第三話
自転車に乗り離れていく東雲くんを私は遠目に見ていた。すっごく変わった人だなぁ。
「ねぇ夏燐、何見てるの?」
隣に立つのは友達の四宮 澪奈。と言っても友達なのは表面上だけだけどね。
「今日さ、転校生来たじゃん」
私の声に答えるのは反対側の徳永 静。静って変な名前だけどこれでもしっかり男の子。静って名前が表す通りあんまり喋らなくて無口だ。彼とも友達だけどそれは表面上だけ。
「………………ああ、来た。ケータイがなんとか言ってた」
「そうそう、ケータイ! 私、こないだ買ったスマホ壊しちゃった! 怒られるかな?」
私の言葉に隣の澪奈がびっくりする。
「え? 夏燐、こないだ買ってもらったばっかじゃない。あったほうが高校生っぽいーとか言って、もう壊したわけ?」
私はちょっと気まずくて頭をかいた。
「いやぁ……こんなことが、ありまして」
「触った電化製品を壊す!?」
澪奈が恐ろしいくらい目をまん丸にして驚いている。そんなに驚くことかなぁ。
「私の存在がみんなにとってはすでにオカルトなのに、なんでそんなに驚くの?」
隣の静がぼそりと言う。
「…………アンドロイドと超能力者じゃ、どっちのほうがオカルトだ」
「どっちもどっち!」
私は高らかに宣言した。右側の澪奈が苦笑する。
「……それにしても良かったわね。東雲くんがそういうことなら、あなた、奇跡的に体に触れられなかったってことでしょ?」
「え、なんで?」
私は首を傾げて聞き返す。
「だってあなた、触られてたら絶対動けなくなってるじゃない」
澪奈の言葉に私は手をポンと打とうとして――あれ?
「私、東雲くんと握手したよ……?」
静と澪奈はすごい形相で私に振り返った。
正直に言ってしまおう。私、一之瀬 夏燐はアンドロイドだ。今からだいたい五十年後の未来からやってきました。ナスタック社製介護用ロボットタイプエックス0034型。介護用ロボットだから戦闘能力はありません。人間と違うことと言ったら腕力がものすごく強いことくらいかな? あとご飯とかがいらないとか。今高校では女子高生をやってますけど、実年齢はまだ二歳です。ぴっちぴちって騒ぎじゃないね。
「夏燐ーご飯作って」
澪奈のけだるげな間延びした声がキッチンから飛んでくる。
「今日は澪奈の当番でしょ」
「いやー作りたくないあついー」
「いやだ。めんどくさい。それに私ご飯食べなくてもいいし?」
「くううアンドロイドめ。静はどこなの、静―」
「………………何だ」
「ご飯作るの手伝って!」
「………………イヤだ。ところで、夏燐」
「ん、何?」
「…………さっき言っていた、東雲のことだ、彼とはなるべく、接触するな」
その言葉に私は首を傾げる。
「なんで?」
静との会話に澪奈が割り込んでくる。
「それは私も同意見ね。体に触れた電化製品をなんでも故障させるなんて体質、あなたの横に置いておくには危なすぎるわ。明日からあなたの席には私が座る、こうしましょう」
「………………そうだ、それがいい」
私はトントン進んでいく話にむっとする。
「何二人で決めてるのよ」
「……………………文句があるのか」
「うん、あるよ。スマホを犠牲にして転校生とせっかく仲良くなれたのに、さっそくその権利を手放せと仰るわけ?」
「そうよ。ボディガードとして言わせてもらうと、その人物はあなたにとってとても危険。だから、離れるべき」
その時私は思い出していた。身長が高く肌が程よく焼けた東雲くんが、私のスマホを触った途端に蒼白になってペコペコと謝るさまを。きっと彼にはつらい過去があったんだ。だからそれを隠したくて最初の自己紹介であんなことを言って、弁償するって言って真剣に謝った。そんなことがあったのに明日から関係がおしまいっていうのは……なんとなく、イヤ。
「イヤ。私はあの席に座る」
「………………なんでだ」
「私、東雲くんがちょっとだけ気になる。それに東雲くんと握手したとき私が故障しなかったってことは、彼の体質が私にだけは有効じゃないっていうことじゃない?」
「そんな保証はないわ。それに彼、その体質が原因でこんな田舎に転校してきたみたいじゃない。そんな人をあなたの隣にはできない」
澪奈が突っかかる。
「それじゃ、明日東雲くんと話してその体質について聞くから、明日だけはいいでしょ? それで対策が分かったらちゃんとするし、ダメだったら席は澪奈に譲る。これじゃダメ?」
私の剣幕に、澪奈と静は少し気圧される。
「………………だが……」
「……それであなたが壊れちゃったら元も子もないわ」
私は少しだけ考える。どうしたらいいかな。
「じゃあ、私と東雲くんが喋るとき、澪奈も一緒にいたらいいじゃん! そしたら身体が触れそうになっても止めてくれるし、東雲くんがいい人っていうのもわかると思う」
これでもダメなら強行突破だ。戦闘型じゃないけど私の筋力は人と比べればとても強い。そういうのが女の子っぽくなくてちょっと残念ではあるんだけど。
私の強い意志に根負けしたのか、澪奈はため息交じりに言う。
「……もう、仕方ないわね。明日、一日だけよ」
一方、静は不服そうな表情だった。でも反論しないっていうことは、一応おっけーってことだよね?
「ありがとう! 明日、東雲くんに体質のこと聞いてみる!」