのに、まさかターゲットのほうからのこのこ現れてくれるとはな」

 ぞっとして振り返ると、そこには黒いスーツを身にまとった男が三人、私を取り囲むようにして立ち並んでいた。全員が全員から只者ではない禍々しいオーラを感じる。サーモグラフィでそのオーラを見ることができないかと思って視覚を切り替えると、案の定彼らの足や腕は真っ赤に染まっていた。熱を含んだ金属装甲。っていうことはつまり、彼らは改造人間――。

 あ……私、さらわれそう。


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