まーた新しいのが来た……
昼休みになった。
「さて、昼飯だ」
弁当を取り出す事にする。
いつもは学食だった。
光の中学校は昼に給食が出るので弁当が要らず、だったら俺一人の為にわざわざ弁当を作らせるのも申し訳ない。
けど、今日からはキヨメさんも昼食が必要で、家に居るニートにも必要。
三人分必要なら、という事で弁当になった。
「創太さん」
キヨメさんが弁当箱を持ってこっちに来る。
「一緒に食べましょう」
「あぁ、だな」
適当に近くの空いている椅子を引き寄せる。
「し、師しょ――」
「あれ? あんたいつも学食じゃなかったっけ?」
るいが話しかけてきた。
「そうだったけど、今日からは弁当なんだよ」
「ふーん。光が作ったの?」
「あぁ」
るいは俺と付き合いが長いのもあって、光とも親しい。
「あんたって今でも光にあーんして貰ってるの?」
「…………っせぇな。今その話は関係無いだろ」
付き合いが長いってのはこういう時ウザい。
余計な事まで知られてる。
「そうた、そうた」
「はいはい」
後ろから伊織が俺の背中を引く。
「今日は教室で食べるの? だったら私達と一緒に食べようよ」
「お前らとかぁ……」
伊織はいつもるいと二人で食べている。
一緒にって事は、そこに俺とキヨメさんを加えた四人で食べるって事か。
「はぁ~? 何よその嫌そうな言い方。こっちだって無理に一緒に食べたいだなんて思ってないわよ」
「は? いや、別にそういう訳じゃねぇよ。……スマン、言い方が悪かったな。誤解させたなら謝る」
「え? ちょ、ちょっと待ってよ。そんな素直に謝らないでよ。私の方こそ冗談だったんだから」
「でー? どうするのー? 一緒に食べる? 食べようよ」
「そうだなぁ……」
(さて、どうしようか)
たまにはこいつらと食べるのも悪くないとは思うが。
キヨメさんがどうなのか横目で確かめる。
催眠で皆はキヨメさんと親しいと思い込んでいるが、キヨメさんにしてみれば、皆初対面の他人みたいなもんだ。
そんな人達と親しいふりをしながら一緒に昼食を食べるのは、気疲れしてしまいそうだ。
もしキヨメさんが嫌そうなら、無理させず断ろうと思う。
(お)
だが、OKみたいだ。
俺の視線に気付くと、ニコリと微笑み小さく頷く。
無理していないかしばらく目を見つめてみたが、嘘では無さそうだ。
(なら、いいか)
「じゃあ、一緒に食べるか」
「うん!」
伊織が嬉しそうに頷いて笑顔になる。
するとキヨメさんが、俺の机に手をかけて後ろの伊織の机とくっつける。
「二つじゃ狭くない?」
るいはそう言うと、空いていた隣の机を繋げた。
「よし。じゃ、食うか」
食べる場所が確保出来たので、それぞれが弁当を机の上に出す。
俺とキヨメさんの弁当は中身が同じだが、弁当箱は俺の方が大きい。
昨日は結局買い物が出来なかったので、冷蔵庫の中には大したものが入っていなかった筈だが、十分見栄えのする内容になっている。
作ってくれた光に感謝だ。
「なぁ、るい」
「何?」
ちょっと気になった事があったので聞いてみる。
「お前、いっつもそんな小さい弁当箱で昼足りるのか?」
まぁるいに限らずだけど。
女子達の弁当箱はいつ見ても小さい。
男より食べる量が少ないとか、そういう理由があるのはわかるけど、にしたって小さ過ぎだろう。
一緒に遊んでいる時に彼女達が外食で食べている一食分の量を考えれば、あの弁当箱の量では絶対に足りていない筈だ。
「足りない」
「だよな、やっぱり」
「だって仕方ないじゃない。私ご飯食べ過ぎるとお腹すぐぽっこりしちゃうのよ」
「ぽっこり? ……そうなのか? 気にし過ぎだろ。俺、お前の腹がそんなんなってるって気になった事無いぞ」
「当然でしょ。気付かれない様にしてるもの、私」
「え、そうなのか?」
全然気付かなかった。
「なんかすげーな、お前」
「そーよ。凄いのよ私は」
「ふーん」
こうして付き合いが長い相手でも、知らない事や新しく知る一面てのは、まだまだあるもんなんだな。
そんなるいの食べている弁当箱の中身を見ると、やっぱり物足りなそうに見える。
おかずは野菜ばかりで、主食も小さい俵型のおにぎりが三つだけ。
「いただきまーす」
一方、能天気な顔で大口開けてカツサンドを頬張る伊織には、るいみたいな悩みは一切無い様だ。
俺のと大して変わらないどころか、俺の物より少しサイズの大きそうな弁当箱に、ボリュームたっぷり、カロリー高そうなカツサンドがギッシリ詰まっている。
伊織の弁当は彼女の家の料理人が作っている。
その料理人は元々有名なホテルで料理長として働いていたのを引退して伊織の家に来た人なので、そのカツサンドの出来も店で売っているのとほぼ変わらないどころか、むしろそこらの店で買う物よりも、ずっとクオリティが高い。
「創太さん、創太さん」
そうやって二人の弁当を見ていると、キヨメさんが話しかけてきた。
「何だ? キヨメさ……」
「ん~」
「…………」
無視する事にした。
「ん~、ん~」
キヨメさんが口にウィンナーを咥えて目を瞑り、俺の方を向いて唇を突き出している。
(口移しで食えってか)
馬鹿かこの女。
「んみゅ」
んな事出来る訳も無い。
箸でウィンナーをキヨメさんの口の中に押し込む。
「む~……」
キヨメさんがモグモグと咀嚼しながら不満そうな声を出す。
(無視無視……)
「創太さん、創太さん」
「…………」
ウザい。
「ん~」
そしてしつこい。
今度は卵焼きを咥えて俺に口移しをしようとしてくる。
「んむっ」
なので今度は卵焼きを、箸でさっきよりも少し乱暴に押し込む。
「む~……」
そしてまた不満そうな顔でモグモグ。
だから何なんだよコイツは。
「創太さん、創太さん」
「しつけーよ!」
面倒くさいのでキヨメさんの弁当箱の中身を、全部彼女の口の中に詰め込んで空にする。
「むむ!? ……もご! ……も」
「よし、大人しくなった」
「む……ご……」
これでゆっくり食べられる。
「あんた達仲良いわね~」
俺達を見ながらるいがそんな事を言う。
「そりゃそうだよ、るい。だって二人は恋人同士なんだし~」
「は?」
「ま、そうか。恋人同士なら当然か」
「は? は? ……は?」
意味がわからない。
「……あ! …………おいコラ」
いや、わかった。
「おい、そこの馬鹿。ちょっと来い」
「む、むぐむっ!?」
まだモゴモゴ口を膨らませているキヨメさんの襟首を掴んで、教室の外に引っ張っていく。
「どういう事だ? あ?」
「えへへぇ……」
話を他の誰かに聞かれない様、校舎裏に連れ込んでから詰問する。
「お前、学校の皆に催眠をかけた時、妙な設定を追加したんだな?」
「流石創太さん。正解です」
しれっと言いやがって、コイツ……。
「何が恋人同士だ、アホか。ざけんな。今すぐその設定を解除しろ」
「え~、別にいいじゃないです……ひぃん! そ、創太さんっ、おへそ指でグリグリするの止めて下さいぃっ」
「俺達が付き合ってるとかいうふざけた設定を、今すぐ解除しろ」
「わ、わか、わかり、わかりましたからおへそ……」
ブルルルル、ブルルルル!
「あぁ?」
携帯が震えた。
電話がかかってきたのか。
「誰だ? こんな時に」
胸ポケットに入れていた携帯を取り出す。
「そ、創太さん、電話するならおへそ、おへそから手を一旦離して……」
相手の番号を確認すると、自宅からだった。
「家? ……って事は、ちわさんか」
今家に居るのは彼女だけだ。
「もしもし」
『あ、もしもし創太様? ちわですけどー』
「どうした? 何かあったか?」
『んー……私に対しては何も無かったんだけどー……』
「………………」
私に対してはって、何だその言い方。
もう嫌な予感しかしない。
『あのさ、創太様。怒らないで聞いてね?』
「話を聞かないと何とも言えない。内容によっては普通に怒る」
『じゃあ、切るね』
「待て! ……わかった。怒らないから聞かせてくれ」
『約束だからね? ……じゃあさ、創太様。突発的にトラブルに見舞われるのと、事前に心の準備が出来ている状態でトラブルに見舞われるのと、どっちがいい?』
「トラブルに見舞われない方がいい」
『そっかー……そうだよねー……』
電話の向こうでうんうんと頷いているのがわかる。
『でももうトラブルはそっちに向かってるから、何も起こさないのは無理かなー』
「トラブルがこっちに向かってる? 何だよそれ。何でだよ」
『私が創太様の居場所をそのトラブルに教えたから』
「おい!」
『あ、怒った。約束違反』
ブツッ
「え? ……はぁぁああ!? 切りやがったあの女!」
「そ、そそ創太さん! 八つ当たりでおへそを激しくいじくりまわさないでぇ!」
「うるさい!」
「えぇ!? そんな理不尽な……あぁっ!」
キヨメさんを無視してへそを責め続ける。
クソ、ちわさんめ!
……にしても、あれはどういう意味だ?
トラブルって、具体的には何が……。
ガションッ
「「え?」」
ピタッ、と俺とキヨメさんの動きが止まる。
後ろから、場違いな妙な機械音が聞こえた。
「そ、創太さん、後ろ……」
キヨメさんが俺の背後を指さす。
「…………」
後ろに何があるって言うんだ。
振り向きたくは無いが、振り向かない訳にもいかない。
「………………」
ゆっくりと後ろを振り向く。
「…………はぁ!?」
それを見た瞬間、思わず声が出てしまった。
「ロ、ロボット!?」
そこに居たのは、昭和のSF映画に出てきそうな、上が丸くなったドラム缶に手足を付けた様な姿をした、一体のロボット。
全長は、俺の身長よりも少し低い位。
そんなロボットがこちらに向かって、ゆらゆらと一歩ずつ歩み寄ってくる。
『お、』
「お?」
『お、オマエガ、ヒラガソウタ、ダナ?』
(喋った!)
喋れるのかこのロボット。
まるで、女の子が無理に出した裏声で喋っている様な声だ。
ワレワレハウチュウジンダ、的な。
「あ、この声……」
「知ってるのか? キヨメさん」
「はい。多分ですけど……」
『し、知らない! 知らない! それは別人だ!』
「ん? 何だ? 急に声が可愛くなったぞ?」
『!? ……オホン。ワレハ、ソノ女ノ事ナド知ラヌ。ワレハ、キサマラトハ初対面ノ、ロボットだ』
「………………」
キャラ作りがグッダグダだけど、付き合ってやろう。
「そうだ。お前の言う通りだ。俺の名前は平賀創太。それで? お前は何だ? 何者だ? 俺に何か用でもあるのか?」
『アル』
ジャキン、とUの字の手を俺に向ける。
『ヒラガソウタ。オマエニ、アル人造人間二設定サレタ所有者登録ヲ、解イテ貰イタイ』
「所有者登録?」
って事は、また人造人間なのかよ……。
「悪いけど、無理だぞ?」
『え!?』
「解く方法があるなら、こっちだって今すぐ解きたい位だ」
もしそんな事が出来るなら、キヨメさんやちわさんにされたそれを、今すぐにでも解除してやりたい。
『嘘!? そんなの困る!』
「ロボット。声、声」
『あ! そうか。……ソ、ソンナノ困ル、ロボ』
そんな語尾無かったろうがお前。
「困るって言われてもなぁ……。とりあえず、どこまで力になれるかはわかんねぇけど、相談に乗る位はしてやるよ。それで? 何ていう奴の所有者登録を解いて欲しいんだ?」
『あ、それは私っ……じゃなくて、ワレ……デモ、無クテ……』
なるほど、このロボットの中にその人造人間が入ってるのか。
わかってたけど。
「あの、やっぱりその声、ヨリちゃんですよね?」
『!?』
「ヨリちゃん?」
キヨメさんが呼ぶ、見知らぬ名前。
どうやらそれが、ロボットの中身の名前の様だ。
『ナ、何ヲ言ッテイル……。ワタシハヨリチャンナドデハ無イ』
「でもその声、喋り方。ヨリちゃんですよね?」
『だ、だから違うってば!』
よく見ると、ロボットのわき腹に『OPEN』と書かれたボタンがある。
キヨメさんとの会話に集中している内にそっと近寄って。
「ポチッと」
押してみた。
『あぁ!? 駄目ーーーーー!!!!』
もう押してしまった後だ。
今更言われても、もう遅い。
プシュー、とエアーが抜け、胴体の上半分がパカッと横に割れる。
「やっぱり女だったか」
「ひぃん!?」
中に入っていたのは、女の子だった。
その子と目が合うなり、怯えて頭を抱え込まれてしまう。
「た、たべないでぇ……叩かないでぇ……」
「た、たべ、たた……って、食べる訳ねぇだろ、アホか!」
「ひぃっ!」
「…………悪かったよ、大声出して。何もしねぇよ。つか、初対面でそこまで怯える事は無いだろ……」
少し傷つく。
中に入っていた女の子は、やはり人造人間なだけあって、そこらのアイドルよりずっとレベルの高い美少女だった。
外見年齢はキヨメさんやちわさんよりも下で、中学一年生や二年生位だろうか。
年齢が低いのに合わせてなのか髪型も子供っぽく、肩にかかる位の長さの髪をツインテールにしている。
「やっぱりヨリちゃんでしたね」
キヨメさんが中に入っていた女の子をロボットの外に出す。
(小さいな)
ロボットから出て地面に立つと、本来の身長がわかる。
確実に百五十センチは切っているだろう。
服装は、少しよれた半袖のシャツにショートパンツ。
明らかに部屋着だ。
「紹介します、創太さん。この子は私達と同じ人造人間の、ヨリちゃんです」
ヨリとか言う子はキヨメさんの後ろに隠れて出てこない。
「この子も日和が?」
「いえ、ヨリちゃんを作ったのは日和様ではありません」
「そうなのか? じゃあ誰が?」
「ヨリちゃんを作ったのは、聖様です」
「聖……」
杉田聖。
それは、光の妹の名前だ。




