婚約者候補な幼馴染達
「じゃ、行ってきます」
「あいあ~い、創太様行ってらっしゃ~い」
朝、登校する為に玄関を出ようとする俺に、ちわさんが手を振る。
「ちわちゃん、本当に良いんですか?」
「いいよ~、学校とか面倒くさいし。家でごろごろして待ってる」
「お昼ご飯にお弁当作っておいたから、食べてね」
「光様ありがとー」
意外にも、ちわさんはキヨメさんみたいに自分も学校に行くとは言わなかった。
考えてみれば、学校は遊びに行く場所じゃないし、勉強する気も無いのに行きたがるキヨメさんの方がおかしいのかもしれない。
二度寝する気満々の眠そうなちわさんに別れを告げて、三人で歩き出す。
「じゃあ、おにいちゃん、キヨメさん」
「おう、じゃあな」
「ではまた夕方に」
途中で光と別れ、そこからはキヨメさんと二人で歩く。
「いい天気ですねぇ」
「あぁ、だな」
なんだか、平和だ。
ちわさんは家に居るし、キヨメさんもひとまず落ち着いている。
以前とは多少違うものの、やっと俺の日常が戻ってきた。
「創太さん」
「ん? なんだ?」
「靴ひも、ほどけてますよ」
「お、本当だ」
結び直す為にしゃがむ。
「ちょっと待ってくれ」
「はい」
ほどけていた方を結んで、ついでに反対側の靴の紐もほどけない様きつく結び直す事にする。
「どーん」
「おわっ」
すると、横からドンと押されて、道の真ん中で地面に倒れてしまった。
「ごめんなさーい、道のど真ん中で人の迷惑考えず呑気にしゃがみ込む邪魔な奴が居たから、ついぶつかっちゃったわー」
「ぶつかってねぇだろうが。てめぇドーン言って俺の事故意にどついただろうが」
「だ、大丈夫ですか創太さん」
キヨメさんに手を引いてもらって立ち上がる。
「おいコラ、るい」
「おはよう、創太」
ムカつく笑みを浮かべて俺を見るこの女は、大橋るい。
地元じゃ有名な地主の娘。
ガサツで口が悪い女だが、これでも立派なお嬢様だ。
肩にギリギリかかる長さの髪を指にくるくる巻きつけて、ストッキングを履いた長い足をクロスさせている。
「創太さん、この綺麗な方は?」
「あぁ、こいつは……」
綺麗、は確かに間違ってない。
確かにこいつは美人だ。
元が良いだけじゃなく、親の関係で人と会う機会も多い為、運動したり食事に気を付けたりと、自分を綺麗に見せる努力も決して怠らない。
「え? もー、酷いじゃないキヨメちゃん。同じクラスなのに」
あ、そうか。
催眠をかけているから、こっちは知らなくても相手は知っているってのがあるのか。
「あ、あはは、そうですよね。すみません、そういうジョークです、今の。あはは……」
キヨメさんもその事に気付いたのか、適当に誤魔化す。
「そうそう、創太」
「あん?」
「うちのパパがたまには遊びに来なさいって」
「おじさんが?」
「うん」
「……そうだなぁ」
「一応私、創太の婚約者なんだから、適度に脈ありっぽくしてくんないと困るのよ」
「こ、婚約者ぁぁぁぁああああああ!?」
俺の事を物凄い顔で見て、キヨメさんが吠える。
「あー…………」
(仕方ない、説明しとくか……)
俺の家、平賀家の発明や技術は、皆喉から手が出る程に欲しい物だ。
まぁ当然だろう、それを手に入れれば、富も名声も思いのままなんだから。
だからこそ、平賀家の人間はその技術を誰にも渡すつもりは無い。
渡したところでロクな事にならないのはわかりきっているからだ。
そこで、俺だ。
家族と暮らさず日本に住む、ガードの緩い平賀家の人間。
そんな俺にアプローチして、結婚する。
そうする事で、平賀家と身内になり、平賀家の技術や発明品を少しでも良いから譲り受ける。
ほんの少しで十分なのだ。
それだけで、億万長者になれる。
そして、そんな事を企む者達が世の中にはごまんと居る。
勿論、俺だってそんな理由で人と結婚したりしたくは無い。
だから基本は断る。
けれど、中には理由があって俺にそう言い寄ってくる人間もいる。
そういう場合、頭ごなしに断り辛い時もある。
その一人が、るいだ。
るいは家柄の事もあって、早いうちから見合いをさせられたり、婚約者を決める様に言われている。
勿論、この平成の時代に無理やり相手を決められる事は無い。
相手を拒否する事も出来るし、選ぶ権利はるいにある。
とは言っても、いくら断っても断っても次々新しい候補を用意されては、流石にるいもうんざりする。
そこで、それを断る為の言い訳として、俺なのだ。
俺自身の価値はともかく、家柄として、俺以上に有益な人間はこの世の中にほぼ存在しないと言って良い。
なので、俺とそういう関係だと名乗っておけば、誰も口出しが出来なくなるという訳だ。
「……だから、正確には婚約者じゃなくて婚約者候補なんだけどな。とりあえずそういう風に名乗らせてるだけだ。本当に結婚する訳じゃない」
「なるほど~。ビックリしました。そういう相手居るのって、光様もなんですか?」
「光はそういうの無い。杉田のおじさんが絶対に許さないからな。むしろどこぞの馬の骨が軽い気持ちで光に手を出したら、親類縁者完全に滅ぼす言ってるよ」
「はぁ……それはまた」
歩きながらキヨメさんに小声で説明する。
「ちょっとそこ二人共、こそこそと何話してるのよ」
「うっせーな、あっち行けよ」
「まー何その態度。冷たーい。小学校からの仲なのにー」
「だからなんだよ」
「昔はあんなにやさしくて素直な良い子だったのに、時は残酷ねー」
「……は?」
ヨヨヨ、とわざとらしい泣きまねをし出す。
「あの頃の創太は本当に優しかったのにー」
「知らねーよ」
「私の為に大の大人に啖呵を切ったりー」
「…………おい」
「私今でもあの時のセリフ忘れないわ―」
「おい、止めろ。おい止めろ」
「『ぼくがるいのこんやくしゃだ! もんくあるか!』」
「やめろぉぉぉぉおおおおおお!」
頭を抱えてしゃがみ込む。
あれは、駄目だ。
俺の黒歴史の一つだ。
「もー、恰好よかったわー、あの時の創太ー」
「う、うるせぇ! ほら、いいから早く学校行くぞ!」
るいの背中を押す。
「照れ隠しかなんか知らないけど、背中押さないでよ! 転ぶ、転ぶってば!」
「創太さ~ん、待って下さ~い」
学校に着くと、るいに振りほどかれた。
「はぁ、はぁ……全く……何だかんだで……早く着けたけど……」
「この位で息切れか。運動不足じゃねぇか? お前」
「うっさい!」
振るわれた拳をかわす。
「もう、だから創太さん、私を置いて行かないで下さいよ~」
キヨメさんも汗一つかいていない。
まぁ、当たり前か。
「先行くぞー」
るいを放っておいて教室に入る。
「皆さん、おはようございます」
キヨメさんが律儀に挨拶をする。
小学生じゃあるまいし、わざわざんな事しなくていいのに。
「おはよう」「オハヨー」「キヨメちゃんおはようー」
けど、クラスメイト達は結構それに答えている。
(付き合いの良い事で……)
自分の席に向かう。
椅子に座って鞄を机の横にかけると、背中をつつかれた。
「そうた、そうた」
後ろを振り向くと、ウキウキ顔で俺を見る少女が居る。
「どうした? 伊織」
彼女の名前は、生田伊織。
まぁ、るいと同じ様な立場の奴だ。
こいつも家庭の事情で俺の婚約者みたいな感じになっている。
こいつとも結構付き合いが長い。
「ほら、髪乱れてるぞ」
「え? 本当?」
登校中に風かなんかで乱れたままの柔らかいショートヘアーを、指で梳かしてやる。
「ありがとう、そうた」
にへらっ、とアホ面で笑う。
「……お前さぁ」
「え?」
「……いや」
楽なのか知らないが、少し前のめり気味になって机にデカい胸を乗せる癖、止めろ、と言おうとしたが、セクハラくさいので止めておく。
伊織は、はっきり言ってアホの子だ。
乳尻太ももに栄養が行っている分、頭が空っぽだとかよく悪口を言われている。
酷い言い草だが、俺はそれをあまり否定も擁護もしてやれない。
何故なら、本当にアホだからだ。
しかもこいつ、頭がゆるいだけじゃなく、今みたいに異性に対するガードの方もゆるゆるなので、俺はいつも心配になる。
「そういやお前、俺になんか用事あったんじゃなかったのか?」
「あー! そうだった!」
声が一々デカいのもアホっぽい。
「これね、買ったの私!」
鞄から取り出したのは、一本のゲームソフト。
最近発売された、建物の中で気持ち悪い容姿の化け物からひたすら逃げ回るやつだ。
戦う事が一切出来ず、完全に逃げるか隠れるかしか選択肢が無いとかで、面白そうだなとはちょっと思っていた。
「で?」
「怖いからやって!」
「またかよ……」
伊織はホラーゲームが大好きだ。
けど、怖いからと言って自分では初見プレイをやりたがらない。
俺が一回通しでやってるのを見て、恐怖ポイントや、やり方のコツがわかったら何とか自分でプレイ出来る様になるらしい。
「今日金曜日だから明日お休みでしょ? だから今日の夜、一緒にやろ?」
「一緒にって、お前俺の横で見てるだけだろ」
「うん」
何だコイツ。
「あー……でもどうすっかなぁ」
まだ部長や杏奈に相談してないけど、昨日出来なかったキヨメさんの歓迎会を今日の放課後やろうと思っていたのだ。
そして、明日は明日でキヨメさんに町を案内するつもりだった。
今日伊織とゲームをやったら、まず放課後が潰れて、最近のゲームの長さ的にすぐクリアは出来ないだろうから、そのまま朝までコースになって、結局明日も寝て過ごす事になって、丸一日潰れるのは確実だ。
すると予定が全部潰れる。
「今日駄目? 用事ある?」
「あー……いや、まぁいいか。よし、今日やるか」
「いいの!? ありがとうそうた!」
何となくこいつには甘くなってしまう。
キヨメさんにはまぁ、ごめんなさいだ。
「じゃあ一回帰って着替えてから行けばいい?」
「そうだな」
「放課後楽しみ!」
「よかったな」
喜んでる喜んでる。
高校生にもなってたかがゲームでこんなにはしゃげる奴も、そうは居ないだろう。
「ふーん、あんた達ってまだ一緒にゲームしたりしてるんだ」
話しかけてきたのはるいだった。
「るいもやる?」
伊織が聞くが、るいは手を振って断る。
「無理無理ー。私怖いの駄目だもん。二人がやるのってまた怖いやつでしょ?」
「うん」
「じゃ、パスパス。私パス」
俺達三人は昔なじみって事で、仲が良い。
だからるいは伊織のゲームの趣味なんかも知っている。
(…………ん?)
何だ?
ふと気付くと、どこかから視線を感じる。
周りを見回すと、視線の主がわかった。
杏奈だ。
人見知り気味のあいつは、るいと伊織が居るとこっちに近付いてこない。
昨日、ちわさんとあの後どうなったのか聞きたいんだろうが、聞きに来る事が出来ず、こっちを恨めしそうに見続けている。
……ここは気付かない振りをしておこう。
「お菓子買ってくね」
「箸で食えば良いから手が汚れる云々は気にしなくてもいいけど、破片がポロポロ落ちるのは止めろな? 掃除が面倒だから」
「わかったー」
どうせわかってない。
アホだから。
その後伊織は、余程楽しみだったのか、ずぅっと、それこそ授業中もゲームの説明書を読んでいたのだが、途中で授業に集中しろとるいに没収されていた。




