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平賀対策部

「じゃあキヨメさん」

「はい」

「俺この子一旦家に連れて帰るから」

「はい」

「後の事、宜しく」

「……はい?」

「よし。行くぞ、ヨリ」

「うん」

「ちょ、ちょっと待って下さいよ二人共!」

「「?」」

「後の事宜しくって何ですか。私も一緒に帰りますよっ」

「駄目だ」

「何でですか!?」

「だってお前。それだと俺早退になっちまうだろ」

「え?」

「キヨメさんは催眠を使って、俺が今日一日ちゃんと授業を受けてた事にして、ついでに残りの分の授業を聞いて、ノートにまとめておいてくれ」

「何ですかそれ!? 何で変な所で真面目なんですか! ……いや、そもそも催眠で早退を誤魔化すって発想が全然真面目じゃないですね。いや、でも……」

「よし、今のうちに行くぞ、ヨリ」

「うん」

「だ、だから二人共!」


 キヨメさんの事は放っておいた。







 ガション、ガション、と町中に響く機械音。

 その音は、俺の横のドラム缶ロボットが歩く度に聞こえる。


「へー、凄いもんだな」


 だが、その明らかにおかしい音にも状況にも、通行人は一切誰も反応しない。

 それは、ヨリの乗っているロボットに搭載された機能だった。

 ヨリ自身にそういう力は無いのだが、乗っているロボットを使えば様々な事が出来るらしい。

 例えば今みたいな事。

 キヨメさんの催眠みたいな事も、このロボットを使えば出来る。


「てか、降りないのか? その中息苦しそうだし、暑そうだぞ?」

『んーん、快適だよ。それに、この中に居ると安心できるの。……ここなら足の小指をぶつけたりしないし』

「……そうか」


 ヨリは普通の人よりも痛みを強く感じる。

 だから、ちょっと体をどこかにぶつけたり怪我をしたりが、失神する程の大惨事になる。

 最初は自分を別人に見せる為ロボットに乗っていたのかと思ったが。

 これは多分そういうんじゃなくて、彼女は単純に自分の身を守る為、これに乗っていたのだろう。


「そういやさ。ヨリは結局、自分に設定された所有者登録を解除してもらう為だけにここまで来たのか?」

『違う。それだとこっちに来ても良いって許してもらえない』


 だよな。


「じゃあ、何の用事で来たんだ?」

『日和様からお届け物』

「返品で」

『え!?』


 当然だ。

 嫌な予感しかしない。

 いらん。


「一応聞くけど……それやっぱ日和の発明品なんだよな?」

『うん』

「だよな。……で? その届け物は今どこにある?」

『ちわの所に置いてきた』

「何!?」


 緊急事態発生。


「と言うかそもそもそれ、物は一体何なん……いや、後だ。とりあえずその届け物、俺以外の奴が開封して使う事って出来るのか?」


 日和の事だから、所有者登録みたいなのを設定してある可能性も。


『出来るよ。誰でも使える』

「走るぞ、ヨリ!」

『え?』


 絶対使う。

 あの馬鹿は、面白がって絶対に使う!


(もうトラブルの予感しかしない!)


『そうたさま、待って!』


 声に振り向くと、ロボットの足が畳まれて、代わりに下からタイヤが出てきた。


『急ぐなら乗って!』


 更に足場と取っ手が生え、後ろからしがみ付く様な体勢で乗れる様になった。


「おぉ!」


 遠慮無く乗らせてもらう。


『危ないからしっかり掴まって』

「おう、わかっ、た、お、わっ!」


 確かに危ない。

 結構速度が出る。

 タイヤを出す前、足で歩いている時はふらふらして何とも頼りない感じだったが、この形態だと全然違う。

 通行人からこちらの姿が見えないので、そのままだとすぐぶつかってしまいそうなのだが、そこをすいすいと上手くかわしていく。


『あ!』

「え?」


 だが突如、建物の曲がり角でヨリが声を上げる。


「って! ええぇぇええええ!?」


 しかもそのまま急ブレーキをかけられたので、油断していた俺はあっさり吹っ飛ぶ。


(マズい!)


「ん?」


 更に最悪な事に、吹っ飛んだ先に人が!


「避け――」


 避けてくれ、という注意喚起も間に合わない。

 空中で回避する事なんて出来ず、そのままぶつかっていく。


「――っ!」


 ぼすっ、という感触。


「……あれ?」


 想像していた様な衝撃が無い。

 改めて状況を確認すると、何故か俺はぶつかりそうになった相手に、お姫様抱っこされていた。


「もー、創太様ったらこんな人目のある所でダイブしてくるなんて、大胆なんだからー」

「は?」


 俺をお姫様抱っこしていたのは、ちわさんだった。


「何でちわさんがここに?」

「………………まぁ色々、ね」


 目を逸らす。

 絶対怪しい。


「おいコラ。さてはお前、何かし――」

「創太様ちゅ~♪」

「んむ!? んん!」


 誤魔化す為にキスで俺の口を塞ぎやがった!

 お姫様抱っこしながらのキス。

 普通ならロマンチックなシチュエーションなんだろうけど、男女が逆だ。


「ん、は……、んちゅ」


 しかも、冗談で始めたキスは、かなり濃厚な物だった。

 念入りで、唇にちゅ、ちゅ、と音を立てて吸いついたり、かと思えば深く口を合わせ、唾液でぬるっとした肉厚な舌を口内に差し込んできたり。


(こ、これ……ヤバい……)


『ちわーーーー!!!!』

「おっと」


 すると突如、俺の体に触手の様な物が巻き付き、ちわさんから離される。


「え、な、何だこれ!?」


(金属で出来た触手?)


 生えている先を見ると、どうやらこれは、ヨリのロボットから生えている腕だったらしい。

 腕は伸びるのか。


『何してる!』

「何って、キス?」


 ちわさんが唇に指を添えて、色気のある笑みで答える。


『き、ききき、キスって……』

「別におかしくないでしょ? 私達は生体性具なんだからその位」

『よくない! し、失礼! そうたさまにっ』

「何が失礼なの?」

『だって!』

「創太様、凄く気持ちよさそうだったよ?」

『え?』

「え!?」


 こっちを見るヨリ。


(おい、やめろ! 突然俺に話を振るな!)


「……………………気持ちよくなんか、無かったし」

「ほら、ね?」

『そうたさま……』


 否定したのに何故だ!?


「そ、それよりもだ! こら、ヨリ! いきなり急ブレーキなんかかけたら危ないだろ!? そのせいで俺ぶっ飛んだんだぞ! ……あと、そろそろ降ろしてくれ」

『あ、ご、ごめんなさい…………』


 言われた通り俺を降ろしながら続ける。


『ちわの反応があったから……』


 ちわさんの反応?

 ロボットには近くに居る人造人間を識別する機能もあるのか。


「あと、ちわさん」

「何? キスの続き?」

「違う! ヨリの持ってきた日和からの届け物。あれ、まさか勝手に開封して使ってないよな?」

「ごめん創太様。私ちょっと用事あってさ。今急いでるの。だからもう行くね?」

「ちわさん。さっきのキスの続きしたいから、一緒に家に帰らないか?」

「帰るー」

「用事はどうした!」

「はっ!? しまった!」


 何がしまったか。


「ちわさん、一体何を――」

「あらー、創太君じゃないですかー。偶然ですね」

「っ!」


 ゾワッ、と背筋に悪寒が走った。


「…………」


 恐る恐る振り返る。


(やっぱり……)


 そこに居たのは、スーツを着た二人の女性。

 一人は、小柄で、ふわっとしたショートボブの、大学生かもしくは新卒の社会人位に見える可愛らしい女性。

 身長は低いが胸は大きく、その屈託のない笑顔と合わせて、異性から間違いなく人気が出そうな容姿をしている。

 もう一人は、背がさっきとは逆に平均よりも少しだけ高めの女性。

 あくまでも高め、程度なのだが隣に立っている女性との比較で、実際よりも高身長に見えてしまう。

 歳は二十代半ば位だろうか。

 髪の長さは先程の女性より少し長い程度で、体つきも年相応に…………と言うか、何と言うか……肉付きが良いと言うか……はっきり言って、いやらしい。

 俺の身近にこれ位の年齢の女性があまり居ないから、余計際立ってそういう風に見える。


「へ~……彼が創太君ですかー」


 背が大きい方の女性が興味津々な顔で俺に近寄ってくる。


「………………」

『………………』


 警戒したのか、ちわさんとヨリが二人から俺を遮る様に立つ。


「ふふ、好かれているんですね、創太君」


 すると背が小さい方の女性が口に指を添え、笑う。


「ちわさん、ヨリ。大丈夫だよ、この人達は」


 ちわさんの肩とヨリのロボットの頭を、ポンポンと叩く。


「そうですよね。何者かわからないままでは不安ですよね。では、まずお二人に自己紹介を」


 言いながら背が小さい方の女性が名刺入れから名刺を出すと、ちわさんとヨリに渡す。


「? 国から来てるの? 公務員? ……平賀対策部?」


 名刺の肩書を読んで驚くちわさんと。


『私が……見えてる?』


 ロボットの機能で自分の存在を見えなくしている筈なのに、普通に渡された名刺に、驚愕しているヨリ。


「さ、泉ちゃんも自己紹介して。泉ちゃんは創太君に会うの初めてでしょう?」

「いやー…………すいません、先輩。私今日名刺持ってきてなくて……」

「……泉ちゃん。社会人なんだから、名刺位仕事中は常に持ち歩かなきゃ駄目よ?」

「あははは……すみません」

「じゃあ名刺は後日渡すとして。とりあえずそのままでいいから、自己紹介して」

「はいっす」


 泉ちゃんと呼ばれた背の高い方の女性が、背筋を伸ばす。


「初めまして、創太君。先輩と同じ平賀対策部第一課の、沖泉です。本日から私も、創太君の担当になりましたので、宜しくお願いしますね」

「はぁ」


 握手を求められたので、する。

 温かい。

 少なくとも、冷え症じゃないみたいだ。


「さて、創太君」


 ニッコリと笑う、先輩と呼ばれていた小柄な女性、榎沢莉緒さん。


「人造人間含む発明品が届いたら都度連絡して下さいって、何度も言っていますよね? 私」

「……いや、そのー……ですね? 違うんですよ、榎沢さん。俺もすぐに連絡しようとは思ってたんですけど……ね? 色々とありまして……」

「そうですか。では、今から創太君のおうちにお邪魔させて頂いてもいいですか?」

「え?」


 話が全く繋がってない。


「今日も何か届きましたよね?」

「え!?」


 何故知っている。


「では、乗って下さい」


 榎沢さんが後ろに停めてある車を指す。


「届いたの創太君が学校に行ってからなので、中身が何か創太君はまだ確認してませんよね? ちょうど良いので、一緒に確認しましょう」


 怖ー。

 全部バレてるよ。

 これは逃げられないな。


「ねぇ創太様、これ一体どういう……」

『そうたさま、この人達私の事見えて……どうして?』

「あぁ……うん」


 ちわさんとヨリにも、説明が必要だよな。


「とりあえず、乗ろうか。詳しくは車の中でな」

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