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一之瀬夏燐は憧レル。  作者: 木邑 タクミ
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十六話

 説明が終わってから、石田と共に東雲の家を出るともう八時になっていた。

「あんた、家どこだ。送ってやるよ」

 運転席に座りキーを回した石田がそう言った。

「結構よ。ほとんど私にとってあなたは初対面じゃない」

 澪奈は断る。

「遠慮するなよ。どうせ近いんだろ」

 澪奈は微笑む。

「ずいぶん送りたがるのね。あなたもしかして送り狼かしら」

 石田は怪訝な顔をする。

「俺には嫁さんがいるんだ。それに胸板の薄い女子高生に興味はない」

 澪奈は目を丸くする。

「な、なんですって……誰の胸板が薄いと」

「あんただよ」

「……」

 澪奈はしばし唖然としたが、話題を変えた。

「それに、あなた家族がいるのね」

「ああ、こんな体だけど、な。運がいいんだ」

「……」

 澪奈は返事をしなかった。

「どうしたんだ?」

「いえ、単純に羨ましいのよ。私に血のつながった人間はいないから。家族というコミュニティが、羨ましい」

 その一言で、石田はおおよそのところを察したようだった。

「あんたも探せばいいさ。あんたは美人だから、それなりの相手が見つかるだろうよ」

「……そうなのかしら」

「ああそうだ。あんたに温かい家庭を与えてくれるやつがきっと見つかる」

「……」

 澪奈は黙っていた。石田が車を発進させる。

「支部長と喋ってる時のあんたはとんでもない女だと思った。世界にゃこんな強欲な女もいるのか、って具合に驚いたよ。……でもどうやらそれは間違いだったらしい」

 澪奈は薄く笑う。

「美しい女は嘘がうまくなるのよ」

「そりゃ言えてる」

 石田は笑った。

「……それに違和感もあった。あんたはそういう人の上に立ちたがるタイプには見えなかったしな」

「見えなかった、ってあなたと私はほとんど初対面じゃない」

 石田は言う。

「第一印象だよ。あんたはこんな風に、危ない橋を渡るタイプじゃないと思ったんだ」

「ずいぶん良い観察眼をお持ちですこと」

 石田が顔を歪めて笑った。

「内臓の裏側まで真っ黒な女子高生かと思えば、本当はただの人情派だったってわけだ。今回の依頼の真相がそんなところにあるとは、実に面白い」

 澪奈は静かに答える。

「……そう、ね夏燐――あのアンドロイドは、私の家族なのよ。たった一人の、家族」

「ふむ」

 石田は前を見つめながら返事をする。

「身寄りがないから、ことさら依存してしまうのでしょうね、私も」

「アンドロイドが非人道的な扱いを受けてる、つったって、アンドロイドに人権があるのかって話だよな」

 澪奈は首を振った。

「あの子と喋ったらわかると思うけれど、あれは一人の人間よ。怒って泣いて笑って喜ぶ、かわいくて少し幼い女の子よ」

「ずいぶん入れ込んでるんだな」

「入れ込んでなきゃ、こんな作戦を立案しないわ」

 石田は口の端をゆがめた。

「……そうだな。それにしても――あの男は、本当に来るのか?」

 澪奈は口をつぐんだ。澪奈の説得はある程度の成果を見せたように見えたが――結局、最後に夏燐を救いたいと決意するのは東雲の意志なのだ。

「微妙なところね。来るかもしれないし、来ないかもしれない」

 石田は困り顔だ。

「おいおいそれじゃ困るぜ。作戦にはあの男が必要不可欠なんだ。もし来ないなんてことになったら――」

「来る、と信じるしかないわ」

 澪奈は断言した。

 すべての真相を知ってしまった今、恐らくもう東雲は夏燐に触れることもできないだろう。けれど、なんとしても夏燐の記憶が消されるという事態は回避しなければならない。そう、すべては夏燐のために。


 明日。すべての運命が決まる。もし明日作戦に失敗すれば、恐らく澪奈の命もないだろう。これは研究所に対する反乱であり、謀反と全く変わらない行動なのだから。だけど、澪奈の内に、社会的抹殺に対する恐怖心はなかった。翻って高揚もなかった。あるのはただ夏燐を救いたい、という冷静な思いだけだった。


 明日――そう、明日。澪奈は流れていく電灯をただじっと眺めていた。


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