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一之瀬夏燐は憧レル。  作者: 木邑 タクミ
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第二話

「ねぇねぇ澪奈、これなあに?」

 そう言って聞いてくるのは夏燐だった。その手にはロケット花火が握られている。

「ああ、それはね……」

 と言って澪奈はロケット花火の説明をした。すると、みるみるうちに夏燐の顔が輝いていく。

「なにそれ! 面白そう!」

「それじゃ、やりましょうか。ほら、東雲くんも一緒に」

 澪奈が東雲にそう呼びかけると、東雲は少しだけ澪奈に話しかけられたことを驚きながら、「お、おう」と言ってこちらに寄った。

 この半月ほど東雲くんを観察して、わかったことがある。彼は恋愛に対してひどく慎重で、億劫であるということだ。それはたぶん彼の恋愛経験のなさから来ているんだろうし、それもひいては彼自身の体質のせいで友人自体少なかった、というのも原因としてあるのだろう。

 ――だから私はまだ、彼が夏燐をどう思っているのかを掴みかねている。

 友人として好きなのか、異性として好きなのか、どちらに当てはまるのかがわからないのだ。夏燐はもう、東雲くんとしゃべる時に緊張するようなことはほとんどなくなったと言っていた。夏燐ももしかしたら、友人として東雲くんのことが好きなのかもしれない。なら、それもいいのかもしれない、とも澪奈は思う。私の仕事と願望は、夏燐の安全と幸福なのだから。

 その時、鼓膜を揺らすような破裂音が轟いた。

「おお! すごい! 面白い!」

 夏燐が顔を輝かせて次のロケット花火に点火する。横で東雲が見守っている。やっぱり夏燐は子供だなぁ、なんて澪奈は思う。なんだ、東雲くんも保護者みたいじゃない、とも思った。

「三連発いくよー!」

 夏燐が楽しげに声をあげて、赤い火花が遠くへ一直線に飛んでいく。派手に音を立てて彼らを楽しませ、東雲くんも笑っている。何故だかわからないけれど、澪奈は涙が出そうになった。このままこの瞬間がずっと続けばいいのにという願望と、それが決して叶わぬ願いであると知る自分がせめぎ合って、その間で澪奈は立ち往生する。だって時間は、人を、想いを変えてしまうから。ずっと変わらぬ存在なんて、世界にありはしないのだから。


 ――でもその時、私はまだ知らなかった。もっと早く、もっともっと早く――この温かい関係は、終わりを告げてしまうということを。






「やっべぇ!」

 シュンが隣で叫んだ。私たちは走って走って逃げ続けていた。話は五分前に遡る。



「おい、撤収だ。まずい、警察がやってきている」

 突然遠くにいた静がやってきたと思うと、開口一番そう言った。警察!?

「ロケット花火のやりすぎだ。近所の住民が警察に通報したらしい」

「え、でも花火をやっただけじゃ捕まらないじゃん」

 私は当然の疑問を口にする。

「中にタバコを吸ってる奴がいる、と通報すれば警察は来るんだ。とりあえず逃げるぞ。捕まるといろいろとまずい」

 シュンは目を見張って、すぐに神妙に頷いた。

「そうだよな……ヤクザが問題起こしたってなったら、大変だもんな。よし、逃げよう」

 問題はそんなところにあるんじゃないの、シュン。そもそも静は不法侵入で日本へやってきているから捕まるとまずいし、私が捕まると金属探知をされるだけでかなりピンチ。どれだけ脱いでも反応出ちゃう。

「とりあえず片付けろ!」

 シュンの指示でみんなが動く。てきぱきと片付けて、それらの花火用品は茂みの中に入れて隠した。あとで取りに来ればいいということだ。

「よし、逃げるぞ!」

 シュンがそう叫んだ、まさにその時。まぶしいくらいに輝くライトが私たち四人を照らした。目を向けるとそこには赤いランプ、警官服――

「走れ!」

 私たちはその場から逃げ出したのだった。



「ダメだ! この辺田んぼしかないじゃねぇか!」

 シュンが悪態をつく。路地裏を通ったりすることもできない。田舎すぎてどこにいるかまるわかりだ。すぐ後ろからは「ウーウー」と不気味なサイレンが爆音みたいに聞こえてくる。それに車と足ではその速さの差は歴然としてて、きっとこっちが疲れ切るのを狙って追いかけてる――もうダメかも、と思ったその時。ピタリ、とサイレンの音が止んだ。

「!?」

 さらには私たちを照らし続けていたライトの光も、消えていた。驚いた私は、真っ暗な中を赤外線モードに切り替えてあたりを見る。シュンの姿がなかった。

「二手に分かれて逃げるぞ!」

 バタン、バタンと車のドアが閉まる音が聞こえ、私たちを追いかけてくるのはサイレンではなく足音に変わった。警官がすごく怒ったみたいな顔をしてこちらに向かってきている。早い、早い――その時、私の手首を誰かが握った。私はその人の顔を見る。シュンだった。

「車、ぶっ壊してきた」

 悪びれた風もなく、にやりと笑う。

「ナイス!」

 だから、私も笑う。闇夜の中、私とシュンは警官との鬼ごっこを開始した。

「夏燐、どうやって逃げる!?」

 走りながら息絶え絶えに、シュンは私に聞いた。

「どうやって、って!?」

「警官と夏燐じゃ、警官に体力の分があるだろ! だから何とか策を練らないと、絶対に捕まっちまう」

 バッテリー80%。駆動時間残り二十時間。いや、体力に分があるのは私かな……。

「う、うん! そうだね、何か考えなきゃ!」

 そんなこと言えないや。でも、振り払わなきゃいけないのは確かだ。警察官って日ごろから鍛えてるからそうそう逃しはしなさそうだし。その時ふと、私の頭にあるひらめきが生まれる。

「あ! いいこと思いついた! でも……」

「でも、なんだよ!?」

 すぐに疑問を振り払う。

「ううん、大丈夫、これ、出来るよ! これで何とか逃げれるはず!」

 私は息を絶え絶えにしながら(フリだけど)その作戦をシュンに話した。

「おい、それじゃ夏燐が危ないだろ!」

「大丈夫、私、夜目は効くんだ。ホントに!」

「でもよ……」

「シュンもかなり危ないんだから、イーブンでしょ!」

 私の言葉にシュンはまたにやりと笑う。

「そうだな……確かにそうだ!」

「それじゃ、少しだけ民家があるあたりに着くから、決行!」

 一瞬だけ目配せしあって、私たちは二手に分かれた。背後の警官は当然、私のほうを追いかけてくる。私は自分の中でさっきまでシュンに合わせていたスピード制限を解き放ち、陸上選手顔負けの俊足で走り出す。みるみるうちに警官が遠ざかっていく。ほら、安全でしょ。私は得意になる。でもまだ撒けたわけじゃない。田舎って電灯ばっかり多くて、どこにいるかなんて簡単にわかっちゃうからだ。警官はまだ、怒った顔で私を追いかけてきている。何とかこれを撒かなくちゃいけない――シュン、お願い。私がそう思った、その時だった。

 周囲の明りという明りすべてが闇に染まった。文字通り、ぜんぶがぜんぶ、真っ黒になった。

 よし、私はにやりと笑う。私がシュンにお願いしたこと――それは、周囲の電線を壊してしまうことだ。そうすれば明りは全て消えてなくなる。そしたら……

「クソッ!」

 警官の悪態が聞こえ、目に光が飛び込んでくる。懐中電灯を付けたのだ。これだけの暗闇の中だとそれはとても目立ってしまう。相手の位置がわかっている鬼ごっこなんて、負けるわけないよね。私は足音を立てないよう気を付けながら、シュンの熱反応を探知し、そっちのほうへと向かっていった。ふふって笑って、ほんのちょっと、心をわくわくドキドキさせながら。





「お疲れさま。ナイスだったよ、シュン」

「ん? 夏燐か、よく俺のこと見つけられたな……こんなに真っ暗なのに」

 私は平然と答える。

「言ったじゃん、夜目が効くって」

「本当だったんだな……」

 そうして私たちが一安心しそうだったまさにその時――ライトの明りが私たちのすぐ上を通過する。やば、警官がすぐそこにいる。

「今声が聞こえてこなかったか?」

 遠くから警官の声が聞こえた。シュンは私の腕を掴んで民家の裏に引っ張った。












「……もう、行ったかな」

 夏燐が囁くみたいにそう言った。俺の鼓動はかつてないほどに早まっていた。俺と夏燐は息をひそめて密着していた。肌と肌が直に触れ合っている。うわ俺汗臭くないよな……とか確認したくなる。っていうかちょいちょい胸当たってる。わざとですかね?

「たぶん、行ったんじゃねぇかな」

「だよね。もうかなりの間、声も足音も、聞こえないし」

 民家の裏で座り込んでから、十分くらいが経過していた。ずっと真っ暗だ。だから触感ばかりが過敏に感じられる。夏燐の息遣いがほんのすぐそばにある。

「はぁ~。大変だったね」

 夏燐が息を吐いてそう言った。

「だな。本当に大変だった。ヤクザってやっぱ大変なんだな」

「うーん、うん。そうなんだ。ホント、困っちゃう。でも生まれが変なのはシュンも一緒」

「この体質のことか?」

「うん」

 俺は自嘲気味に笑う。

「ああ……マジでこの体質がなくなればいい、ってよく思うよ」

「そんなこと言わないで。それはシュンの個性だよ」

 夏燐の言葉に俺は笑ってしまう。

「個性? そんなわけねぇよ。欠点ばっかだ」

「でも、シュンの体質に助けられちゃった。今回も、この間襲われた時だって。シュンのその体質は、私のピンチを何度も救ってきたんだよ? そんなにダメって思わなくてもいいじゃん」

 夏燐の言葉が、胸に響いた。

「…………それは、そう、かもな」

 夏燐の言葉は優しい、と思った。気を抜くと、溺れてしまいそうなくらいに。

 その時周囲に明りが灯った。明りと言っても電灯程度のもので、さっきまで見えなかったお互いの顔がぼんやりと見えるようになるくらいだ。だがそこで俺と夏燐は顔を見合わせる。そのあまりの近さに驚いた。ほとんど距離がなかった。

「……」

 ぴったりと合う目と目。だんだん紅潮していく俺の頬と夏燐のほっぺ。

「ごめん!」

 条件反射的に俺が離れようとして――夏燐が俺のTシャツをつまんでいることに、気が付いた。もじもじと身体をよじりながら、恥ずかしそうに、

「……もうちょっと、このままで、いようよ」

 と言った。

「……!」

 俺は驚いた。そして、ぽりぽりと頬をかく。ただの照れ隠しだった。

「……ああ」

 そう言って、俺は元の位置にもう一度収まった。ぴったりと密着した、夏燐の横だ。

「……ねぇ、シュン」

「なんだ?」

 夏燐はじっと上にある電灯の明りを眺めていた。そしてそのままぽつりと言う。

「私、前からシュンに言おうと思ったことが、あるんだ」

 俺はピタリ、と動きを止めた。ぎこちなく返事をする。

「……おう」

 そんな俺を夏燐は見ずに、ずっと電灯を見つめていた。蛾が一匹くるくるとその周りを回っていた。

「今、いい機会だし、言っちゃうね」

「…………ああ」

 夏燐は電灯を見つめるのをやめてこちらを向いた。夏燐の虹彩の濃い茶色はまるで宝石みたいに見える。夏燐はいったん言いづらそうに顔を少し下に向けてから、もう一度まっすぐ俺を見た。唇が、動く。

「私さ、シュンのことが好きなんだ。いろいろ考えたけどやっぱり、好きなんだ」


 俺は目を見開いていた。そして、目の前の夏燐を見つめる。

「……そう、なのか」

 どんなふうに反応すればいいのかわからなかった。他人に好意を向けられたことなんて、今の今までほとんどなかったから。

「うん、そう。私はシュンのことが好きだから、シュンのことをもっといっぱい知りたいし、一緒にいろんなところに行ったりしたい。そういうことなんだ、きっと」

 夏燐はそこで言葉を切って、俺のことをじっと見つめた。作り物みたいに綺麗な顔が俺の目の前にはあった。いつまでも見つめていたいほどに、美しい。

「それで……さ」

 夏燐は言いづらそうに、言葉を紡ぐ。

「……おう」

 

「シュンは……私のこと、好き、なの?」


 不安げな瞳が俺を見ていた。俺は……俺は、そこで何も、言えなくなった。

「……」

 重い沈黙が、続いた。何秒も、何秒も。ずんずんと積みあがっていくような、沈黙。

 その沈黙を破ったのは、野太い男の声だった。

「おい夏燐、行くぞ」

 見るとそこには徳永が立っていた。忌々しそうに眉をひそめて俺を見ている。ぐいと夏燐の腕を引っ張って俺から引きはがす。ずんずんと引っ張っていく。俺は何もすることができない。夏燐は慌てて俺を見る。

「……」

 その目はさっきと同じように不安で揺れていた。言葉を交わすこともない。夏燐はただ徳永に連れていかれる。俺はただそれを見つめていた。俺の中には一つの疑問がずっとわだかまっていた。その瞬間、俺の心の内にはその疑問しかなかった。


 俺は夏燐のことが好きなのか?









「これからもう夏燐は東雲とは会うな。金輪際それは俺の権限で、許可しない」

 突然告げられた言葉。私は眉をひそめた。

「……なんで?」

「あいつは今日パトカーを一台破壊し、さらにここら一帯の電線を破壊した。前々から思っていたが、今日ついに確信へと変わった。あいつは危険だ」

 私はむっとする。

「それは逃げるために仕方なかったよ。なんでそんなことでもう会うのをやめなきゃいけないわけ?」

「逃げるために、と言うがな、そんな風に壊したことが問題だ。むしろ、壊せると言うことがな。あまりに危険だ。それが夏燐の身に及ぶのではないかと思って、俺はこうして夏燐に言っている、いや、命令している」

「理論がめちゃくちゃ。全然納得いかない」

「これはもう決定事項だ。変更は出来ない。お前は今日から家の中から一歩も出るな。もし違反すれば……強制的に電源を切る」

 まただ。遠隔操作を使うつもりだ。私を人間として扱わないで、機械として扱おうとしている。ふざけないでよ。私だって人間でしょ? なんでシュンと喋ることも許されないわけ? 私がアンドロイドでシュンが機械を壊すから? ふざけないでよ、ふざけないでよ……。

「ねぇ、澪奈はどこ!? 澪奈は!?」

「先に帰っている」

 静は澪奈と相談せずにこれを決めたに違いない、私はそう思った。

「もうお前は、東雲とは喋れない。そういうことだ、わかったな」

 ぎりぎりと歯噛みをして、こぶしを握り締めた。暴力に訴えても、静にはかなわないし、何より向こうにはリモコンがある。結局無駄になることを私は知っている。わなわなと肩を震わせながら私は静について行った。ひそかに脱走の計画ばかりを練りながら。



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