桜の咲かない卒業式で
純粋に春と言っても三月。肌寒いと言うか寒い。だって北海道だし、桜咲かないし、雪降ってるし、寒いし。
カーディガンの裾を引っ張り指先を隠す。晴れているのに雪が降っている空を見上げて、卒業証書の入った筒を握り締めた。周りからは、最後のバカ騒ぎをする声や感極まって涙する声が聞こえてくる。
私としては特に感じることはない。春ですね、雪降ってますね、桜咲きませんね、寒いですね、そして卒業ですね。感じることの少ない卒業式だ。
今日で最後のセーラー服には、少しだけ名残惜しさを感じる。だって高校はブレザーだし。セーラー服もブレザーも可愛いから、どっちがいいなんて聞かれると迷うんだよな。
「千鶴!卒業式の日まで、ぼーっとしてないのっ」
トン、と軽い力で肩を叩かれた。声で誰か分かってしまうのは、三年の付き合いがあるからだろうか。振り向けば、予想通りと言うか何と言うか、目の縁をほんのりと赤に染めた友人が立っていた。
「寒いなぁって、桜咲いてないなぁって、セーラー服名残惜しなぁって」
思ったことを切りながら告げれば、彼女の顔に微妙な笑顔が貼り付けられた。世間一般では苦笑、と言うのだろうか。思う存分泣いたのだろうか。頬の筋肉は緩んでいた。
先程見た女子達のように皆で集まって、ボロボロ泣き出すと言うのは彼女にも私にもあってはいない。私は泣いてないが、彼女は小さく鼻をすすりながら泣いていたのを、しっかりと見ていた。
私は卒業証書の入った筒を持っていない逆の手を伸ばし、彼女の赤くなってしまった目の縁に触れる。少し熱を持っていて擦ったんだなぁ、なんてのんきなことを考えてしまう。
「中学の卒業式と言っても、感じることなんて特にないんだもの」
指先で撫でるように触れてやれば、彼女は猫のように目を細めた。私はそのまま淡々と言葉を続ける。
「それに北海道って雰囲気がないんだよね。寒いし、雪降ってるし、桜咲かないし。ついでに言うと、高校も一緒じゃない」
指を離して首を傾ければ、彼女は細めていた目を大きく見開き丸めた。驚いたようなその顔にはどういう意味があるのかは知らないが、何となく気に食わなかったので筒で額を叩く。
プリーツスカートの裾を翻し、校舎の中へと足を踏み入れる。彼女が私を呼んで追いかけてくるので、口元が緩み笑みが溢れた。
「ちょっと!どこ、行くのっ!!」
タンタンタン、と軽い足取りで階段を上がっていく私に叫ぶ彼女。踊り場で綺麗にターンをしてみせ、振り返り笑顔を見せる。意味が分からないと言いたげな彼女に、更に混乱させる一言を告げながら。
「桜を咲かせに」
向かうは教室。誰もいない教室は、三年間通った中で一番殺風景に見えた。これで終わりなんだよ、と教室でさえも言っているようで笑いが込み上げる。
終わりねぇ、だから何だよ。春ってやつはそんなもんだろう。終わって始まって、それが繰り返される季節なのだから。
カタカタと音を立ててチョーク入れを漁る。長いのから短いの、折れてしまったものも入っていた。その中から、赤いチョークと茶色、それから緑のチョークを取り出す。
三本のチョークを自分が持ちやすいように利き手である右手にはさみ、大きな黒板を大きなキャンバスと思い描いていく。
カツカツカツカツ、ガリガリガリガリ、コツコツコツコツ、カッカッカッカッ、ガッガッガッカッ、黒板とチョークの擦れる音、叩きつけられる音。そしてパタパタと聞こえる足音。
「千鶴!」
それから私を呼ぶ声。咲かない桜、咲かせた桜。先程と同じように赤くなってしまった目を大きく見開く彼女。私は笑う。
卒業おめでとう。