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一之瀬夏燐は憧レル。  作者: 木邑 タクミ
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十四話

 ~夏燐送還前日~



 何とかして静の責任者としての権利を剥奪できないだろうか。澪奈はそう考えた。だが――皮肉なことに静の判断は責任者としては正しいのだ。確かに東雲の存在はアンドロイドにとってかなりの脅威だし、それから離れさせるというのは上だって納得する判断だろう。少なくとも、今澪奈が所属している会社の中では静の方が有利なのだ。したがって、静を更迭させるという手段は相当難しい。澪奈は歯噛みする。どうすれば、どうすれば……心だけが逸る。ちょうどその時、澪奈のスマホがコールを鳴らす。

『石田』

 そこには名前が表示されていた。澪奈は一瞬誰だかわからない。しかしすぐに思い出す。

 慌ててスマホを耳に押し当てた。

「――もしもしっ」

 対し、聞こえてきたのはふてぶてしい男の声だった。

「……よう。あんたが言ってた、支部長との会談、何とかなりそうだぜ。日時は三日後の午後三時――」

 間髪入れずに澪奈は挟む。

「遅い! 今日よ。今日会わせなさい。それしかないわ」

 男の機嫌が悪くなるのを感じる。

「ああ? てめえ立場わかってんのかよ――」

 澪奈は冷静に反論する。

「立場をわかっていないのはあなたの方よ。石田さん。あなた方が喉から手が出るほど欲しがっていたアンドロイドを手に入れるチャンスがあるのよ? それをみすみす逃すつもり?」

 男は無言になる。

「……チッ、そりゃあ、そうだがよ……」

 そう、今澪奈が電話しているのはほかでもない、一か月前、夏燐を攫っていこうとした改造人間なのだ――ナスタック社が送り込んできたエージェント。夏燐を奪い取るために東雲が倒したあの時の敵。

「オーケーが出た。今すぐ指定する場所に来い。武装はしてくるなよ」

 澪奈は冷静に返す。

「それも決めるのは私よ、石田さん。私は自衛の武装をしていくけれど、あなた方が少しでも武装しているような素振りを見せたら、この話はすぐになしになるわ。そこのところをわかってちょうだい。売り手なんてほかにごまんといるの」

「……口の減らねぇ女だ。わかった。こちらも一切武装はしない。いいからとっとと来い」

「ええ。了解よ」





 市内の少し都会の場所まで行くと、そこにナスタック社の『支部』はあった。エントランスで名前を告げて中へと通される。上品な接客室でソファを勧められ、澪奈はそこに落ち着いた風格で座る。――うまくやらなくては、夏燐の未来がなくなる。

「やあ。君が、理学研究所のエージェントかい。ずいぶん若いんだな」

 現れたのは四十か五十といった太り気味の男で、その目にはギラギラとした生気が宿っている。

「四宮 澪奈よ。身分の証明なんて必要かしら」

 男は笑った。

「いや、いい。君がいる理学研究所は海外からの引き抜きが多いからな。高校生が勤めていたって何も不思議には思わんさ」

「理解が早くて助かるわ」

 そう、夏燐が今所属している理学研究所――その所属を、丸ごと変える。そして澪奈自身が新たな場所で夏燐の管理の責任者となる。――これが、たった一つだけ可能かもしれない、夏燐を救える可能性。静という責任者が問題だというならば、その組織ごと変えてしまえという、逆転の発想。

 男はにやりと笑った。

「君が言った――アンドロイドの我々への提供。素晴らしい。だがそれはもちろん、上の指示ではないだろう?」

「ええ。私の独断と偏見です」

「ふむ……君は以前、私の部下を手酷く追い返したな」

「ええ。当時は私もあちら側でしたから」

 男は遠い過去を思い出すような目つきになる。

「石田君なんて酷かった。彼はナスタック社が誇る改造人間だったというのに……両足がほぼ完全に機能を停止していた。前例のない破損度だったよ。なんせ至るところの電気回路のすべてがショートし、焼き切れていたんだからな」

 澪奈はすぐに、この男はその謎を知りたがっていることを理解する。

「それは、企業秘密です」

 男はまた笑う。その目に強い猜疑の色が宿った。澪奈は計画する。

「……ほう。面白い。それで、目的はなんだ。どうしてそんなエリート様が出世街道を外れるような真似をするというんだ? そんなうまい話、こちらがそう簡単に信じるとでも思ったか」

 ――アンドロイドが人権を害され、そのあまりにひどい扱いに腹が立ったからです――

 澪奈はにやりと笑う。

「金よ。そして、権力」

 男の目がよりギラついた。

「……ほう」

 こんなところで本音を言う馬鹿がいるものか。だいたい真実の方が、きっと彼らにとっては嘘くさく映ることだろう。

「今の理学研究所のスタイルだと、私のやりたいようにやれないの。アンドロイドを使った実験だってそう。2040年の技術よ? そんな宝の山みたいなものを、あの研究所は使いこなせていないの。私はそれにウンザリしてるってわけ」

 男はクク、と笑う。やがてそれは大きな笑みに変わり、その目に更なる凄みを与える。

「……ずいぶん強欲な高校生がいたものだ。金に権力、君はもう社会の闇にどっぷりとつかっているよ! いいだろう。それでいくら欲しいんだ?」

 澪奈は淡々と告げる。

「十億。さらに私を新たなアンドロイドの研究プログラムの主任にしなさい。それが私からの条件よ。いかがかしら」

 男はグロテスクに顔を歪めて笑う。

「いいだろう。乗った! アンドロイド案件に関してはいかなる金もいとわないと上からのお達しが出ているものでね! さあ、続いては拉致の計画を練ろうじゃないか!」

「ええ。話が早くて助かるわ」

 澪奈は一安心する。うまく演技ができた。恐らくこの男は、私が嘘をついているとは全く思っていないだろう。

「それでいつ決行するんだ? 来週か? 再来週か?」

「明日よ」

 男の目が丸くなる。

「明日ぁ!? そりゃいくらなんでも急だろう」

 澪奈は表情を変えない。

「明日、アンドロイドは東京にある本部まで運ばれるわ。そこで精査されることになるの。本部まで行くともう警備の厳しさは現在の比じゃない」

 男はにやりと笑う。

「なるほど。輸送中の車を襲撃したらいいんだな」

 澪奈は首を振る。

「無理よ。輸送中が最も危険なことくらい、彼らにだってわかっているわ。恐らく完璧な警備態勢で移動に臨むはず。何台もダミーを使ってね」

 男はたじろぐ。

「明日までに用意できる戦闘員なんて高が知れているぞ。そんな不十分な準備で作戦が成功するとは、到底思えない」

 澪奈はにっこりと笑う。余裕ありげに、ミステリアスに。相手の一歩上を行く。

「……ねえあなた。先ほど、石田さんが何をされたのかわからないくらい、壊れて帰って来た、って言っていたでしょう」

 男は澪奈の凄みに圧倒されていた。

「……ああ」

 澪奈は言う。

「私はとっておきのジョーカーを持っているの。

 彼は触れる機械を全て、完全に破壊する。彼を、作戦に動員するわ」


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