第十話
あの日から、何日もひどい雨が降り続いていた。薄い毛布の中で俺はただじっとしていた。ミノムシみたいに動かずずっと横になっていると、黒々とした心の炎症もいくらか和らいでくれるような気がした。
『大っ嫌い、だからもう、どっかに行ってよ』
痛かった。嘘だと思いたかった。冗談だと信じたかった。だが俺は決してそう思えなかった。何よりも俺の心を抉ったのは、あの時、あの瞬間の夏燐の表情は間違いなく――本当に怒っていたということだ。夏燐は俺に侮蔑と不快の視線を投げかけていた。何が起こったのかはわからねぇ。わかりたくもねぇが――俺は……夏燐に、嫌われた、みたいだ。
ショックだった。単純に悲しかった。何が悪かったのか、さんざん考えた。頭が痺れるくらいに考えた。あの時俺はどんな行動をとれば嫌われずに済んだのか、それだけをただひたすらに考えた。だが何も思いつかなかった。確証がなかった。いったい俺の何がいけなかったって言うんだ?
「……っざけんなよ」
怒りが沸いた。いくらなんでも、理不尽すぎるじゃねぇか。その気にさせておきながら、飽きたらすぐに捨てるってのか? なんだよ……それ。そんな最低な女だとは思わなかった。それに惚れた俺も俺だけどな。クソ、胸糞わりぃ。
「……」
やっぱり人を信じちゃ、いけない。俺にはそんなことをする権利はない。存在が迷惑なのだから、いる場所がない。ずっとわかってた。本当は何年も前に理解したことだったのに。今更こんなことを学ぶなんて、どうかしている。
もう二度と一之瀬と喋ることもないだろう。喋りたくもないと思った。
「は、はは……」
諦めてみると、笑いが出てきた。最初から俺には無理だったんだ。恋人を作るなんて大それた夢だった。身の程をわきまえろってことだよな。俺なんかにそんなこと、できるわけねぇよ。あれはひと夏の幻想だ。はは、ちょうどいいじゃねぇか。大事なことを学ばせてもらって、感謝しなくちゃな。俺には友人も恋人も求める権利なんてねぇんだ。当り前だろ。当り前じゃないか……。
ピンポーン。
唐突に鳴ったのはインターホンの音だった。誰だ一体。出ていく気が起きなかったから、俺は居留守を決め込んだ。
ピンポーン。無視した。
……。静寂。
ピンポーン。うるせぇな。
ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。
しつこい奴だな。俺は毛布で頭まで隠す。
ピンポーン。
……。静寂があった。
ガチャガチャガチャ。ドアが開く音がした。
「!?」
なんだ、一体何が起こるんだ。誰が入ってくるんだ。
どんどんどんどん、足音が鳴り響く、誰だ、誰が入ってくるのだ――そして長い黒髪、白い肌に大きな瞳が目に映り――
「――東雲くん。あなたに頼みたい仕事があるの」
悠然と立ちはだかる四宮が、そこにはいた。




