第三章 第一話
第三話
そんな具合にして夏休みが始まり、夏燐たちと遊ぶ日々も始まった。歴代最高の夏休みだと断言できるね。こんな風に誰かと遊ぶこと自体少なかったんだから。
そうして俺は田舎で出来る遊びをとことんやっていった――山登り、スポーツ、俺の家で出来るアナログゲーム(誰かが家に来ればクーラーが操作できた)。どれもこれも楽しくって、こんな日々が本当にあり得るのか自分自身疑問に思ったほどだ。
「ほらー! シュン、行こうよ!」
夏休みも中盤に差し掛かったある日、夏燐は花火をしよう! と言い出した。もちろん四宮も徳永も一緒だ。
家を出るとあたりはもうほとんど真っ暗に近くて、いつもなら俺の眠気も実は結構マックスだったりする。まあみんながいるから眠くねぇけど。
「八時とかぐっすりの時間なんだけどな……」
「暗くないと楽しくないでしょ。花火」
「それはそうだな」
「ほらバケツ持って。川まで行くよー!」
ぐいぐいと引っ張る一之瀬に連れられて、俺たちは街灯が照らす中を歩いて行った。
あれから大体一か月が経過したが、俺と夏燐達との関係は、これと言って変わっちゃいない。徳永は相変わらず俺とは話そうとしないし、夏燐もいつも通り明るい。多少の変化があるとすれば、俺と四宮と仲が良くなったくらいだろうか。繰り返すように言うが、俺と夏燐の間に関係の変化はない。まあ、当然のように前よりお互いを知って、仲良くなってはいるんだけどな。
「うお、ここの星空ってマジで綺麗だな」
俺は歩いている途中、夜空を見上げてつぶやいた。隣の夏燐が驚く。
「え、まさか今まで見たことなかったの?」
「ああ。いっつもすぐに寝てたからな……こんなに綺麗だとは、知らなった」
よる色の空には無数にちりばめられた星々が自己主張激しく輝いていて、俺はそれをぼうっと眺めてしまう。ハンパなくキレ―だなって思う。
「私とどっちが綺麗かしら? 東雲くん」
ぶはっ。俺は思わず吹き出す。隣に立つ四宮がにやにやと笑っている。俺はやられただけでは気が済まなくて、いかにも当然といった具合に言い返す。
「もちろん、四宮のほうが綺麗だよ」
俺の言葉に四宮はむっとする。
「なにそれ、棒読みじゃない」
「悪いな」
「そんな気の利いたお世辞を一つも言えないから、東雲くんは機械を壊すんじゃないかしら」
「随分な暴論だな……」
俺があきれて返すと、四宮はまた突っかかる。
「あら? 悔しかったらお世辞を言ってみればいいじゃない。四宮様可愛いですぅーって」
「ほう、てめぇ――」
俺はまた四宮に反論を入れようとしたその時だった。
「ちょっと、二人でばっかりしゃべってないで私もまぜてよ!」
夏燐が頬をぷくっと膨らませながら抗議する。
「夏燐ちゃんまざりたいの? あらあら、どうしてまざりたいのかしら?」
四宮がにやにやしながら突っかかる。
「う、うるさい! 静は後ろにいるし、しゃべる相手がいないんだもん」
「はいはい」
四宮のその一言に、夏燐はふふっと笑う。俺はそれがなんとなく嬉しくて、声を上げる。
「それにしても花火なんて久しぶりだなー」
夏燐が反応する。
「え、シュンて花火はしたことあるの?」
「当たり前だろ。花火って電気使わねぇじゃん」
次の一言は、俺を驚かせた。
「たしかに……でも私、花火したことないんだよね」
「マジで!?」
俺は夏燐の顔を見る。夏燐の表情はかちんと凍っていて――その首がカクカクと機械みたいに動き、四宮のほうを見る。四宮はさながらプロ野球団の監督のように厳しい目つきで頷いた。ゴーサイン、バントの指示かもしれない。
「……うん、やったことないんだ、花火。あ、危ないからって、ずっと止められてて」
「すげぇな……ったく、ヤクザの家ってのはいろいろ大変なんだな。花火もできないなんて」
俺がそう言うと夏燐は一瞬目をうつろにさせたが、すぐに笑った。
「うん。だからさ、今日はとっても楽しみなんだ。人生初の、花火だもん」
オレンジ色の街灯が夏燐の笑顔を照らして、それがあんまり可愛いもんだから俺は直視できずに目をそらす。甘く淡い想いが胸をかすめた。そんな、真夏の夜八時。
「すっごーい! 綺麗!」
きらきら顔を輝かせながら夏燐はじっと手持ち花火を見つめる。その表情が幼くて可愛いもんだから、俺はつい顔を背けた。手持無沙汰に、手持ち花火をぶらぶらさせる。
「……手持ち花火って、地味よね」
「ああ、まったく同じこと、俺も思ってた」
話しかけてきた四宮に笑いかける。四宮は少し離れたところでぶんぶんと緑色の花火を振り回す夏燐を見つめながら言う。
「それであんなにはしゃいじゃってあの子ったら……」
その一言がやけに達観してて俺は笑っちまう。
「お前は夏燐の親かよ」
俺の一言に、四宮はぱち、と瞬きをする。そしてふふっと笑った。
「そうよ。私は夏燐の親よ」
「そうかそうか、四宮は夏燐の親か」
俺がそう言うと、四宮はぐっと俺に顔を近づけた。綺麗な顔が急に近づいて、俺は動揺する。小さな声で、笑いながら四宮は言う。
「だから東雲くんには、そう簡単に夏燐をあげない」
一瞬何を言われたのかわからなかった。ぐらっと頭がくらっと揺れて、俺は地面を見失いかけた。何とか我に返って俺は、笑った。無理をして笑った。
「べつに下さい、って言ったわけじゃないだろ」
だけど四宮は、容赦がなかった。
「それじゃ、欲しくないわけ?」
妖しく笑いながら四宮は俺に問いかける。俺は返答に詰まる。そんなこと、聞くなよ。
「そんなの俺にもわかんねぇよ」
わかりたくもなかった。
「……ねぇ、東雲くん」
四宮がじっと俺を見つめている。俺は今すぐそこから逃げ出したくなる。四宮が言おうとする言葉が、無性に恐ろしかった。でも、俺は答えちまう。
「……なんだよ」
四宮は息を吸う。俺に囁くように言う。
「そういうところ、東雲くんの良くないところだと思うわ」
俺は固まった。