表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一之瀬夏燐は憧レル。  作者: 木邑 タクミ
18/33

第三話

 外から微かに入る街灯の光を頼りに、俺は一人シャワーを浴びていた。湿度が高く暑い夜だったから、冷水を頭からかぶっていた。頭の中からあの疑問だけが離れねぇ。


 俺は夏燐のことが好きなのか?


 俺は告白してきた夏燐の姿を思い浮かべる。それはびっくりするほど簡単に、俺の意識の中に現れた。不安げな表情で俺に対する好意を告げた夏燐は、いつも通り少しだけ恥ずかしそうにしていた。

 俺はシャワールームから出た。手さぐりでバスタオルを取って身体を拭いて、頭を拭いた。ジャージを着てから、寝室に向かった。

 夏燐と恋人になりたいと思った。俺だって、単純に彼女が欲しいとも思うさ。女の子とイチャイチャしたり、いろんなことをしたいって思う、当然だろ、高校二年だ。でも、それだけで決めちゃいけないってのもわかってる。そんな勢いだけで言ったって、夏燐を裏切ることになるのくらい、馬鹿な俺にだってわかる。

 俺は布団の中に入った。今日の枕はやけに硬いような気がした。すぐに眠気は訪れて、俺は暗闇の中に落ちていった。



















 ぼんやりと浮かんでくるのは一つの風景、光景だった。何もかもが霧にかかったみたいで判然としない。そんな中で誰かがしゃべるのがわかった。

「やめてよ、俊一。あっち行ってて」

「べつに、いいじゃん。触らないから、大丈夫だって」

 これは、なんだ?

「知らない。そう言って前もなんか壊してたじゃん。お父さん、俊一がテレビ見ようとするー」

 呼ばれた親父が、俺にいかつい表情で言った。

「俊一、自分の部屋に戻っていろ」

 俺は反抗できなくって、とぼとぼと階段を上がっていく。ボタンやらスイッチやら電灯やらに、極力触れないよう気を付けながら。壊したらまた、怒られる。

「ねぇお父さんあたしここ行きたい。今度みんなで行こう?」

「お父さんも行きたいけど……うちには俊一がいるから」

 姉は憮然として言い返す。

「じゃあ、俊一なしで行けばいいじゃん」

 俺の心に何かが刺さる。

「それは……」

 その映像はそこで途切れて、続いて映るのはまた別のワンシーンだった。

「おかぁーさぁーん、ゲームが、ゲームが動かなくなったぁ!」

 泣きじゃくる子供がいた。年齢は小学生くらいに見えた。

「あらあらどうしたの○○。なにがあったか言ってごらんなさい」

 ああ、俺は思い出す。これは俺が小学生の時に起こった出来事だ。俺の友達は、自分のゲーム機にジュースかなんかをぶっかけて――それを、壊したんだっけか。

「俊一君が触ったの! だからぁ、壊れちゃったんだぁ!」

 俺の目の前が、真っ暗になる。

「ち、違うよ! おれはそれ、触ってなんかないよ!」

「嘘だ! 俊一君が触ったから、壊れたんだ! ねぇお母さん聞いてよ。俊一君が触ったからこれ、壊れちゃったんだよぉ」

「さ、触ってないって! ほら、ジュースがかかったから、壊れたんだって!」

 俺はその友達の母親に不安げな目を向ける。

「……俊一君、ウソは良くないわ。俊一君は、触ったんでしょ? それで、うちの子のゲーム機を壊した。弁償してもらわなくっちゃ、いけないね」

『弁償』たった一つの言葉が、何度も俺の胸を抉った。

「触ってないって……言ってるのに……っ!」

 俺はずびずびと泣きじゃくった。友達とその親は冷ややかに嘲笑した。悔しくって悔しくって、余計に涙しか出てこなかった。俺は何度も自分の体質を呪った。

 次第にその映像も、遠ざかっていく。はるか遠い映像のようにも見える。

 どうしてこんなことを、夢に見ちまうんだろうな。もうとっくの昔に、記憶の奥に放りこんだつもりでいたってのに。

 何度も責められた。怒られた。ぶっ壊した。

 ああ、俺は自分のこの体質が大嫌いだ。本当に、大嫌いだ――。


「うちの子は、そんなことをする子じゃありません」


 突如響いた、凛とした声。泣きじゃくってた俺はそっちに目を向ける。そこにいるのは――かーちゃんの、姿だった。

「お宅の子がうちの子のゲーム機を壊したんですけど。どうしてくれるんですか」

 相手の親が反撃する。かーちゃんは微動だにしない。

「何度も言っているでしょう。うちの子は触ってなんかいません。そもそもそのゲーム機、触ったらベタベタするでしょ。お子さんがジュースをかけた証拠ですよ」

 その言葉に、相手の親は発狂する。

「うちの子が嘘をついているっていうんですか!?」

 それでもかーちゃんは全く動かなくて――


「だから、そうだと言っているんです。これ以上俊一に無意味な疑いをかけないでください。迷惑です」


 毅然とした態度で、そう言ったんだっけ。相手の親は、何も言い返せなかったな。そうだ、だから俺はかーちゃんのことを大切に思っていて、唯一俺のことを認めて育ててくれたかーちゃんを大事に思ってて――


『それは、シュンの個性だよ』


 誰かの言葉を思い出した。

 認めてくれた奴がもう一人、居たんじゃなかったのか。


『私は二回も、シュンの体質に助けられてるんだよ?』


 一之瀬 夏燐。

 俺の体質を肯定的にとらえてくれた、たった二人目の、少女。

 なぁ、俺よ。そんなのもう十分、好きって理由になるんじゃないのか?


 もう、認めちまえよ。お前は一之瀬 夏燐が――好きなんだってことを、さ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ