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一之瀬夏燐は憧レル。  作者: 木邑 タクミ
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第三話

 澪奈はそのまま全速力で泳ぎ――何とか東雲の左足を掴む。

「待ちなさい!」

 ぐるりと東雲が振り向いた。少し怒ったような表情になっている。

「なんでだよ! もう少しで回収できるじゃねぇか!」

 澪奈は表情を変えずに反駁する。

「東雲くん。まずは落ち着きなさい。私たちは猿ではないのよ。いったん落ち着いて話し合うことだってできるはず」

「話あってる場合じゃねぇだろ!?」

「待ちなさい東雲くん、あなた今自分が何をしようとしているのかわかっているの?」

「夏燐の水着を取りに行くんだよ!」

「それってはたから見たら、あなた変態に見えないかしら」

「今お前しかいねぇだろ!」

「まったく。必死になって女の子の水着を追いかけるなんて、あなたも度が過ぎた変態ね」

「いい加減怒るぞ!?」

 本気で怒る東雲を見て澪奈は表情を曇らせる。ことさら声色を冷静にして、諭すように語る。

「わかったわ。真実を話しましょう……」

「なんだよ改まって」

「あの水着の裏側にはパッドが入っているの……夏燐はそれがバレるのが嫌だったから、私に取ってくるように言ったの。――あなた、それでも取りに行くつもり?」

「お前言っちゃってんじゃん! 夏燐の秘密言っちゃってんじゃん!」

「ということで私が取りに行くわ」

「話きけぇ!」

「東雲くんは待っていて」

 澪奈の有無を言わせぬ口調に東雲は「……お、おう」と答えた。よし、説得成功ね。澪奈はばしゃばしゃと泳ぎながら周囲を確認する。しかしどこにも夏燐の手首のパーツはない。……困ったわね。こっちのほうに流れていると思ったんだけど。とりあえずゆらゆらと流れている夏燐の水着を回収して、東雲のところへと戻る。

「よし、戻ろうぜ」

 まだダメ。おそらく夏燐も探しているだろうから、今夏燐のところに戻るのはまずい。

「……ねぇ、東雲くん。ちょっと喋らないかしら」

「どうしたんだいきなり、そんなことより水着を夏燐に返した方がいいんじゃねぇか?」

「それは……もう少し後でもいいでしょう。こっちを歩いて、おしゃべりよ」

「お、おう……」

 東雲も渋々着いてくる。

「あなた、大変な体質の持ち主みたいね」

 まずはあたりさわりのない話題から。重要なことを聞くのにはタイミングがある。

「ああ。大変な体質だよ。これのせいで散々な人生だ」

「夏燐から聞いたのだけれど、あなたのその体質が影響するのって、あなたが機械だとわかっているものを触れた時だけだそうね」

 澪奈がそう言うと、東雲は目を開いて指をさす。

「そう! 俺でも気づかなかったのに、一瞬で気づくなんて夏燐すげぇよな。俺も驚いたぜ」

「ええ。私も驚いたわ。まったく」

 驚いたのは、むしろあなたに対する夏燐の執着、なのだけど。

「夏燐ってあんまり賢くなさそうに見えるけど、実は頭いいのかなー」

「あら、彼女かなり頭いいわよ? それこそ本気を出せば学年一にもなれるんじゃないかしら」

 テスト中にネットで検索できるので、間違う要素がない。それに夏燐には五十年後の超高度な演算プログラムもあるから、数学の問題など数秒で解をはじき出すことだろう。

「へぇー……意外だな。知らなかったぜ」

「新たな側面を知れて嬉しい?」 

 澪奈がにやりと笑ってそう聞くと、東雲は慌てて手を振る。

「べ、別にそういうんじゃねぇよ……」

「そうかしら? ねえ東雲くん。私あなたに聞きたいことがあるのだけれど」

「ん?」

 澪奈は切り出す。聞きたいことがあるのは、本心だった。

「あなたは夏燐のことを、どう思っているのかしら」





 その時私の心は舞い上がっていました。

 やった! 漂流する手首の信号を見つけた! しかもシュンと反対の位置! 私は意気揚々とそちらへ向かって泳いでいく。周りに誰もいないことを確認する。シュンにはこんなところ死んでも見せられない。ハダカだし、機械の部分が露出してるし。こんなところ見られちゃったら恥ずかしくてショートしちゃう。

あたりに誰もいないことを確認したので、私は発信機の位置めがけて潜り込む――




「あなたは夏燐のことを、どう思っているのかしら」

「どう、ってのは?」

 東雲は首をかしげて聞き返す。澪奈は昨日の寝る前の夏燐の様子を思い出す。

――夏燐がまだ完全な恋心と言えなくとも、その片鱗と言えるものを抱えているのは、おそらく間違いない。それがしっかりとした好意へと成長するのかは、彼女がアンドロイドであるという事実を俯瞰して考えると微妙なところだ。だが――その想いを、寄せられた相手はどんな風に思っているのかを、知る必要があった。私は曲がりなりにも、夏燐の護衛と観察役を任されている立場なのだから。

「東雲くんは、夏燐のことどう思っているのかしら」

「ヤクザの娘、ってことか?」

 澪奈は首を横に振る。

「そうではないわ。あなたは夏燐という女の子をどんな風に見ているのか、と聞いているのよ」

 澪奈のその質問に、東雲は目を開く。そして、ぽつりと言う。

「……可愛い、よな。いい子だし」

「好きなの?」

「短絡的すぎねぇか!?」

「ごめんなさい」

 澪奈が謝ると、東雲は取り繕うように言う。

「……まあ、嫌いになれるタイプじゃねぇよ」

「そうね。素直だし、元気だし」

 澪奈が言ったその言葉に続くように東雲はふと、どこか遠くを見ながら言う。まるで、いつの日か過去を思い出しているかのように。


「ああ。おまけに――優しいしな」





 私は手首から発せられると思われる信号めがけて深くまで潜っていく。潜って潜って潜って――あれ? 私は違和感に首をかしげる。

 おかしい。何かがおかしい。

 何がおかしいんだろ? 私は考える。そして、ある事実に気が付く。

 ――そもそも私たちアンドロイドの身体は、普通の人の体重と変わらない。そうした方が日常生活に困らないからだ。じゃあ、普通の人の手首は沈むかな? うん、どう考えても、そんなわけ、ないよね。

 私はぞっとしながら信号めがけて潜っていく。そしてその先でやっと発見できたのは――ちかちかと明滅する赤いランプだけ。つまり、手首から発信機だけがこぼれおちたって言うこと……?

 ――あれ? 私ってこんなにぽんこつアンドロイドだっけ?




「ああ。おまけに――優しいしな」

 東雲のその憧れを含んだような表情。それが何を表しているのか、おぼろげながら澪奈にはわかってしまって、彼女の面持は少し暗くなる。

「……つまり、少しずつ惹かれていっているということで、いいのかしら」

 澪奈がそう言うと東雲は目を見開いてから、くしゃっと笑う。

「そうだよ。わりぃかよ」

 ……驚いたわね。二人は両思いかもしれない、なんて。

「確かに、夏燐は魅力的な女の子よね」

「四宮もそう思うのか?」

「ええ。思うわよ。私もあの子のこと、好きだから」

「おいおい、私『も』って、別に俺はまだ好きってわけじゃないぜ? いいなって思ってるだけだ」

「そうね」

 それはおそらく、夏燐のほうも同じだろう。

「それらを踏まえて、東雲くん。あなたに言わなきゃいけないことがあるのだけれど」

「なんだ?」

 澪奈は考える。夏燐がアンドロイドであること。東雲がそれを知ってはならないこと。二人を取り巻く状況は想像以上に複雑であること――

「おそらくあなたの目の前には数々の試練――」

 そう続けようとして、肝心の東雲がこちらを向いていないことに気が付いた。心ここにあらずと言った様子で、澪奈の顔ではないどこかを見つめている。その先にあるのは川の水面で、もっとよく言うならばそれは肌色の何かで――


「なあ、人の手のひらが流れてきてるんだが、どうなっ」

 東雲のこめかみを一撃。澪奈お手製の自家製スラッパーだ。かなりの訓練を受けてきたのでほとんど一撃で成人男性に脳震盪を起こすことができる。東雲は気絶しふらりと昏倒する。

「おとなしく眠っていなさい」

 澪奈はばしゃばしゃと泳いで漂流する手首を回収した。ふう、間一髪ね。


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