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特殊性癖用、リョナ型人造人間ヨリ

 平賀、杉田家には、当たり前だが善人ばかりが居る訳ではない。

 発明の為他人に迷惑をかける事を気にしなかったり、それどころか下手すりゃ人体実験みたいな事を平気でする奴らも居る。

 聖はその、発明の為ならろくでもない事を平気でする側の人間だ。

 一族には一応まともな人間の方が多いので、ある程度はそういう奴らの無茶を抑止するのだが、まともとは言っても発明第一な事には変わりはない。

 なので余程の事をやらかしでもしない限り、どうせ誰かが止めるだろうと大抵放置する。

 …………自分で言ってて思ったが、やっぱり全員ろくでもないな。


「聖が作ったってお前……じゃあそいつ……」


 そして聖の場合、発明の為云々を抜きにして、本人の性格そのものがろくでもない。

 そんな聖が作った人造人間というのなら、この子は殺戮用人造人間とか、国家壊滅用とか拷問用人造人間でもおかしくない。


「いえ、大丈夫ですよ創太さん。そういう意味だとヨリちゃんは、安全なとってもいい子です」

「そうなのか? じゃあそこのヨリって子は、どういう目的で作られた人造人間なんだ?」

「目的と言うなら、ヨリちゃんは私達と同じ、生体性具として作られた人造人間ですよ」

「おいコラ聖ぃ! お前まだ九歳だろうがぁ!」


 天に向かって叫ぶ。

 性具だとか何だとか、そういう発想はガキにはまだ早過ぎだ!


「詳しく言うと、ヨリちゃんは特殊性癖用の、リョナ型人造人間です」

「……? りょな、型?」


 リョナって何だ?

 聞きなれない言葉だ。


「あれ? 創太知りません? リョナっていうのは、『猟奇オナニー』の略です」

「聞いて後悔した。一生知らなくていい様な言葉だな」

「そうですね。簡単に言うと、女の子が殴られたり、悲鳴を上げながら酷い目にあっている姿を見て、興奮する様な事です」

「まともとは思えない、最悪な性癖だな。理解出来ない。……つーかそれ、SM好きとは違うのか?」

「さぁ……私もあまりネットスラング系には詳しくないので……。多分ですけど、言葉にオナニーって入ってる位ですから、実際に手を出すSMとは違……」


 そこまで言うと、突然キヨメさんが何かに気付いた様に顔を赤くし始めた。


「何だよ。突然どうし……」


 俺の言葉も止まる。

 ……わかった。

 そうか、オナニー、か。

 昨日の事か。


「………………」


 俺も昨日の事を思い出して顔が赤くなる。


「と、とにかくです!」

「お、おう!」

「ヨリちゃんはそういう子なんですよ!」

「そうか!」


 勢いで誤魔化す。


「で? 具体的にリョナ型ってのはどういう機能を持ってるんだ?」


 ちわさんやキヨメさんみたいに面倒な能力があるのなら、注意しておかなきゃいけない。


「あー、それはですねぇ……」


 不憫そうな顔で苦笑いする。


「何ていうかー……ちょっと可哀想なんですけど……。あの、創太さん。さっき聞いたヨリちゃんの声、とっても可愛くありませんでした?」

「あぁ」


 確かに可愛かった。


「ですよね。ヨリちゃんはリョナ型と言うだけあって、素敵な悲鳴が上げられるようにと、声もそういう風に調整されているんです。そして、そんな良質な声で出来るだけ良く鳴ける様にと、痛みや苦しさなんかを通常の何倍も強く感じる様に出来ています」


 ……聖が作ったってだけある。

 とんでもない話だ。


「そして、プレイ時の行き過ぎたハードな責め苦にも耐えられる様にと肉体の再生能力がすさまじく、それこそ木材粉砕機に投げ込まれてグチャグチャのミンチにされても死なずに、しばらくすれば無傷で元の姿に戻れる程です」

「…………例えがグロい」

「ですが、あくまで再生能力だけで肉体の頑丈さなんかは普通の人間と変わりません。簡単に傷も出来るし怪我もします。だからこそ、リョナ型なんです」

「……つまりまとめると、暴力を振るわれると人間同様怪我をして、その時に感じる痛みは通常感じる物の何倍もの強さで、けどその時にした怪我もすぐ元通りに治るから、同じ責め苦を何度も与えられる、と」

「はい、大体そんな感じですね」

「鬼畜過ぎんだろ聖!」


 幼いながらとんでもねぇ女だ!


「そんなヨリちゃんにも、一応身を守る手段があるんです」

「身を守る手段?」

「はい。そのままですと彼女容姿とっても可愛いですから、すぐに誘拐されて酷い事されちゃいますからね」

「聞いてる感じだと、キヨメさんやちわさんみたいに戦えなさそうだもんな。それで? その身を守る方法ってのはどんなのなんだ?」

「自分が感じている痛みを、周囲に居る人や動物に、同じ様に感じさせる事が出来ます」

「それはまさに彼女ならではの必殺技だな」


 何かをすればその何倍もの激痛が返ってくるとなれば、迂闊に手は出せない。

 だが、それを使う為には事前に自分が痛みを感じなければいけないという辺り、聖の鬼畜っぷりが見える。

 ノーリスクで身を守る方法付けてやれよ。


「その能力のおかげでヨリちゃんは基本的に人から虐められたりはしない筈なんですが……例外があります。それが、所有者登録です。所有者登録をした相手には、ヨリちゃんの力は使えないんです。プレイを楽しめなくなりますからね。そして、その所有者登録の相手というのが……」

「……俺なんだな?」

「はい」


 納得した。

 だからか、さっきあんなに俺の事を怖がってたのは。

 そりゃそうだろう。

 世界で唯一、彼女の事を痛めつけられる人間なんだ、俺は。


「ヨリちゃん?」

「っ!」


 キヨメさんが話しかけると、ヨリがビクッと震える。


「ほら、大丈夫ですよ。創太さんはヨリちゃんを虐めないです」

「や、嫌! やめて! 怖い!」


 キヨメさんが逃げようとする彼女の脇の下に手を差し込み、後ろから抱き着く様にして持ち上げると、俺と向かい合う様にする。


「ひぃぃいい!」

「………………」


 顔色を真っ青にして、涙を浮かべながらガタガタと震えている。

 …………傷つく。

 本気でこれ、傷つく。


「た、たべないで……たべないでぇ……。嫌なのぉ……痛いのは嫌なのぉ……」


 しまいには怖がってボロボロと涙を流し始めた。


「いや、食べるってなんだよ……。食べねぇし、何もしねぇよ」


(ったく……)


 腰を曲げて目線を合わせる。


「あのな? ヨリ。聖に何を吹きこまれたのか知らないけど、はっきりと言っておく。俺はお前に酷い事をするつもりは、一切無い。虐めるつもりは全く無いし、さっきから言ってる食べるだなんてのは、まず絶対にあり得ない。絶対だ」

「………………」


 少しは話を聞く気になってくれたのか、泣くのを止めて俺の目をジッと見つめてくる。


「ねぇ、ヨリちゃん。さっきから言ってますけど、食べるって何ですか?」

「…………たべるって……。男の人は…………私の所有者になった人は……私の事をたべちゃうって……聖様が……」

「…………クソ聖め」


 ろくでもない事を吹き込みやがって。

 その食べられるの意味が、単純に怖がらせる意味での食べられるなのか、それとも男が性的な意味で襲い掛かる意味での食べられるなのかは知らないが、どっちにしろ説教ものだ。


「安心しろ。そんな事しねぇよ、俺は。キヨメさんを見てみろ。そんな酷い事をされている様に見えるか?」

「………………」


 首を曲げてキヨメさんの事を見上げながら考え込む。


「……ついさっきまであれだけ乱暴に人のおへそいじくり回しておいて、よくそんな事言えますね……」

「ん! んんっ、ん! ん!」


 余計な事を言うな!

 またビビられたらどうする!


「………………んん……」

「…………駄目か?」


 けど、やっぱりこれだけじゃ俺を信じる決め手にかけるみたいだ。

 ヨリは俺への警戒を解いてくれない。


「どうしたもんか……」

「仕方ないですねぇ……じゃあ」

「ふぇ?」

「えい」

「もふっ」

「おいぃ!?」


 キヨメさんが俺の胸元に、ヨリの顔をグイッと押し付けた。


「む、むぐぐ……むー! むー!」

「お、おいキヨメさ――」

「少しの間動かないで下さい、創太さん。大丈夫です。多分これで落ち着きますから」


(どういう事だ?)


 疑問には思ったが、とりあえずそのままキヨメさんの言葉に従って、動きを止めて、待つ。

 するとキヨメさんの言う通り、ジタバタとしていたヨリが大人しくなっていった。


「む……むぐ…………ふぐ、ふがふが……スーッ、フー……、スーッ、フー……」

「おい!」


 慌ててヨリを引き剥がす。


「人の臭いを嗅ぐな!」


 最悪だ畜生!


「…………は?」


 だが……。


「はぁ……はぁ……はぅぅ……んん……」

「………………」


 トロンとした目つきで恍惚としたその表情からは、もう先程までの様な警戒は見えない。

 スンスン、とまだ鼻をヒク付かせながら、ヨリが話しかけてくる。


「そう……そうらさま…………」

「……何だ?」


 興奮のせいかまともに喋れていない。


「しゅき……れしゅ……らいしゅきれす……」

「ほら、解決です」

「段階ぶっ飛び過ぎだろおい!」


 恐怖心を取り除くどころかメーターがぶっ飛び、ベクトルが一気に好きにまで変わった。

 そういやちわさんが来た時も所有者登録された相手の体臭がどうとか言ってたな。

 これもそのせいと言うか、そのおかげなのか。

 人造人間は皆臭いフェチなのか?

 これはこれでおかしいけど、怖がられるよりはマシだろう……多分。


「さ、もう自分で立てますよね」

「うん……」


 キヨメさんがヨリを地面に降ろす。


「そうたさま……」


 すると、トトッ、と歩いて俺に抱き着くヨリ。

 履いている薄っぺらいサンダルが、ペタタッと鳴った。

 さっきまであれだけ怖がっていたのにもうこれだ。

 どんだけだよ。


「……そうたさまの事、信じる」

「え?」

「私、そうたさまの事信じる……。そうたさまは、私に酷い事しない……信じる。好き」

「いや、いやいやいや……あー……うん」


 ま、いいか。

 否定するのも何か違うしな。


「そっか。信じてくれてありがとな」


 頭を撫でてやる。


「ん~……」


 するとヨリが嬉しそうに首を竦める。


(……可愛いな)


「ヨリ」


「…………ん~?」


 名前を呼ぶと、正に天使の微笑みとしか言えない様な可愛らしい笑顔を浮かべながら顔を上げ、俺を見る。



 ベチッ



「痛いっ!?」

「え!?」


 すると、そんな彼女の額に無意識に、結構本気のデコピンをかましてしまった。


「あ!? す、スマン!」

「ぁ…………ぁ……」


 ヨリが力無くよろよろと後ろに下がりつつ、おでこを押さえながら絶望に満ちた顔で俺を見る。

 まるで実の親に捨てられた子供の様な、誰よりも信頼していた相手に裏切られた様な、そんな傷ついた表情を浮かべる。


「スマン、本当にスマン! ち、違うんだ、俺、何でこんな事を……」

「創太さん、これがヨリちゃんの持っている力の一つです」

「え?」


 キヨメさんが、俺を責めるどころか気遣う様な顔で俺に言う。


「リョナ型としての力で、近くに居る人の嗜虐心を無意識に刺激してしまうんです。虐めてオーラというんですかね。それに関しては、所有者登録も効きません」

「いや、いやそれは…………えぇ?」


 どこまでも鬼畜使用だなおい。

 けど、悔しいがその意味が今の俺には理解出来てしまう。


「そうたさま……酷い……どうして……?」


 ……ヨリの泣き顔が、ヤバい位に可愛い。


「ごめんな、ヨリ。わざとじゃないんだ。もうしない。絶対に。約束だ」

「………………本当?」

「あぁ、本当だ。だから、おいで?」

「……うんっ」


 

 ベチッ



「うわぁぁああああん!!!!」


 無警戒に近寄ってきたヨリの額に、ついまたデコピンをしてしまった。


「……創太さん、今のはわざとですね」

「……いや、あまりにもあっさり信頼してくれたから、つい」


 その後、今度こそ本当に何もしないと何度も本気で謝り、何とか許してもらった。

 …………にしても、これまたとんでもない人造人間が送られてきたもんだ。

 聖の奴に後で文句を言わねぇとな。

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