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一之瀬夏燐は憧レル。  作者: 木邑 タクミ
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第五話

「………………待て」

 走る私を呼び止める低い声。まったく同時に肩へ置かれる重い右の手。その手のひらがなんだか気に入らなくて、私はそれを自分の右手で掴んで思いっきり握りしめる。加減を知らないパワー全開だ。静の右腕がみしみしと嫌な音を立てて軋む。

「………………」

 静はいつもの仏頂面のまま表情を変えない。私はさらに力を込めていく。普通の人間の腕ならぽきっと折れてもおかしくない。

「…………」

 静はそれでも無表情だ。私はさらに力をいれていく。

「…………………………………………………………………………………………痛い」

「勝った」

 よっしゃ。私は内心ガッツポーズをとる。その時だった。こつんと軽い一撃が私の額にヒットする。いたい。静が私の額をこぶしでつついたのだ。静はその渋い顔で言う。

「…………………俺の任務は夏燐を護衛することだ。………………もともと、そういう条件付だったはずだ。危険が及ばぬ範囲での行動、と上から決められている」

 私はその一言にカッとなる。だってそれってつまり――

「東雲くんは危険なんかじゃない! さっき私が彼の手を触れても私は故障しなかった!」

 静は眉ひとつ動かさない。

「……………………………………偶然だろう。そんな恐ろしい男と夏燐を接触させることは、百害あって一利なしだ。あんたを故障させるわけには、いかない」

 この分からず屋……アンドロイドの私が本気を出せば静くらい倒せるんじゃ……。

「………………………馬鹿な考えを起こすのはやめておけ」

 そう言って静がちらつかせるのは小型の遠隔操作器――リモートコントローラーだ。私は歯噛みする。あれは私の内蔵コンピュータと繋がっていて、そこから送られる信号の一切に私は抵抗できない。つまり、あの装置さえあればどんなことだって私にさせることができる。たとえそれが、理不尽な要求をのませることだって。

「……ふざけ、ないでよ。ふざけないでよ!」

 あんまりの不条理に私は怒鳴った。そのときようやく澪奈がやってきて、「どうしたの?」なんて言っている。でも私の前には静の仏頂面しか映らない。

「静なんて大っ嫌い! もう二度と顔見せないで!」

 私は思いっきり静を睨み付けると、くるりと振り返り家のほうまで歩き始める。




 私は静に対してイライラしてたけど、その時の私にはもっと深刻な問題があった。じりじりと私の身体を焼く熱線、そして信じられないくらい高い湿度。

 暑い、熱い熱い熱い――早く水浴びたい。このままだと故障しちゃう。

 アンドロイドなら暑さも寒さも感じないと思うでしょ? 違うんだなー、これが。アンドロイドは精密機械のかたまりみたいなものだから、温度の変化だけにはほんとに気をつけなくちゃいけない。しかも日本の夏の炎天下の中で怒鳴りあいなんてやってたら、最初からあった冷却水もすっかりあったまっちゃうよ。大変だ急がなきゃ。故障するのはいくらなんでもまずい。私は発熱量と運動量の一番効率のいい速度で家まで向かう。今すぐにでも服を脱ぎたかったけど、花も恥じらう女子高生なのでそんなことはできない。私にも汗かく機能があったらなぁ。もうちょっと温度調節も楽になるのに。

「ただいまー!」

 靴を脱いで玄関を駆け抜ける。それと同時にブラウスのボタンを外して放り投げる。スカートと下着を脱ぎ生まれたままの姿で冷却室に飛び込んだ。氷がいっぱい浮いたお風呂の中にざぶん。氷水が私の身体を急速に冷やしていく。

「あぁ~生き返る~」

 やっぱり日本の夏は暑すぎだ。一時間も外で活動してられないよ。私は冷や水の中に頭まで潜る。そして水をいっぱい飲み込んでいく。冷たい水で身体の中を入れ替えなくちゃ。

 何とか体温を適正温度にまで戻したところで、私はふうと息をついてお風呂から上がる。あっためすぎも身体によくないけど、冷たすぎるのも身体によくない。機械の身体はデリケート。

「……夏燐」

 ガチャリと冷却室のドアが開いて入ってきたのは澪奈だった。寒そうにぶるりと震えて私のことをじっと見つめる。

「どしたの? 澪奈」

 澪奈はそのまま少しの間黙っていて、やがて言いづらそうに口を開いた。

「……さっきの、ことだけれど」

 私は間髪入れずに言葉を返す。

「澪奈も、私が東雲くんと仲良くするのは反対なの?」

 私のその勢いに押されたのか澪奈は目をぱちくりと開くとすぐに目を伏せ、

「……ええ。正直言って、あんまり仲良くしては、ほしくないわね」

 と答えた。私は口をとがらせる。

「澪奈までそう言うんだ」

 しかし澪奈はにっこりとほほ笑む。

「でも、あなたが彼に触れても故障しない原因がわかれば、仲良くしてもいいかな、って思っているわ。それでも静は反対するでしょうけど」

 私は驚いた。だってさっきまでずっと反対の一本調子だったから。

「ほんと……?」

「ええ、あくまでも彼があなたに触れてもあなたが故障しない原因がわかれば、よ?」

 その言葉を聞いて、私はなんだか嬉しくなった。

「ありがとう! 澪奈!」

 でもそんな嬉しい私とは対照的に澪奈は少し暗い顔だ。

「でもきっと静は反対するでしょうね……」

「あの分からず屋。頑固おやじかって感じ」

 私は突き放すようにそう言うと、澪奈は苦笑する。

「静には静なりの葛藤があるのよ」

「なにそれ。あんなやつがどこで悩んでるって言うの」

「静はあなたのボディガードだから、あなたを故障させるわけにはいかない」

「そんなの知ってるよ。でも現に私は故障してない」

「それに静……あなたに少し気があるみたいだから……」

 その一言に私はぎょっとする。静が私に気がある? こみあげてくる笑いがおなかの中からあふれだす。

「……ふふ、あっははははは! そんなわけないでしょ! 静が、私のことを好き!? そんなの絶対ありえないよ! だって今もこんなに喧嘩してるのに」

「……(あなたのさっきの大嫌い、ですごい傷ついていたみたいだけど……)ま、そうかもしれないわね」

 前半は声が小さくてよく聞き取れなかった。

「そうだよ。地球がひっくり返ってもあり得ないよ。静が私のこと好きなんて。だってリモコンで脅迫してきたんだよ? そんなの好きな人にするわけないじゃん」

「世の中の愛にはいろんな種類があるのよ」

 わあびっくり。

「し、静ってそういう気があったんだ……」

「……まあ、静もだいぶん焦っているのは事実でしょうね」

 ふむ。

「私が東雲くんにとられちゃうかも、って怖いわけだ?」

「そうなのでしょう」

「うーん……でもよくわかんないよ。だって私別にまだ東雲くんのこと好きってわけじゃないし、まぁこれから好きになる可能性がなくはないんだけど……今はお互い転校生と初めての友達、って感じだし。それを引きはがそうとする静も意味わかんない」

「独占欲ね」

「何それこわっ。静って束縛強いタイプなの?」

 私が冗談めかしてそう聞くと澪奈はふふっと上品に笑う。

「そうかもしれないわね」

「やーだ。何それキモい。だってそもそも私は静と恋人同士なんかじゃないじゃん。なのにそんな風に思うって……」

「それが静の葛藤なのよ」

 言い含めるように澪奈に言われて、私は少し考える。

「ふぅん……」

「ねぇ私、東雲くんの体質で気になったことがあるんだけど」

 澪奈は唐突にそう言った。

「ん? なに?」

「彼、ガスコンロは電気を使ってないから使える、って言っていたじゃない」

「うん。言ってたね。シャワーも使えるって」

「私気になって調べてみたんだけど――ガスコンロって、電気使って動いてるのよ。ボタンを押したらパチって言うじゃない? あれって火花を電池から生み出してる音みたいなの。確かに停電の時でもガスコンロは使えるけれど、でも電池を使っているのに彼は壊さずに済んでる――これって、あなたが触れられても壊れないヒントになるんじゃないかしら?」

「そ、そうかも……確かにそれって変だ」

 びっくりである。


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