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ウチの回復職は魔法少女(♂)で脳筋デス!

作者: 狐金百合

連載用の習作第一弾です。評価が良いものを連載したいので感想、評価していただけると幸いです。

 DOW――「ドミネーター・オブ・ワールド」


 最先端のVR技術を使った――つまり仮想現実を体験できる大人気MMORPGだ。

 発売から中高生を中心にそのプレイ人口は爆発的に増え続け、今では3人に1人はプレイしているとまで言われている。


 そんな大人気ゲームの中でも従来のネットゲーム同様、有名になるプレイヤーが往々にして存在した。


『鉄乙女』のサリー。

『天元』の奏鳴。

『マッスルゴリラ』のコング。

『激運』の神門。

『拳闘神』のSDS。


 それぞれ強烈な個性や力を持ち、そのことで名を馳せた者だ。

 時には尊敬を、時には畏怖を、そして時には嫉妬を他の者達から向けられてきたプレイヤーだ。

 だがDOWには、彼らとは違った意味で有名な集団がいた。


 その名を『昼夜健康(フル・スピリッツ)』といった。


 他の人ではやらない様なプレイングを楽しむ、頭のネジが一本飛んでいる連中。

 それが彼らだった。


 ☆★☆



「おいおい、本当にやんのかよ?」


 薄暗い洞窟を進む1団、その後方で弓を手にした男がぼやく。


「今更かよ、ここまで来て文句言ってんじゃねぇっての」


 その男に対し、尖った耳をもつ小柄な女性が反論する。


「いや、だってなんのメリットもないじゃん俺には」


「アンタにゃ無くてもくるみにはあるんだよ。なに、1回戦ったことあるんだから心配いらないだろ」


「……その1回が猛烈に嫌な経験だからここまで嫌がってるんだがな〜」


「スイマセン、私にここまで付き合って貰って……」


 その2人の会話にオドオドした一つの声がそっと割り込む。

 発言したのは軽鎧に身を包み、腰にレイピアを佩いた女性。


「い、いやくるみを責めてるわけじゃないけどよ」


「あーあ、泣ーかした泣ーかした! ギルマス、ソーヤがくるみを泣かした!」


「な、泣いてませんよ私!」

「な、泣いてねーだろ! テキトーなこと言うなマッドエルフ!」


 エルフ耳の少女の茶化しにソーヤとくるみの2人は同時に反論した。


「まったく、オメーらうるせーぞ」


 そんな騒ぎを起こす3人に先頭を行く大男が振り返り、呆れたように声をかけてきた。


「もうダンジョン内だってのに騒ぎやがって、1発ずつペナルティ行っとくか?」


 そう言うと男は肩に担いでいた巨大なバトルアックスをブンッと振り回す。

 その一撃が生み出した衝撃波だけで、彼らの様子を物陰から伺っていた低級モンスターが撃破され、GOLDと経験値へと姿を変えた。


「「「いえ、静かにしときます」」」


 そんな規格外の威力を見せつけられた3人は静かにそう答えた。

 答えたのだがーー


「大丈夫ルルよ☆ 3人のHPが減っても私が回復すルル☆」


 語尾に星でもついてそうなハイテンションな声が先頭を行く男の隣から聞こえてきた。

 声の主はまるで日曜朝のテレビから抜け出てきたかのような、小さい女の子が好きそうなキラキラした衣装を身に着けた可愛らしい少女。


「だからDAIGOちゃん、遠慮なくやルル☆」


 そんな見た目なのに、手に持ったステッキを豪快に振ってえげつのない発言を口にした。

 再びGOLDと経験値獲得表示が宙に浮かぶ。


「……いや、冗談だからな。本気にすんなよルルル」


「え~、こういうのは1回体に叩き込んどいたほうがおぼえルルのに☆」


 ちょっと引き気味の大男のDAIGOと、残念がる魔法少女ルルル。

 揃って先頭を行くこの2人が集団を率いているのは明らかだった。


「……うちのサブマスはあんな見た目でおっかねぇから困る」


「……喋り方あんなんで、言うこと体育会系だよな」


「でもそのギャップがカッコいいと思いますよ」


 後方の3人は先程よりも声を潜めてそんな事を囁き合う。


「昔からあの2人は変わらん。両方見た目とは正反対の役割だったからな」


 そんな3人のさらに後方、集団の殿を務めるものが会話に入ってきた。

 集団で唯一人、一本角の馬に騎乗した中性的な人物だ。


「そういえば、アマヤさんは最初の頃に入団したんでしたっけ?」


「そうだ、順序としてはまずDAIGOとルルルで結成、その後シノブ、俺、サマエ、ソーヤ、くるみと言う順番か。別に順番で威張る気などないがな」


 くるみの問いかけに騎乗した人物、アマヤが答える。


「そう思うんなら1人だけユニコーンになんか乗ってんじゃねえ!」


「そ~だそ~だ! アタシ達と同じように歩け、もしくはアタシも乗せろ!」


「悪いな2人とも、このユニコーンは1人乗りなんだ」


「「だから降りろや(よ)!」」


 口々に文句を言う弓兵のソーヤと呪い師のサマエを馬上から悠然と見下ろすアマヤ。


「まったく、自分のスキルを使って何が悪いんだ? 乗りたいならお前らもテイマーをやればいいだろう」


「そんなピーキーな職やってられるか」


「テイマーやってる奴とか珍しすぎるしな、アタシもアマヤ以外に見たことねーよ」


「……そうか」


「でも、ユニコーンの乗り心地とか興味ありますよね。テイマーは難しそうだけど興味あります」


「おぉ、くるみはテイマーの良さを分かってくれるか。このクエストをクリアした後ユニ(ユニコーン)に乗せてやろう」


 2人の言葉に落ち込んだ様子のアマヤだったが、くるみの声に元気を取り戻す。


「ズッリーズッリー! 依怙贔屓(えこひいき)だ!」


「アタシ達も乗せろ!」


「断固断る!」


 今度はアマヤも加えて再び騒ぎ出す後方グループ。

 そこに――


「DAIGOちゃん、DAIGOちゃんがやらないなら私がヤルルけどどうすルル☆?」


「いや、俺が行く。ルルルは大人しくしてろ」


 物騒なことを言いながら反転し、向かってくるギルマスとサブマス。


「わわわ、ヤバいヤバい!」


「マジ怒りだあれ!」


 そんな2人に焦りを見せる後方4人。


「――停止」


 だがそんな両者の間に、突如として1人の男が現れる。

 忍び装束に身を包んだ男は、手を広げて双方を止めた。


「シノブか、おつかれさま。見つかったか?」


 バトルアックスを背に仕舞いながら問いかけるDAIGOに無言で首肯して答えたシノブ。


「近距離 騒音禁止」


 そのまま単語だけで告げ、口の前に一本指を立ててきた。


「おーし、了解だ。お前ら気合入れてけよ、こっからはお遊びは無しだ」


 DAIGOの言葉に緩んでいた気を引き締めるパーティーメンバー。

 斥候に出ていた彼が戻ってきたという事は、目当ての相手が近いということを全員が理解していた。


 ☆★☆


「……いたな」


 声を圧し殺して呟くDAIGO。

 その言葉通り彼らの前には一つの巨大な影が横たわっていた。


 マグマのように深紅で明滅を繰り返す体表は、ビッシリと鎧の様な硬質な鱗で覆われている。

 とぐろを巻いたその様子は爬虫類の如きだが、太く力強い後ろ足と鋭利な前足、背に生えた巨大な翼などから爬虫類よりも更に高位な存在だと示している。

 その正体は――


「――これが、赤龍」


 くるみの感嘆した声に反応したのか、パチッと閉じられていた瞳が開かれる。


「お、気づいたみたいだな」


「腕が鳴ルル☆」


 獰猛な笑みを浮かべるのは先頭に躍り出たギルマスとサブマスのハイレベルコンビ。

 他の5人は流石に緊張を隠せていない。

 赤龍はそんな彼らに向かって後ろ足で仁王立ちし、ぎょろりと視線を向ける。

 その視線が向かうのは最前線で好戦的な笑顔を浮かべる2人。

 彼らが放つ好戦的な気配を感じ取ったのか、翼を広げ咆哮を上げた。

 ビリリと空気が震え、肌が泡立つ。

 しかし、そんな音による暴力の中でも前に立つ2人は揺るがない。


「狙いは【真紅の涙スカーレットティアーズ】だ、ドロ(ドロップ)率はそんなに低くもないが高くもねぇ」


「出るまで狩ルルよ、1体目でへばってたらお仕置きルル☆」


 各々の武器を構えたまま、後ろの5人に檄を飛ばす。

 その檄で弾かれたようにそれぞれが武器を構え、戦闘状態を取った。

 彼らが用意し終えるのを確認すると、DAIGOが一際大きな声を張りあげた。


「――そんじゃ『昼夜健康(フル・スピリッツ)』行くぜぇ!」




 これは少し先の未来の出来事。

 今から始まるのはこれよりも少し前、彼らがまだ互いに面識もなくバラバラだった頃の話。

 彼と彼女から始まる奇妙な、それでいてどこにでもある物語。




 ☆★☆




 いつもと変わらない朝。

 しかしここ、柴葉(さいば)高校2年4組の教室は始業時間までまだ30分ほどあるということもあり人が少なく、どこか普段よりも広く感じられ独特の空気感が漂っていた。

 そんな教室の扉をガラガラとスライドさせて1人の少年が現れる。

 身長は周囲よりも頭一つ分大きい180センチ近い。けれどもモデルのようなスラッとした高身長ではなく、体のパーツ1つ1つが太く大きいがっしりとした体格だ。

 顔はお世辞にも良いとは言えないが、その体躯に見合ったワイルドなものだ。その中央では2つの瞳が力強い光を放っている。

 彼の名前は道方(みちかた)大吾(だいご)

 見た目通りの体育会系高校生だ。

 そんな大吾が窓際にある自分の席に着くなり、彼よりも先に登校していた1人のクラスメイトが近寄り、声を掛けてきた。


「よぉ大吾、お前もDOWやってたんだな」


 そう声を掛けてきたのは目にかかるほどの中途半端に長い髪を、これまた中途半端にセットした男子生徒。

 雑誌か何かを真似したのだろうが、完全には再現できていない。オシャレ感やかっこよさよりも背伸びしている感じを受ける。

 彼は大吾のクラスメイトであると同時に、腐れ縁の幼馴染でもある兵藤(ひょうどう)(とおる

 無口で人付き合いも良くなく、更には家庭の事情(・・・・・)もあって友人の少ない大吾の貴重な友人である。


「……お前は何を言ってるんだ?」


 しかしそんな友人からいきなり告げられた言葉は、大吾にとって意味の分からない言葉だった


「おいおい、俺にまではぐらかさなくたっていいだろ。まぁ、今度見かけたらフレンド申請送っておくからよろしくな!」


 だが徹は大吾の疑問には答えず、一方的に言って自分の席へと戻っていってしまった。

 そうして携帯型の端末を取り出し、ゲームに興じ始めてしまう。

 彼は昔から人の話を聞かない所があったが、それでも今回のことは大吾にとって疑問しか残さない。


 DOW。正式名称は「ドミネーター・オブ・ワールド」。


 半年ほど前に出たVRMMOという種類のゲーム。

 究極のキャラクタークリエイトと実際にゲームの世界に入った感覚で遊べる臨場感が売りらしい。

 あまり……どころか全くと言っていいほどゲームに縁のない大吾でもそれくらいは知っている。

 聞こうとしなくても勝手に耳へ入ってきてしまうほどに人気があるからだ。

 いま中高生の間で爆発的に広がり大人気となっているゲームで、このクラスでもやっていないのは一握りだけだろう。

 大吾は椅子に座ったまま体を横に向け、その一握りの1人に声を掛けた。


「俺がゲームなんかしないことは知ってるはずなんだが。今のどういう意味だろうな、委員長」


「えっ! あ、はい、そうですよね」


 大吾の隣の席で文庫サイズの本を読んでいた、縁無しの眼鏡と後ろで結った長い三つ編みが特徴的な少女が、驚いたように顔を上げて答える。


「すまん、驚かせたか」


「いえ、ちょっとボッーとしてただけなので……」


 ずり落ちた眼鏡を直しつつ答える少女はこのクラスの委員長、名前は千隼(ちはや)(りん)

 成績優秀、品行方正。

 毎朝一番に教室に来ては清掃している、正真正銘の優等生で模範的な委員長だ。

 大吾に色眼鏡を掛けず接してくれる数少ないクラスメイトでもある。


「珍しいな、委員長がボッーとしているなんて」


 そう言うと、大吾は凛の顔をじーっと見つめる。


「え、ちょ、道方君、そんなにじっと見つめられると照れるっていうか、なんというかその……」


 野生の獣の様な鋭すぎる瞳で見つめられた凛は顔を赤くし、しどろもどろになった。

 目を合わせることも出来ず、その視線は教室のあちこちに忙しなく動く。

 大吾はそんな彼女を数秒見つめた後、口を開いた。


「……委員長、寝不足だろ。クマが出来てるぞ」


「え!? うそ、やだ!」


 バッと手で顔を覆い隠す委員長。


「す、すいません! 私、ちょっと!」


 そのまま慌てて教室を出て行ってしまう。

 大吾は声を掛けることも出来ず、呆然とその背を見送るしかなかった。


「……委員長、一体どうしたんだ?」


 なぜ突然彼女が教室から飛び出していったのかわからず、小さく呟いた大吾に教室中から視線が突き刺さる。

 いつの間にやら教室に人は増えていた。その大半が大吾へと視線を向けていた。


(普段は俺のことを遠巻きにしているのに、一体どうしたんだ?)


 訝しげに思う大吾の耳に、ヒソヒソと話していた彼らの声が入ってくる。


「委員長泣いてた?」

「わかんないけど目元を抑えてたよ」

「私、トイレに駆け込んでいったの見た」

「うわ、ガチじゃん」

道方(みちかた)サイテー」


(なるほど、俺が委員長を泣かしたと思ってるわけか)


 思い返してみればそう思われても仕方ない光景だったかもしれない、誤解ではあるが。

 その誤解でヒソヒソと喋られ、遠巻きに見られるのはいい気分ではない。

 しかし――


(……ま、いつもの事か)


 そう思い、あえて彼らの声や視線を意識から外す。

 大吾は自分が周囲からどういう風に思われているのか正確に把握していた。

 そしてそれは自分自身の今までの行動の結果であるということもまた、理解していた。

 だから敢えて否定しないし、訂正もしない。

 真正面から受け取る必要があるとでも言うかのように。


 結局、彼らの誤解は委員長が帰ってくるまで続いていた。




 ☆★☆




「……さて、どうしたもんか」


 夕方、学校から帰宅した大吾は自室のベッドに寝転がり呟いた。

 あの後、昼休みに再び徹を捕まえて詳しく話を聞いてみた所、ゲーム内で大吾を見たということだった。

 大吾と瓜二つの容姿に、DAIGOというアルファベットでありながらも同名だったことから徹は勘違いしたらしい。


『まぁ、お前じゃなかったって言うなら誰かがお前に成りすましてるのかもな、トレーシングシステム使えば写真一枚で見た目完全にコピー出来るし』


 とは徹の言葉だ。


 トレーシングシステム。

 これは画像や映像を元に、そこに映っている人そっくりのキャラクターを作り上げる機能。

 DOWのセールスポイント、究極のキャラクタークリエイトたる所以でもある。

 これを使ってしまえば他人にも容易になりすませてしまうらしい。

 現にいくつかのトラブルも起きているようだ。

 ――これら全て徹から聞いて知ったことであるが。


「俺のなりすましか……」


 ハッキリ言ってメリットは思い浮かばなかった。

 ただでさえ評判の悪い大吾の名前をネット上とはいえ語る利点が無いことは、大吾自身も承知している。

 更にはトレーシングシステムを使っているということは写真か何かを入手できる極めて近しい者の仕業と言うことになる。

 しかし、逆の可能性もあった。


「俺になりすまして悪事を働く、若しくは俺自身の評判を落とすってこともある」


 自分の正体を隠すためだったり、大吾自身が悪事を働いたように見せかけるためだったり、悪用のためならメリットは多い。

 特に大吾自身を間接的に攻撃するためだとしたら非常に巧妙でずる賢い。

 そして、困ったことに大吾には悪用してくるような相手の心当たりは腐るほどあった。


「北高の奴らは全員退院したんだったか? この前、駅で騒いでた暴走族って可能性もあるな。それとも風成かざなりの奴が……」


 心当たりを口に出してみるが、どれも決定的ではない。

 そもそも、そんな回りくどいことするよりも先に手が出るような連中のはずだ。


「……考えてたとこで仕方ねーか」


 答えの出ない思考を打ち切り、大吾は身を起こし部屋から出た。

 そうして廊下を数歩歩き、すぐ隣の部屋のドアをノックもせずに押し開けた。

 ドアを開けた先は大吾の部屋と同じ造りでありながら、無骨な大吾の部屋とは違ったカラフルな色彩に包まれていた。

 壁際の本棚にはぎっしりと本が詰め込まれ、その隣のガラスケースには美少女ものからヒーローものまで様々なフィギュアが並んでいる。

 反対側の壁際には広めの机が置かれ、その上で巨大なディスプレイが存在感を放つ。

 そのディスプレイの前に青年の姿を認め、大吾は声をかけた。


「兄貴、いるか?」


「……いるけど、それは部屋に入る前に訊くべきだよ?」


 やれやれと言った様子で首を横に振りつつ、座っていたイスごと青年――道方みちかた総吾そうご――が大吾へと体を向ける。

 大吾の兄である彼だが、大吾の様な巨漢ではなくどちらかと言えば優男と言えた。


「スマンスマン、所でリアライザー余ってないか?」


 リアライザー。

 VRMMO世界を体験するために必要な、ヘルメットタイプのゲーム機器である。

 ゲーム機器と言うだけでなく、映像再生などにも使えるマルチデバイスだ。


「また唐突だね、ゲームに興味でも出た?」


「そんな所だ」


「今だとDOWかな?」


 総吾は椅子から立ち上がって押し入れの前まで行き、そこをゴソゴソと漁りながら大吾へと問いかける。


「あぁ、それだ」


「うーんそれなら、ちょっと最新型より落ちるけど昔のでも出来るね。俺が昔使ってたのでもいい?」


「問題ない」


 そもそも、ゲームで遊ぶつもりが無い大吾にとってはプレイ出来れば何でもいい。

 大吾はゲームの中で自分の偽物に接触し、どういうつもりで大吾の名前を騙るのかを聞き出したいだけだからだ。


「んじゃはい、これ。あとDOWも布教用に余分に買っておいたのあるけど使うかい?」


「いいのか?」


「布教用だからね。よければ始めるまでのレクチャーもするけど?」


「それはいい。兄貴にそこまで世話になるわけにはいかないしな、説明書読んでわからないとこがあれば訊きに来る」


「りょーかい」


「……ありがとう、助かった」


 総吾から差し出されたリアライザーとゲームのパッケージを受け取り礼を言う大吾。

 リアライザーやゲーム本体は高く、買い揃える場合高校生の大吾には厳しい出費だった。

 それがこうしてタダで使えるのだから本当にありがたい事だ。


「いいさ、かわい……くはないが大事な弟の頼みだからね」


「可愛くなくて悪かったな。……そうだ、あと1つ訊きたいんだが」


「ん、何かな?」


「俺が絶対見ないようなマンガやアニメって思いつくか?」


「大吾が見ないような? うーん、パッと思いつくのだとこれくらいかな?」


 そう言って総吾は机上のディスプレイをタッチし、1つの画像を表示した。


「……なんだこれ?」


 表示されたのは、瞳がかなり大きく描かれた金髪の少女が、キラキラした衣装に見を包んでにこやかに笑っている画像だった。


「日曜朝にやってる少女向けアニメ『魔導マジカル奇跡ミラクル少女ガールルルル』だよ」


「はぁ、日曜朝にこんなのやってんのか」


 そういや、悟里()も数年前まで早起きして見てたっけか?


「これのスティックあるか?」


「当然。1stシーズンからあるよ、こっちも貸そうか?」


「頼む」


「オッケー。えーと、ハイこれね」


 再び押し入れを漁り、小さなスティック状の記憶媒体を取り出す総吾。


「昔は何枚ものディスクで何回にも分けて売ってたらしいよ。そう考えれば、このスティック1つに52話全部入ってるって凄いよね。技術の進歩にバンザイ!」


「そーだな」


 おざなりに返事をしつつ、すべてを受け取った大吾は出口へと向かう。

 しかし、そのドアノブに手をかける前に、外側からドアが開いた。


「総兄、大兄知らない?」


 そう言いながら現れたのは高い位置で結ったポニーテールが特徴的な、活発そうな中学生ほどの少女。


「……なんで俺の弟妹はノックをしないのかね〜」


 こめかみを押さえながら独りごちる総吾。その言葉通り現れた少女は総吾と大吾の妹、悟里(さとり)だった。


「本当に入ってきて欲しくなければ鍵かけてるでしょ。あ、大兄いた。お父さんが呼んでたよ、帰ったなら道場来いって」


「わかった、すぐ行く。それじゃ借りていくな兄貴」


 父親が呼んでいるのならば急がなくてはと、借りた荷物を持ったまま総吾の部屋を後にする大吾。


「(え、大兄がゲーム借りてったの? 珍しい~)」


「(まぁ周りのクラスメートがやってて興味持ったんじゃないか? 少しはアイツにも高校生らしいところが出てきたんだよ)」


 背後でしまったドアの向こう側から妹と兄の話し声が漏れ聞こえてくる。


(確かに、ガラじゃないよな)


 大吾は腕に抱えた機器に目を落とすとともに心の中で呟いた。

 だが、ガラじゃなかろうが自分を騙る者がいる以上やらなければならない。

 その為にこの少女向けアニメも借りてきたのだから。

 だが、一先ずは道場だ。

 抱えていた荷物を自室へと置き、大吾は父親が待つ道場へと足早に向かった。




 ☆★☆




 夜、父親とのハードな稽古を終え、食事も風呂も済ました大吾は自室にいた。

 普段ならばあとは寝るだけという状況だが、今日は事情が違う。

 今の大吾にはやるべきことがあり、幸いにも明日から2日間は週末で休みだ。

 稽古も休むと伝えてあるので時間はたっぷりある。

 だが、その時間を無駄にする気の無い大吾はベッドの上に横になり、映像スティックをセットしたリアライザーは頭から被る。

 視界が暗く覆われるが、脇にある電源スイッチを押すと即座に脳内へと映像が展開された。

 様々なアイコンが示される中、映像再生のアイコンを選択する。

 タイムラグなく画面が切り替わり映像が再生され始めた。


魔導マジカル奇跡ミラクル少女ガールルルル!』


 総吾の部屋で見た目の大きな少女が現れ、手に持ったステッキの振りに合わせて画面上にタイトルが浮かぶ。

 同時に軽快な音楽と、それに合わせた女性の歌声が流れてきた。

 大吾はそれらを大真面目に、一挙一投足も見逃さぬように集中して鑑賞し始めた。



 ~約24時間後~



「……ふぅ」


 僅かに疲れた様子の大吾がリアライザーを頭から外し、一息つく。

 ほとんど丸1日を使って全52話を見終えた大吾。


「なるほど。大体わかった(・・・・・)


 自室のベッドの上で独り言ちた大吾は、そのまま総吾から借りたゲーム――DOWのパッケージを開ける。

 入っていたのはデータスティックと小冊子の様な説明書。

 データスティックには触れず、まず説明書の方から読んでいく。


「それほど難しいところはなさそうだな」


 書かれているのは一般的な事。ゲームを全くやらない大吾でも難しいところは無かった。

 なのでササッと流し読んでいく。ゲーム内でも指示があるらしいので流れさえつかんでいれば問題ないだろうという判断だ。


「ん? おっと、これだこれだ」


 しかしそれでも、しっかりと読み込んでおきたい情報もあった。

 このゲーム特有の機能トレーシングシステムについてだ。


「なになに『使用したい画像を1枚用意しておいてください』か。えらく簡単だな」


 だが、簡単な事に超したことはないし文句もない。

 携帯で画像を検索・コピーし、それをリアライザーへと送っておく。


「これで準備はいいはずだな」


 最後まで説明書を読みこんだ大吾はそれを箱に戻し、代わりにデータスティックを取り出す。

 取り出したそれをリアライザーにセットし、再びリアライザーを頭にかぶる。

 丸1日起きていたはずだが、そんな疲れをみじんも感じさせずにゲームを始めようというらしい。

 日々鍛えている頑健な身体があってこそ出来ることだ。

 再び現れた最初のアイコン群の中から、大吾はDOWのアイコンを選択する。

 すると視界が一瞬で暗くなったと思ったら、その闇の中から炎で作られた文字が浮き上がってきた。


『数百年にも及ぶ大戦により、この世界が混沌と闇に――「スキップ」』


 ゲームのOPだったのだが、それを躊躇なくスキップさせる大吾。

 世界観とかそこら辺は説明書で流し読みしたし、遊ぶ目的ではないから不必要だったからだ。

 大吾のコマンドによってOPムービーがスキップされ、画面が暗転する。

 だがそれも一瞬、すぐに画面上に2つの選択肢が出てくる。


『キャラクタークリエイトに移りますが、トレーシングシステムを利用しますか?

 →YES

 →NO』


 それに迷わずYESを選択する大吾。

 自分でキャラクタークリエイトするのも楽しいのかもしれないが、今の大吾にはメンドクサイだけだった。

 更に、自分で作ってしまうとどうしても大吾の"個性"などが出てしまうかもしれない。

 それによって大吾の正体が偽物にバレてしまう可能性もある。

 だから大吾は自分とは全く関係のないものをトレーシングシステムで使おうと思ったわけだ。

 YESを選択した大吾は、画面上の指示に従い転送しておいた画像を読み込ませる。

 その画像を読み込んでいるのか、待つこと数秒。


『読み込みが完了しました』


 という表示と共に画面上に読み込ませた画像とそっくりのキャラクターが現れる。


 輝く金髪。

 大きな瞳。

 小柄な体格。

 煌びやかな衣装は流石に再現不可能だったのか、衣装だけはどこにでもあるようなシャツとハーフパンツだ。

 そこにいたのは、数分前まで見ていたアニメの主人公。


(ここまで似るものなのか、すごいな)


 素直にそう感心した大吾の目の前に選択肢が現れる。

 種族や性別、身長や体格といった各種データはトレーシングする際に自動的に決められてしまったが、職業(ジョブ)と名前だけは自由に決められるらしい。

 選択できる職業(ジョブ)は『戦士』『投擲士』『治癒士』『魔導士』の4つだ。

 普段の大吾ならば迷わず『戦士』に行くところだが、今は違う。

 少し迷った後、大吾は『治癒士』を選択した。

 それに合わせて簡素だった服装がショートローブに切り替わる。


『キャラクタークリエイトを終了します。

 →YES

 →NO』


 画面上に最終確認と各種情報の一覧が現れる。

 それを一瞥した大吾は"YES"を選択した。


『では、良き"征服者"となられることを』


 そんな表示と共に画面が暗転した。



 ☆★☆



 目を開けると、のどかな田舎町の様な場所だった。

 木造の小さな家々が立ち並び、その町中を色々な人が行き交う。人はいるので活気はあるが、ごちゃごちゃとした感じは無い。

 頬に感じる穏やかな風もとてもリアルで、居心地がいい。

 そんな町の入り口に大吾は立っていた。

 まるで仮想現実と思えない周囲の風景をきょろきょろと見回した大吾は、次に自分の体を見下ろす。


 普段とは数十センチほど低い視点。

 自分のものとは思えない、白く細い手足。

 近くの家の窓ガラスに反射して映る"少女"が大吾自身だと認識するのに少し時間がかかった。

 そこに映っていたのは、金髪に大きくキラキラした瞳の可愛らしい少女。

 日曜朝のヒーロー、『魔導マジカル奇跡ミラクル少女ガールルルル』の姿がそこにあった。


「うん、これならだれも俺だと気付かないだろ……あ、しまった」


 そう小さく呟いてから声も少女になっていることに気付き、同時にもう一度言いなおす。


「――これなら誰も私だとは気付かないはずルル☆」


 テレビの中から抜け出てきたのかと見まごうような、本物そっくりの完璧な演技だった。

 24時間かけて全52話見たことで、大吾は『魔導マジカル奇跡ミラクル少女ガールルルル』の口調、動き、表情などすべて完全にコピーしていた。

 やり過ぎと思うほどに全力を尽くした大吾の努力の集大成、この美少女キャラクター『名前:ルルル 種族:ヒューマン(♀) 職業:治癒士Lv1』を見て大吾だと気付くものは存在しないだろう。


「それじゃ始めルル☆!」


 こうして、DOWの世界に見た目魔法少女の脳筋が生まれ落ちた。

 まさか、これが伝説のギルド『昼夜健康(フル・スピリッツ)』の始まりになるとは誰も――大吾自信も思っていなかった。

読んでくださってありがとうございました。

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[良い点] とてもテンポが良い文章だと思います。 VRMMOという題材を短い文章ながら表現できていると思います。 [一言] 新作、楽しみにしております。
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