新たな同居人
「もー……しわけありませんでした!」
「いや、だからもういいって。別に俺怒ってないし」
俺の部屋でちわさんが両手を合わせて謝ってくる。
「命令されてやった事なんだろ? ならんなもん、ちわさんに罪なんかねーよ」
窓の外はもう暗い。
あの後、流石に今日は色々あり過ぎたという事でキヨメさんの歓迎会は中止。
部長と杏奈は家に帰り、俺もキヨメさんとちわさんを連れて自宅に帰ってきた。
グラヴィティオスは地下にしまった。
庭の下に地下格納庫があるので、発進したり格納したりする時は庭が割れて地下への入り口が現れる様になっている。
その後、光に軽く今日あった事を話した後、俺達は汗だくだったこともあり、順番に風呂に入る事にした。
風呂に入る順番は、光→俺→ちわさん→キヨメさん。
俺は男だから最後でいいし、光も自分は夕飯の用意があるから風呂は後で良いと言ったのだが、キヨメさんとちわさんの二人は俺達より先に入る訳にはいかないと断固として拒否。
仕方ないので光が最初に入って、それから夕飯の用意。
その次に俺が入る事になった。
ちわさんとキヨメさんの入る順番については、二人で相談して決めたらしい。
そして、俺が風呂から上がって次のちわさんも上がった後、キヨメさんが風呂に入っている間に、ちわさんが俺の部屋に来たという訳だ。
「まー……さ。結果的に見れば、今日のあれのおかげで色々と考える事も出来たしな。怒るどころかむしろ、機会を与えてくれて感謝してる位だよ」
「さっすが創太様! 心が広い!」
「はいはい……。ま、その事はもういい。それよりも、だ」
「?」
「ちわさんはこれからどうするんだ?」
「これから?」
「そう、これからだ。正直俺は、所有者登録だっけ? それをした後気持ちにどういう変化が現れるもんなのか、よくわかってない。だから、ちわさん的にはどうなんだ?」
「どう、とは?」
「所有者登録してる相手と離れても特に問題無いなら、住み慣れてる向こうに帰ってもいいし、俺と一緒にいないと落ち着かないとかそういうのがあるなら、ここで暮らしてもいいし」
「ここに住んでもいいの!?」
すげぇ食いついてきた。
「い、いいんじゃないか? 一応俺が所有者みたいだしな。所有者の俺がいいって言うんだからいいだろう。向こうには一度連絡するつもりだったし、その時に俺から言っておくよ。日和に言っておけばいいんだろ?」
「ありがとう創太様! 創太様最高!」
ちわさんが抱き着いてきた。
「お前もか! すぐ抱き着くのは人造人間の特徴なのか!?」
とりあえず引き剥がす。
「けど、いいのか? 初対面の俺なんかと暮らすの、嫌じゃないのか?」
「嫌な訳無いよ! ある訳無い!」
ブンブンと大袈裟な位激しく首を振る。
「だって私、創太様の事大好きだし!」
「っ! だ、だからそれは!」
「創太様の写真と動画で毎日オナってた位だし!」
「オ!? やっ、さ……オォ!?」
「それに私、創太様が思っているよりも、創太様の事色々知ってるよ? 盗撮映像から日常を結構見てたから。何も知らない初対面の相手にただ好きーって言ってる訳じゃないの」
「おい待てこら。今聞き捨てならない事聞いたぞ」
「昼間も言ったけど、私は本当に、所有者登録から来る感情だけで創太様に好きだとか言ってる訳じゃないんだってば」
ちわさんが両腕を広げる。
「確かに私は、創太様と今日会うまで直接話した事は無かったから、今まで抱いてた感情は芸能人に対する憧れなんかと似た様な物だったかもしれない」
そのままガバッと俺を抱きしめる。
「こ、こら」
「けど、今日創太様とこうして会って、話をして、触れ合って。……それで私は、創太様の事やっぱり好きだなー、って思った」
「ち、ちわさん……」
風呂上がりのシャンプーの匂いと、じんわり伝わる体の火照り。
まだ冷めない湯上がりの熱で、ちわさんの体がぽかぽかしている。
昼間の時は全身汚い汁まみれだったから何も思わなかったけど、今は違う。
女の子特有のあちこち柔らかい感触とか、体温とか、そういうのが俺を刺激する。
ちわさんだってキヨメさん同様、桁外れの美人なんだ。
こういう事されると、困る。
「だから、そういうの律儀に気にしなくていいよ、創太様。私達は本心から創太様が好きなの。きー先輩だって同じだよ」
「…………ちわさん」
何か言ってくれてるけど、正直胸板に押し付けられているおっぱいの感触しか頭にない。
「んー……そろそろかなぁ…………よしっ」
ちわさんが離れる。
「私からだけ聞いても信用できないなら、きー先輩からも本音を聞いてみよう!」
「いや、もう疑ってないけど……」
あれだけ何度も力説されて、それでも言う事を信用できない程、俺は疑り深い人間じゃない。
「まぁまぁ、面白イベントもありそうだし。行こうよ」
「面白イベント?」
ちわさんに強引に手を引かれ、ついて行く。
着いたのは風呂場の前の廊下。
まぁ、キヨメさんはまだ風呂に入ってるしな。
「ここで待つのか?」
「いや、今聞くよ?」
脱衣所のドアを開ける。
「いやいやいや、待て待て待て。まだキヨメさん風呂入ってるだろ」
「まさか。お風呂場には入らないよ。脱衣所から聞くの。それなら問題無いでしょ?」
「それならな」
脱衣所から風呂場のキヨメさんに、ドア越しに話しかけるのならまぁいいだろう。
脱衣所に入り、風呂場のドアの前に立つ。
ちわさんがノックをする為か、風呂場のドアに手を伸ばす。
ガチャ、ガラララ
「は!?」
そして、躊躇無く開けた。
「きー先輩ー。ちょっと聞きたい事あるんだけどー」
確かに風呂場には入っていない。
けど、だからってドア開けちゃ駄目だろ!?
屁理屈だろそれ!
「え?」
風呂場のドアに背を向けていたキヨメさんがこちらを振り向く。
…………が!
「え…………え?」
「あー……と、その……な」
すっげぇ~…………気まずい。
キヨメさんは、風呂に入っているんだから当たり前だが、全裸で。
股を開いて、両手をその間に伸ばして。
ナニカをしていた。
体を洗っていた訳ではないだろう。
何故なら体に泡は付いていない。
では、ナニをしていたのか?
こちらに背を向けて、向こうを向いているが、その…………うん。
ナニをしていたのかは、わかる。
アレだな。
アレしてたんだな。
「え? え? え? …………え?」
最初はポカーンと口を開けていたキヨメさんだが、状況を理解したんだろう。
急速に顔と体が赤く染まっていく。
「ね? 創太様。面白イベントあったでしょ?」
面白イベントと言うか……不憫すぎて、可哀想な悲劇でしかないんだが。
「え? え? え? え?」
キヨメさんの目尻に涙が浮かんでいく。
「昼間、きー先輩い~いところでお預けくらっちゃったしねー。ま、気持ちはわかるよ。その気になったのに最後までさせてもらえなかったら、辛いよねー。そしたらどっかで発散しときたくもなるよねー、うんうん」
あー、そういう事か。
これはちわさんの仕返しでもあるのか。
ちわさんが暴走した時、キヨメさんが邪魔した事への。
「さ、創太様」
「え?」
「聞きたい事あったでしょ? 今聞きなよ」
こんな状況で聞けるか!
「その……だな、キヨメさん」
何と言えばいいのか。
とりあえず、気を遣って言葉には気を付けて……。
「手伝おうか?」
間違えた。
「で――」
その瞬間、キヨメさんの羞恥心が限界を突破した。
「出てって下さーーーーーーーーい!!!!!!!!」
背中から何十本もの触手が伸びてきて、吹っ飛ばされる。
そしてそのまま勢いよく、風呂場のドアが閉められた。
「あはははは! あーあぁ、きー先輩怒っちゃったねー」
「…………おい、ちわさん」
吹っ飛ばされたままひっくり返って大爆笑。
とんでもない女だ。
「私達がお風呂の順番の最期を固持してたのはさ、お風呂掃除をする為だったんだよねー」
「風呂掃……いや、いい」
どういう事か、聞くまでもない。
「私もしたかったし、きー先輩と私のどっちが最後でも良かったんだけど。嫌がらせするなら私が先に上がった方がいいなと思って、きー先輩最後にしたんだ」
「遂にストレートに言いやがったな、嫌がらせって」
本当にとんでもない女だ。
そして今、何気にスルー出来ないセリフがあったぞ。
『私もしたかったし』て、お前もしてたのかよ。
けどこれは罠だ。
そこに突っ込んだら、また面倒な流れになる。
あえて触れずにおこう。
その後、夕飯の用意が出来たと光が言うので茶の間に行った。
買い物をしていないからありあわせだけど、と言って光が出してきたのは、お好み焼き。
キヨメさんが朝食に使った山芋の残りがあったから、それと冷蔵庫の残り物で用意したらしい。
それをホットプレートで焼くのだ。
自分で作るというところに、ちわさんは子供の様に喜んでいた。
キヨメさんが風呂から上がったら焼き始めようと光が言い、皆で待っていたのだが、キヨメさんはお風呂から上がった後、食欲が無いと言って自分の部屋にこもってしまった。
…………うん。
そりゃ、な。
そうだよな。
光に迷惑をかける訳にはいかないので、ひとまず俺達は食事を開始する。
その後、しっかりと食事を終えた後、ちわさんと二人でキヨメさんの部屋に向かった。
「きーせんぱーい。入るよー」
「おい」
今度もちわさんは問答無用でドアを開けて、部屋の中に入る。
「うわっ、暗っ」
中は電気が点いておらず、更にキヨメさんも頭まで布団を被って、完全に引きこもりモードだった。
「きー先輩、機嫌直してよー。ほら、私お好み焼き焼いたんだよ。きー先輩の分。食べて食べて」
ちわさんがしゃがみ込み、枕元にお好み焼きを置くと、ユサユサとキヨメさんを布団越しに揺らす。
「………………」
けど、無視。
「……たかがオナってるとこ見られただけで大袈裟だなぁ…………。痛っ!」
ちわさんが悪態をつくと、布団の隙間から素早く手が伸びてきてちわさんの足をつねった。
「いったぁー……酷いなぁ。てか、わかったよ、もう」
ちわさんが立ち上がる。
「はぁ!?」
そして、勢いよくパンツを脱ぎ捨てた。
「ほら、きー先輩」
ドカッと畳に座る。
「私がここできー先輩と同じ様に公開オナニーするから。それで良いでしょ?」
「「よくない!」」
布団をバサッと吹き飛ばしキヨメさんが突っ込んだのと、俺が叫んだのが同時だった。
「あ」
そこで、俺と目が合うなりキヨメさんが顔を真っ赤にして、すぐにまた布団の中に戻ってしまう。
「…………ちわさん。俺がちょっとキヨメさんと二人きりで話すから。部屋出てもらってもいいか?」
ちわさんが居るといつまで経っても話がまとまらなそうだ。
えー、だとか何だとか言うちわさんを無理やり部屋から追い出し、二人きりになる。
「キヨメさん」
「…………なんですか」
ちわさんの時とは違い、俺には返事をしてくれるらしい。
「あの、だな?」
ここは変な慰めを言っても仕方ない。
本音で語る。
「昼間の続き、しないか?」
だからと言ってこれは違った。
「えぇ!?」
布団をめくってキヨメさんが顔を出す。
「つ、続きですか!?」
布団から出てきてくれたし、話も逸らせた。
結果的にOKだ。
「あぁ……キヨメさんが嫌じゃなければ、だけど」
俺も自分の発言を訂正したりしない。
だって、したい。
中途半端にでも一度知ってしまったら駄目だ。
あの感触、気持ちよさ。
あれは、ハマる。
最後までしていなくてもあれだけの良さだった。
最後までしたらどうなるのか、興味がある。
「キヨメさん」
名前を呼んで肩を優しく掴む。
彼女の着ている物は俺のスウェット。
服を変化させられるのはわかったけど、にしたっていつまでも同じ服を使いまわすのもあれだ。
事前にちゃんと準備をしてきていたちわさんはともかく、キヨメさんは本当に着の身着のままだった。
そこで、俺の着ない服を何枚か譲ったのだ。
胸元をチラッと見たが、当たり前と言うか残念ながらと言うか、ブラジャーはしているみたいだ。
こういう時おなじみの、胸の先端が浮き出ていたりはしない。
まぁ、どうせ脱がすんだから同じだけど。
にしても、肩まわりや丈の長さは全然合っていないのに、胸元はそうでもない所が凄い。
どんだけデカいんだこの人の胸は。
「創太さん……」
キヨメさんの肩を軽く引くと、察したのか目を瞑って顎を上げてきた。
そこに俺は顔を寄せて、キスをする。
柔らかい、ぷるんとした唇の感触。
腰に手をまわして抱き寄せると、昼間の様に舌を差し込もうとする。
「創太様ー。きー先輩どうー?」
「「!?」」
慌てて離れる。
「…………ほほーう」
「ノ、ノックをしろ! ノックを!」
「はいは~い、ごめんねー。にしても節操ないなぁきー先輩。落ち込んでたと思ったら、もうイチャイチャですか~?」
「~~~~~~っ!」
真っ赤になったキヨメさんは、また布団を被ってしまった。
「…………はぁ」
ニヤニヤこっちを見ているちわさん。
もう今からそういう事をする気にもなれない。
「じゃあな、キヨメさん。俺行くけど、お好み焼き、ちゃんと食べとけよ?」
そう言って立ち上がる。
「あれー? 私の事は気にせず続けてもいいんだよー?」
「うっせ!」
引き戸に居るちわさんを置いて、自分の部屋に戻る。
(あ~~~~……クッソ!)
いいところだったのに……ちわさんめ。
(……いや、でもあそこで止められて良かったかもしれないな)
あんな軽い感じにエロい事をしていたら、それこそ癖になっちまいそうだ。
ちょっと気を付けよう。
「はぁ…………」
部屋に戻って畳に座る。
「なんなんだよ……もう」
毎日が濃密過ぎて疲れる。
そろそろ俺を、元の平穏な日常に戻してくれ。
「…………無理だな」
我が家の新たな家族、キヨメさんとちわさん二人の顔を思い浮かべて、ため息をつく。
「最近ため息増えたな、俺」




