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一之瀬夏燐は憧レル。  作者: 木邑 タクミ
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第五話

「あー楽しかった!」

 家に帰るなり、夏燐は澪奈に向かってそう言った。

「ええ、私も楽しかったわよ」

「うん! 一時はどうなることかと思ったけど、なんとかなったね」

「私のファインプレーでね」

「で、でも気絶させる必要はなかったんじゃないかと思うけど……」

「夏燐もまだまだ甘いわね。そんなんじゃ東雲くんにバレてしまうわよ」

 澪奈の言葉に夏燐は顔を曇らせる。

「う……確かにそうかも。きっとこの間の戦闘でパーツが消耗してたんだろうなぁ……。ちゃんと点検しなくちゃ」

「そうね。必要があれば代用のパーツを発注するわよ」

「ありがと……ん?」

 その時夏燐は何かを考える顔をする。それは小さな子供が不思議を発見したような表情に似ていた。夏燐は澪奈に質問する。

「ねぇ、澪奈」

「なにかしら」

「私のパーツがどんどん消耗していって、新しいパーツに交換していくとするじゃない?」

「ええ」

「それで交換していくうちに、最初の私が持っていたパーツが、全部入れ替わっちゃうの」

「それで?」

「それって最初の私とは全く別の私じゃない。それって私……なのかなぁ?」

「あなたに決まっているじゃない。何をおかしなことを言っているの」

 澪奈があきれたように言っても、夏燐は不安そうな顔でつぶやく。

「うーん……本当にそう、なのかな」

「なにバカなこと言って――」

 そこまで言って、気が付いた。夏燐は自身の身体が機械で出来ていることに、コンプレックスを抱いている。そういった視点で見るならば、この設問には大きな意味がある――夏燐のアイデンティティ、という意味合いで。

「全部入れ替わっちゃったら、私も変わっちゃうのかな? 私がアンドロイド、だから?」

 夏燐のつぶやくような声に、言い知れぬ寂寥感を感じる。澪奈は落ち着いた声を出す。

「夏燐、大丈夫よ。それってね、人間も同じだから」

「そうなの?」

「ええ。ほら――」

 澪奈はそう言って、ぷちっと自身の髪の毛を一本引き抜いた。そしてそれを夏燐の目の前に持ってくる。

「ねぇ夏燐、これは『私』かしら?」

 夏燐は少し考えるそぶりを見せる。

「たぶん……違うと思う」

「そうよ。これは私じゃない。でも、今髪が抜けたところからはまた新しい髪の毛が生えてくる。それは私の一部になる。ほら、これってあなたのさっきのパーツ交換と同じじゃない」

 澪奈の言葉に、しかし夏燐は唇を尖らせる。

「……でも、髪の毛は澪奈の中から生まれてくるじゃん。それは確かに澪奈自身だと思うけど。私の場合、あらかじめ私じゃない誰かが作ったパーツが私にくっつくわけだし。それって私じゃない何かが私にくっつくってことじゃん」

 澪奈は微笑みながら諭すように言う。

「それも、同じよ。私の髪の毛の元になっているものって、何かしら」

「……なんだろ、ごはん?」

「そうよ。ごはん。私たち人間が毎日食べているごはんは、私たちじゃない。でもそれは体の中で消化されて、いずれ私たちの身体の一部になっていく。それってやっぱり、あなたのパーツ交換と一緒よ。私たちは、私たちだけでは生きていけないの」

 夏燐はうーん、とうなりながら、それでも最後には少しだけ微笑んだ。

「そっか、そうなのかな。考えすぎ、だったかも」

「それにね、夏燐。人間の身体の細胞はね、大体三か月で入れ替わると言われているわ。あなたのパーツ交換で全身が入れ替わっちゃうより何倍も速いペースで、人間の身体は変わり続けているのよ」

「そ、そうなんだ! ……なんか、ちょっと安心」

 そのほっと胸をなでおろす様子に、澪奈はあることを聞きたくなってしまう。聞いてはいけないのかもしれないと心のうちでは思っていても、聞いてしまう。


「夏燐は……やっぱり、人間に憧れているの?」


 数秒返事はなかった。聞いてはいけなかったかと澪奈が不安になったその時に、夏燐はどこか遠くを見つめながら、口を開く。

「……少し前までは、よく、わかんなかったんだけど。……最近は特にそう、思うかな」

「それは、東雲くんと出会ったから?」

「そうだよ。だって私が機械じゃなかったら、なにも言われずにシュンと喋れるんでしょ?」

「……そうね」

「今日みたいに、静にも文句言われなくて済むのかあ。そっちのほうが、いいんだけど」

「好きなの?」

「ち、違うから。別に好きとかじゃ、ないから」

「ホントに?」

「うん。そもそも、好きとかよくわかんないし……」

 夏燐はまだ二歳なのだ。自分の中で生まれる感情に整理がつかなくたって、無理もない。

「でも、東雲くんとは仲良くしたい?」

「うん。仲良くしたい」

「……なら、良かったじゃない。新しい約束できて」

「うん。よかった!」

 そう言って無邪気に夏燐は微笑んだ。相変わらず可愛い子だと澪奈は思う。

「ほら、そろそろお風呂に入って眠りなさい。遅いわよ」

「うん。そうする。喋ってくれてありがとね、澪奈」

「なに言ってるの。私はあなたのボディガードなのよ?」

「ボディガードってお喋りすることも仕事のうちなのかな……?」

「たぶん違うわね」

 でも澪奈は、夏燐の監視という任務も同時に与えられているのだ。だから彼女との対話はそのまま仕事ということになる。仕事言うには楽しすぎるのが難点だけれど。

「今度、東雲くんと会うのが楽しみ?」

「うん! 楽しみ!」

 その感情は、おそらく『好き』よ、夏燐。静が恐れている夏燐の感情。東雲と夏燐の距離が否応なく接近してしまう危険な麻薬。澪奈は東雲という男を嫌いにはなれなかった。むしろ夏燐との関係を応援したいと思う自分がいることを認識する。澪奈は自嘲気味に笑う。仕方ないわね。静、私はやっぱり応援する方に立つことにするわ。


 少なくとも今は、夏燐のやりたいようにやらせてみよう。澪奈は、そう思った。


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