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空気嫁型人造人間キヨメさん

「どうぞー」

「あ、すみません。頂きます」


 泣いたせいで目が少しだけ赤いキヨメさんを客間に通してお茶を出すと、光が俺の左隣に座る。

 キヨメさんは俺達とはテーブルを挟んで反対側に座っている。


「じゃあ話を戻すけど。……本当に?」

「は、はいっ!」


 まだ少し緊張しているらしい。

 返事と共に、キヨメさんが座布団から勢いよく立ち上がる。

 立ち上がった勢いで大きく揺れる胸と丸出しのパンツ。

 少しだけ視線を逸らしてしまう。


「私は創太さんに使っていただく為日和様に作られた、『空気嫁型人造人間』キヨメですっ!」


 恥ずかしさのせいか、言いながらプルプルと小刻みに震え、目元にはまた涙を浮かべている。

 そして同じ様にまた、顔だけではなく手や足まで真っ赤だ。


「…………」

「すごーい」


 パチパチと、何もわかっていなさそうな嬉しそうな顔で光が手を叩く。

 そう。

 さっきの日和からの電話は、それを伝える為のものだった。

 杉田家の一員として、発明家の才能を遺憾なく発揮する光の姉、日和。

 その彼女が少し遅めの高校入学祝いとして、このキヨメを送り込んで来たというのだ。


「…………要らねぇ~」

「はい?」

「いや、何でもない。……と言うか、だ。そもそもその、『空気嫁型人造人間』ってのは何なんだ? 意味がわからん。空気嫁型も何もその体、どう見ても空気で膨らませてないだろ。だったらそのまま人造人間でいいじゃねぇか」

「それはですね!?」


 いきなりキヨメさんが真剣な顔になり、声がデカくなる。


「古来より、生身の女性に相手にしてもらえない世の寂しい男性達は、その内から湧き上がる燃える様に熱いリビドーを発散させる為に、女性の体に見立てた竹や丸めた布団等、様々な素材の抱き枕式性具を作りました!」

「へー」

「や、あの……あのな? 夜遅いし、もう少し声抑えてくれないか?」


 感心する光、一方俺はご近所への心配をする。


「しかしです!」


 しかし逆に、どんどんヒートアップしていくキヨメさん。


「その性欲処理に使う抱き枕式性具には、様々な問題が山積みでした! 洗うのが簡単な素材であれば、その人ならざる固さに萎え! 洗うのが大変な素材であれば、その中に染み込む汚汁を拭いきれず!」

「なるほどー」

「汚汁とか表現汚ぇな! ……てか、光の反応も年頃の女の子としてはどうなんだ?」

「そんな時!」

「だからさっきから声がデケぇよ!」

「ある人が気付いたのです! 風船……いや、浮き輪ならどうだ? ……と! これならば、中は空気で柔らかく、表面はビニール製で洗うのが楽! 更に空気を抜いてしまえば、いざという時の収納場所にも困らない! リアリティの追求という点では一見進化した様に見える最近人気のラブドール達ですが、実用性を考えればやはり彼女達では駄目なんです! 何故なら、彼女達では場所を取り過ぎます! 突然の来客時、どうするんですか!? 隠せませんよ!? そして、関節の動かない人間そのものであるラブドール達は、使用後に洗うのにも一苦労! 間接から手足を取り外せる子達もいますが、それにしたってやっぱり大変なんです! 重く、大きく、融通が利かない! 重要なのは、手軽さ、メンテナンスの容易さ、そして、緊急時の対応が可能という事! そう、その条件を満たす唯一無二の物こそ、風船式の空気嫁なのです! 空気嫁こそ正に、傘と並ぶ人類の作り出した、完璧ならずとも究極である、人類至高の発明品――」

「だから近所迷惑だっつってんだろさっきから! 少しは声抑えろや!」

「…………すみません、少し熱くなり過ぎました」


 怒鳴られて冷静になり、再度顔を赤くしたキヨメさんが、大人しく座布団に座る。


「……と、まぁそんな感じで。私が空気嫁を名乗っているのは、一性具として尊敬する、先代達への敬意の表れという訳なんです」

「何言ってんだコイツ?」


 全く、これっぽっちも意味がわからん。


「それに、これを見て下さい」

「?」


 大声を出してアホな事を力説した事で、少しだけ緊張がほぐれたらしい。

 最初よりは落ち着いた表情で、座ったばかりの座布団からまた立つと、テーブルを回って俺の側へとやってくる。


「……何だよ」


 いくらアホでもキヨメさんは桁外れの美人なのだ。

 近寄られるとどうしても意識してしまう。


「首の後ろをよく見てみて下さい」


 髪をかき上げてうなじを見せてきた。


「…………」


 色気のある動作とその白いうなじにドキッとする。


「……首の後ろだな? はいはい……」


 平然としている振りをしながら、言われた通り首の後ろを見てみる。


「ん?」


 すると、そこに気になる物があった。

 首の後ろ、髪の生え際少し下辺り。

 赤くポツッと、小さく腫れた虫刺されみたいな痕がある。


「それ、指でつまんで少し引っ張ってみてください」

「引っ張る!?」

「大丈夫ですから、引っ張ってみて下さい」


 怯む気持ちはあるものの、とりあえず言われた通りにその赤い虫刺されをつまむ。


「あ、ぅん……」

「変な声を出すな」


 そして次は、引っ張ってみる。


「何!?」

「わー、すごーい」


 すると、つまんだ下からなんと、浮き輪とかによくある空気の吸入口が現れたのだ。


「私が空気嫁を名乗っているのは伊達ではないという事です。さぁ、次はその蓋を開けて、根元をギュッと抑えてみて下さい」

「もう何がなんだか……」


 言われるがままに吸入口の根元をつまむ。



 プシュ~……



「おぉ!?」

「すごいすごーい」

「ふふ、どうですか?」


 根元をつまむと吸入口から空気が抜け、それに合わせてキヨメさんの体がどんどん小さくなっていった。


「すげぇ……」


 それも、そのまま体の大きさが小さくなったという訳ではなく、空気が抜けるとその分、彼女の外見年齢が小さくなっていったのだ。


「これで大体、中学生位ですかね」


 別に日和やキヨメさんの話を信じていなかった訳ではないが。

 彼女が人間ではないという事を、改めて認識させられた。


「こんな感じで空気を入れたり抜いたりすれば、創太さんのお好みの外見になる事が出来ます。見た通り年齢は勿論、胸の大きさを含めた全身の脂肪や筋肉の量も思いのままです。ただし、外見年齢は変な趣味嗜好を持たれても困るので、変化は下が幼稚園児程度まで、上は人の肉体がピークを迎えるという二十代半ば程度までとなっています」


 すげぇ。

 マジで高性能だ。


「他にも……」

「うお」

「わー便利ー」


 髪の色が、黄色や赤や緑等様々な色に変化する。


「こうして、髪色も自由に変えられます。ただ、長さは伸ばす事しか出来なくて、短くしたい時は切るしかないので今はやりませんが」


 流石日和だ。

 本当に凄い。

 質量保存の法則は一体どうなっているんだ。


「ただ、一つだけ注意していただきたいのが、髪や体型等は弄れても、私の元となる骨格や顔立ちは変えられません。なので、そもそもお前の顔が気に食わないと言われてしまうと、私としてはどうしようもないのですが……」

「いや、別にそんな事言わねぇけど」


 大体この顔が気に食わないなんてまず有り得ないだろ。

 初対面で思わず見惚れてしまった位にキヨメさんは美人なんだ。

 その顔に文句なんて言う訳が無い。


「最初にお会いした時の私の外見や年齢、髪や体型等はデフォルトの姿として私の中に記憶されていますので、どれだけ体を変化させてもその姿にならすぐに戻れます。体や髪を弄り過ぎておかしくなった、となってもそうやってすぐにリセット出来ますので、そこは安心して下さい」

「…………」


 その言い方は正直少し不愉快だ。

 何だか物を扱う感じで。

 人造人間と言っても、キヨメさんは生きているんだろうに。


「すごいねー」


 だが光は深く考えず、その高性能っぷりに素直に驚いている。


「あぁ」


 勿論、俺だって驚いているさ。

 何度も言うが確かに凄い。

 流石、日和だ。


「それで、その……」


 少し慣れてきたと思ったのに、またも緊張した表情になるキヨメさん。


「如何でした……でしょうか?」

「? 如何でしたでしょうか、とは?」


 モジモジとしながら聞いてくる。


「そ、その……つ、使ってみる気には、なりました、か?」

「使う?」

「はい。…………私……を……せ」

「せ?」

「せ、せせせせせ」

「せせせせ?」

「せせ、性具として、です!」


 そのまま鼻血を吹いて倒れてしまいそうな位、真っ赤な顔で叫ぶ。


「ならないな。悪いけど帰ってくれ」

「そんな!?」


 ガーン、とショックを受けた顔で畳に突っ伏す。

 が、すぐに顔を上げて聞いてくる。


「何故ですか!? 私の何が不満だと!?」

「いや、何が不満と言うか……。根本的な話として、特に必要としてないんだよ、俺は。性欲処理道具とかそういうの。普通に彼女作るよ」


 チラッと横目で光を見るが、光は視線に全く気付かない。


「そんな!?」


 ザザッ、と俺の膝に縋りついてくる。


(ぅ……)


 キヨメさんが近くに来ると、ふわりと良い香りが漂う。


「で、では! 本番前の練習台としては如何でしょうか!? 『わぁ、創太君初めてなのにテクすごーい、イッちゃうー』とか、そんなのはっきり言ってAVかエロ本の中だけでしかありえません! 事前に練習しておいた方が良いに決まってますよ!」

「いや、だから別にいいよ。そういうのも含めて、ちゃんと彼女と練習していくから」

「そん……な……」


 今度は真っ青になって、ブルブル震えながら頭を抱えるキヨメさん。

 赤くなったり青くなったり、大変だ。


「だから悪いけどさ。今日今すぐにとは言わないけど、キヨメさんには日和のとこに帰ってもらって――」

「ならば!」


 ガバッと顔を上げると、着ていたセーターを突然脱ぎだす。


「!?」


 ぶるん、というか、たぷん、というか。

 形容しがたい重量感のある動きで胸が揺れる。

 セーター越しの時点で大きいのは十分にわかっていたが、いざセーターを脱いで直接下着のみの胸を見ると、その破壊力に圧倒される。

 ボリュームだけじゃなく形も素晴らしく整った、実に魅惑的な奇跡の造形物。

 そして、胸以外にも下着姿になる事で見える様になった、その抜群なスタイルの良さと肌の美しさに、理性のたがが一瞬で外れそうになる。

 ギリギリ外さずに持ちこたえられたのは、隣に光がいたからだ。

 正直、二人きりなら速攻で襲いかかってた。


「チャンスを下さい!」

「チャ、チャンス!? 何のだ!?」


 自分で脱いでおきながら、恥ずかしいんだろう。

 サウナにでも入っていたかのように、全身が汗ばみながら真っ赤に染まっている。


(……頭の中がクラクラしてきた)


 座っているからいいけど、はっきり言って俺の下半身はガッツリ反応している。

 ある意味で立っているので、この場から立てない。

 もう色々と、ヤバい。


「た、試しもせずに、判断されては困ります!」

「試すだと!?」

「そうです! な、なので! わ、わ私の体をちょっとだけ! 触ってみて下さい!」

「触る!?」

「はい!」


 触る!?

 触っていいのか!?

 いや、駄目だろ!

 触ったら絶対に我慢出来なくなる!


「私の真骨頂は外見ではなく、この肌の感触と、未経験なのにプロ以上のスーパーテクニックなんです! テクニックに関しては今は求められていませんので無理やりにはしませんけど……。せめて、肌の感触だけは確かめてみて下さい! 必要か不必要か、その判断はそれからでも遅くない筈です!」

「な……や……でも……いや」


(いやいやいやいやいやいや! ヤバいヤバいヤバいヤバい!)


「さ、さぁ! どうぞ!」


 目をギュッと閉じて両腕を広げて、俺を迎え入れるポーズをとる。


(い、いいのか? ……いや、駄目だろ! ……け、けどここで触っておかないと、キヨメさんも納得できないだろうし……)


 頭の中で触る為の言い訳を考え始めてしまう。

 その時点でもう完全に駄目な流れになっているのは自覚出来ているが、止められない。


(そう……だよな。あぁ、そうだ。そもそも、この子は俺の為に送られてきたんだし……)


 そして、いつの間にか『触る』を通り越して、『使う』為の言い訳を頭の中で始めてしまう。


(そ、そうだよ。このまま同じ女の日和のとこにキヨメさんを返しても困るだけだろうし。そもそも俺へのプレゼントだってのにそれを送り返すだなんて、失礼だよな。……だ、だったら俺がここで……)


 手がゆっくりと彼女の体に伸びていく。


「…………あの」


 蚊の鳴く様な声で、キヨメさんが囁く。


「……ち、知識はありますし覚悟もしてきたんですけど、その……こういうの初めてなので…………。……出来れば、優しく触って下さい……」




 理性が消滅した。




「キヨメさん!」

「おにいちゃん?」



 理性が鋼鉄製の城壁となって復活した。



「キヨメさんこんなに言ってるんだし。お家に居てもらったらどうかな? 折角来てくれたのに、追い返すのは可哀想だよ」

「そ、そうだな……。あぁ、そうだ」


 やっべぇ……。

 マジで危なかった。


「キヨメさん。つ、使うとかそういう話はとりあえず置いておいて、だ」


 コホンと一つ、咳払いをする。


「折角来てくれたんだしまぁ……。しばらく、一緒に暮らしてみるか」


 幸い、この家は結構広くてキヨメさんの一人や二人受け入れても余裕な位部屋数がある。


「この後具体的にどういう身の振り方をするのかは、後々日和と相談しながらでも考える事にして。とりあえずそんな感じで、どうだ?」

「………………」

「……?」


 返事が無い。


「キヨメさん?」

「……………………」

「お、おにいちゃん、大変!」

「え? ……お、おい! キヨメさん!?」


 恥ずかしさでオーバーヒートを起こしたのか。

 キヨメさんは恥ずかしい恰好のまま、失神していた。


「ど、どうすんだよこれ!?」

「お姉ちゃんに聞いてみる!」


 光が慌てて日和に電話する。


「キヨメさん! おい!」


 とりあえずポーズを解かせて、畳に横たわらせる俺。


「っ!?」


 その時に触って気付いた。


(な、何だこの肌!?)


 触り心地が良いなんてもんじゃない。

 俺の人生でこんなに感触の良い物を触った経験は今までに、無い。

 柔らかく、すべすべでなめらかで、それでいて手に吸い付いてくるような感触。


(う、腕とか背中でこれなのか……)


 だったら。


(む、胸とか太ももとかお尻とか……。そういう所の感触はどれ程の物なのか……)


「おにいちゃん!」

「何だ!?」


 危なかった。

 いつの間にか崩れかけていた理性の城壁を、再度慌てて建て直す。


「キヨメさん、とりあえず寝かせておけば良いんだって。そんなに心配しなくても大丈夫って、お姉ちゃんが」

「あ、あぁ、そうなのか。なら、お客さんが泊まる時の部屋に運ぶから、光は布団敷いてくれ」

「うん」


 光が先に立って部屋に向かったのを確認してから、キヨメさんを抱き上げる。


(下半身が……ヤバい)


 腕に抱き上げた感触も、ヤバい。

 触れている手の感触は勿論、感じる体温も、香る匂いも、腕にかかる人の重みも、本当に何もかもがヤバい。


(勘弁してくれよ……)


 たった一晩で大きな変化をし始めた、俺の日常。

 腕の中で眠る、魅力的であり、けれどそれ以上にとても困った性質を持った新しい同居人の顔を見ながら、明日からの生活を想像して、深い深い、本当に深いため息をついた。

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