憧れの
(創太さん……)
触手で適当にちわの事をあしらいながら、キヨメが創太の事を見つめる。
(遂に決心して下さいましたか)
自分の為にその気になってくれた事に、少しだけ嬉しさを感じて微笑む。
「…………あったまきた……」
そして、創太に気を取られていたせいで、キヨメは下でちわが違う行動を取り始めた事に気付かない。
「えっ?」
ガクン、と視界が大きく下がった事に驚き、下を見る。
「嘘!?」
ちわの力でキヨメの周辺の地面がすり鉢状にえぐられ、蟻地獄の様になっていた。
「ちょ、ちょっと待って下さ……わわっ」
慌てて触手を近くの信号や電柱に伸ばそうとするが、それらもすぐすり鉢の中心に向かって吸い込まれる様に倒れていくので、そこから脱出する事も出来ない。
足場は安定せず、掴む場所も無い。
体勢を崩して落下してしまうキヨメ。
「きーせーんぱい♪」
「ひっ」
「おーいで♪」
楽しそうな声に下を見れば、両腕を広げてキヨメに向かってジャンプするちわの姿。
「い、嫌ですぅぅううーーーー!!!!」
それは正に死の抱擁。
抱きしめられた瞬間、キヨメの体は一瞬にして液状化してしまうだろう。
「え……?」
だがその時、キヨメを下から見上げていたちわが、驚きのせいか表情を固めて、目だけを大きく見開く。
「な、何です……か?」
キヨメも異変に気付く。
(落下が……止まってる?)
キヨメとちわの体が、宙に浮いたまま静止していた。
「これはどういう……」
ズゥゥゥゥウウウウン!!!!
「!?」
キヨメの背後から大きな音が聞こえた。
思わず目を瞑って肩を竦めてしまう様な轟音。
何か、巨大な物が空から落下してきた様な……。
「え、今の……」
宙に浮いたまま自由の利かない体をバタバタと動かしながら後ろを振り向いて。
「えぇ!?」
ちわの驚いた意味を理解した。
*
俺が手に持った髪留め。
実はこれは、俺の作った発明品の一つだ。
小さい頃に作ったある発明品を呼ぶ為のコントローラーが、中に組み込んである。
何だかんだ言って俺は、昔作ったあれを解体する気にはなれなかった。
未練、だったのかもしれない。
全てを投げ出したつもりで、それでも捨てる事が出来なかった。
(情けない話だな)
でも、良かった。
そのおかげで今、こうしてキヨメさんの事を助ける事が出来る。
「…………来た!」
空を飛び、あの頃の俺が作った『最高傑作』が今、地に降り立つ。
着地と共に、震動と、辺りに舞う土煙。
「っ…………」
「うわぷっ」
部長と杏奈の二人を背に隠し、風と塵埃から守る。
少し経つと、舞っていた物が落ち着き、遮られていた視界が徐々によくなっていく。
そうして見える様になった俺の発明品を見て、杏奈が叫んだ。
「ちょ……超重力ロボ、グラヴィティオス!」
毎週水曜日、夕方六時半からやっていたロボットアニメ。
『超重力ロボグラヴィティオス』。
小さい頃に俺がはまっていたテレビアニメの名前だ。
俺はそのアニメを見て、こいつを作った。
本物はビルを蹴散らすサイズの巨大ロボットなのだが、俺のグラヴィティオスは信号機より少し背が高い位の大きさ。
本来の大きさに比べればずっと小さい。
外見は、所謂スーパーロボットと分類される重量感のある頭身で、全身のカラーリングは赤と黄色、そして青をメインに彩色されている。
額にはよくある黄色いV字のアンテナが装着され、胸元にはこれまたよくある、巨大なブーメランみたいな装飾パーツ。
顔は口や鼻が無いタイプ。
今改めて見ると、というか作っている時にも思ったけど、全身無駄なパーツや出っ張りが多い。
あれをもっと最小限に収めたデザインにしてくれていたら、もっと大きいサイズの物が作れたのに……。
(どうでもいいか、そんな事)
だって、そういうの付いてた方が恰好いいもんな!
「し、師匠……これ……」
「あぁ、これが俺が子供の頃に作ったロボット、超重力ロボグラヴィティオスだ! ……まぁ、本物に比べたらかなり小型だから、超というより小重力ロボって感じだけどな」
「小さくない、全然小さくない!」
驚いて叫んでいるのは杏奈だけじゃない。
「ちょ、ちょっと創太様! 何これ!?」
ちわさんがぷかぷかと浮かんだ状態で聞いてくる。
「超重力ロボグラヴィティオスだ!」
「そんな事を聞いてる訳じゃない!」
「これなー、アニメだとトドメの一撃を食らわせる時にな? 名前の通り敵に強い重力かけて動きを止めるんだよ。そこにだ。重力エネルギーを溜め込んで放つブラックホ――」
「そんなのいいから! 降ろしてよ!」
「…………ブラックホール砲をな? 撃つんだけど、その必殺技にはデメリットもあって……」
「いいから! そういうの本当いいから! てか、え!? ブラックホール砲って何!? 私殺されるの!?」
「いや、まさか。そんなもん撃たねぇよ。大体今だってアニメみたいに地面に押し付けたりしてないだろ?」
「いや、知らないけど。アニメみたいにとか言われても知らないけど!」
「あ、そうそう。ちなみにな? 今のそれ、浮かしてるのも無重力にしてる訳じゃないんだぞ?」
「うるさいよ! そんなのどうでもいいよ!」
「………………師匠が落ち込んだの、ちょっと理解出来た」
「え?」
杏奈が言う。
「そんなに大好きだったんだね、あのロボットの事」
「あ…………あぁ、うん……だな」
言われて冷静になる。
そうだな。
今でもこうして人に夢中で力説してしまう位、俺はあいつの事が大好きだったんだ。
だからショックだった。
自分の作った最高傑作が、大した事無い、陳腐な玩具だと言われた様な気がして。
(……うん)
大丈夫。
昔はその事を考えるだけで胸が痛くなるから、ただ考える、それすらしない様にして逃げていた。
けど、今ならこうやって、冷静にあの頃の気持ちを思い出して、分析する事が出来る。
いつの間にか俺の心は、その痛みに耐えられる位強くなっていたんだ。
人は成長する。
それは当たり前の事なのに、今までずっと逃げ続けていたから、そんな当たり前の事にも気付く事が出来なかった。
けど今、その事に向かい合った事で気付く事が出来た。
俺の心は、ちゃんと成長していた。
痛みは感じる。
けれど、その程度じゃ揺らがない。
それ位、強くなっていた。
「……後ろ、振り向くんじゃないわよ……」
「え?」
背中に感触。
部長が額を俺の背中に押し付けたらしい。
「……私、昔ね? とても辛い事があったの……」
「辛い事?」
突然、何だ?
何の話だ?
そんな話、初めて聞いた。
「ええ…………。その頃の私にとってそれは、辛くて、辛くて…………辛過ぎて……。心が潰れてしまいそうになっていた」
心も心臓も鋼鉄製に見える今の部長からは、想像も出来ない話だった。
「そんな時、私は出会ったの」
「出会った?」
「そう、出会ったの。…………私の中の悩みや常識を、一瞬で吹き飛ばす様な非現実的な存在に」
「まさか…………」
「そう、それがあれよ。巨大ロボット、グラヴィティオス」
昔コイツの事を皆に見せびらかしていた時、部長も見ていたんだ。
「本当、驚いたわ。こんな巨大ロボットが実在するどころか、自分の住む町にいたなんて。しかもよ? それを作ったのが、ロボットの肩の上で馬鹿面晒して笑ってる、自分と同じ位の年齢の子供だっていうじゃない。どれだけ驚いても驚き足りない位だったわ」
「馬鹿面て……」
酷い言い草だ。
「……でもね?」
「え!?」
後ろから俺を抱きしめる様に腕が回される。
「それを見て、私の中の悩みや不安が一瞬にして吹き飛んだの。よく言うじゃない? 人の悩みなんて宇宙の広さに比べたら、って。私にとってのそれが、正にこのロボットだった。このロボットを見て、私は世界の広さを知った。自分の周りの現実や、知っている世界の小ささを知った。それで私は、馬鹿らしい、って。全てに対して開き直れる様になったの」
「部長……」
開き直っちゃったかぁ……。
「だから……」
「おごぇ!?」
部長の腕にギュゥゥッ、と強い力が込められる。
「ぶ、ぶちょう何を!? な、中身出る……中身出ちゃいます……!」
「……あんたのいつものコンプレックス丸出しネガティブ発言に……私がどれだけ苛立っていたか……!」
「!?」
更に締め付け力がアップする。
(お……ゲェ……)
「あんたにとってあのロボットは、劣等感を思い出させる負の遺産みたいな物だったのかもしれないけど! 私は! その、あんたの負の遺産のおかげで救われたのよ! どん底まで落ち込んで! 毎日を生きるのが苦痛でしか無かった私は! あんたのその、コンプレックスのおかげで救われたの! あんたのロボットを見て! 私は変われたのよ!」
「…………部長」
腕の力が緩み、代わりに額が強く押し付けられる。
「……あんたにとっては知ったこっちゃないって話よね。……けど、そういう八つ当たりや甘えが許される程度には、私はあんたと仲良くなったと思っているけど?」
「…………はい」
それに、完全に八つ当たりって訳でもない。
昔の部長にグラヴィティオス見せびらかしたのも俺だし、今の俺が根暗発言を繰り返していたのも事実だ。
「あの時のあんたは、本当に楽しそうで、嬉しそうで、自身に満ち溢れていた……。目も表情もキラキラと輝いて、全身が希望に溢れてた。それを見てその時の私は、それを当然の事だと思った。だって、あんなに小さな子供なのに、あんなに凄いロボットを作れるんだもの。きっとこの男の子には、自分と違って辛い事や悲しい事なんて何も無くて、今までも、そしてこれからの人生も全て、自分とは違う、光に満ちた明るい物なんだろうなって、羨望の目で見てた……」
「………………」
そんな事は無い。
俺はそんな立派な人間じゃない。
そんな人間に、なれていない。
「だから驚いたわ。平賀が発明を止めたって聞いて。私には全然理解出来なかった。どうしてあれだけの物を作れる才能があるのに、発明を止めてしまったのかって」
「それは……」
「ええ、わかってる。今はわかってる。平賀と一緒に過ごす様になって気付いたわ。他人から見て才能があって幸せそうに見えても、その本人にとっては必ずしもそうじゃないって。……それはわかってる。わかってるのよ。……けどね?」
さっきまでと違い、俺を苦しめる為ではない力で、ギュッと抱きしめられる。
「私にとってあんたは……平賀はヒーローだったのよ。私の中の、ちっぽけな価値観を粉々に吹き飛ばす力を持った、キラキラと輝く、憧れのヒーローだったの。あんたにとってのアニメで見たグラヴィティオス。それが私には、平賀だった」
驚きで言葉が出ない。
部長が俺に対してそんな風に思っていた事なんて、初めて知った。
「だから、今の平賀を見てイラついた。物凄くイラついた。自分の通っている学校に平賀が入学してくるって知った時、私凄くドキドキしたの……。発明はもう止めてるって知ってはいたけど。それでもあの時の男の子にまた会えると思って。前の日の夜なんか、興奮して眠れなかった位」
カァッ、と自分の顔が熱くなる。
「実物を見て一気に気持ちは冷めたけど」
「………………」
俺の照れや火照りも、一瞬にして引いていった。
「…………それでも、そんなあんたの事を私が部に誘ったのは……」
「あのーーーー!」
「ちょっとそこー! 良い雰囲気作ってるとこ悪いけどーーーー! こっちの事忘れてなーい!?」
「「………………」」
キヨメさんとちわさんの事をすっかり忘れてた。
「な、何だこれ……部長がいきなり妙な過去話設定持ち出してきた…………!」
杏奈も驚愕の顔で何か言っている。
「……続きはまた今度ね」
「あ」
そう言って部長が離れて行く。
部長が俺を部に誘った理由。
部長が何故発明を始めたのか。
そもそも部長の過去の辛い事とは何か。
色々な事をまだ聞けていない。
が、これ以上話を続けるのも無理だろう。
「ま、そういう訳よ」
ペシン、と背中を軽く叩かれる。
「私が勝手にあんたに理想を押し付けてただけの話だし、無視してくれてもいいんだけど」
ペシン、と再度背中を軽く叩かれる。
「ちょっとは格好いいところ見せてくれても、いいんじゃない?」
「…………っすね」
グラヴィティオスの事を見上げる。
「久しぶりだな、グラヴィティオス」
話しかけると金属製の巨人が俺を見て頷く。
「恰好いいところって言っても……もう勝負は決まっちゃってますけどね」
宙に浮かぶちわさんはもう正気に戻っているらしく、両手を上げて降参~とやっている。
「騙されてはいけません、創太さん!」
すると同じく宙に浮かぶキヨメさんが叫んだ。
「ちわちゃんはそうやって油断させたところでガバッといっちゃうつもりです!」
「ちょ、ちょっと変な事言わないでよきー先輩! しないってばそんな事!」
確かに……。
妙にあっさりと負けを認め過ぎてる様な気もする。
「へっへ~ん、いい気味ですよー」
キヨメさんの表情が悪人過ぎるのはちょっと気になるが。
「創太様!? 降参だよ降参! 私もう参ったって! 何もしない!」
「ごーごー」
今度は杏奈が拳を振り上げる。
「ちょっとそこ! 煽らない!」
「ごーごー」
杏奈は催眠をかけられた事に腹を立てているんだろう。
ごーごー言い続ける。
「そうです! GOGOです! やっちゃって下さい!」
一緒になってGOGO言い出すキヨメさん。
「うーん……」
まぁ、大暴れしたのは事実だし。
少しこらしめる位はした方がいいかもな。
「グラヴィティオス!」
「ちょ、ちょっとぉぉおお!?」
焦るちわさん。
無視して命令する。
「回せ!」
「「輪姦す!?」」
「字が違う!」
グラヴィティオスが手を向けると、ちわさんの体勢がピンと真っ直ぐ、気を付けをしている様になる。
「な、何これ!?」
ちわさんが体を動かそうとするが動かないらしく、焦った顔でこちらを見る。
「創太様!?」
「だから、さっき言った通りだ。安心しろ。女の子に怪我なんかさせねぇよ。ちょっとこらしめるだけだ」
「こらしめるって何!?」
「文字通りだ」
「も、文字通りって……」
「あ、あれぇ~!? 創太さん!? 私! 私関係無いですよ!? なんか巻き込まれてるんですけど! 間違えてますよー! こっちは関係無いでーす! 早く降ろして下さーい!」
「まさか、この体勢のままぐるぐると?」
「そう、グルグルと、だ」
「あー、さてはこれあれだなぁ? これ私がオチに使われる流れだなぁ!? 本来助けるべき私まで酷い目にあわされて、ごめん、巻きこんじゃったー、みたいな! そういう話ですね!?」
「創太様! ごめんなさい! 謝ります! だから!」
「やれ! グラヴィティオス!」
「ちょっと創太さ~ん!?」
グラヴィティオスが手首をクイッ、と曲げる。
「ひにゃぁぁぁぁああああああ!!!!!!」
「きゃぁぁぁぁあああああああ!!!!!!」
ちわさん達の体が側転をする様に、物凄い速さでグルグルと横回転し始めた。
「風車みたい」
それを見て杏奈が呟く。
「結構エグいわねこれ……」
「どうです部長。恰好いいところ見せられましたか?」
「……女の子痛めつけて格好いいも何も無いわ。最悪よ」
「デスヨネー」
俺もそう思う。
「…………待った」
だが、部長が少し考え込む様な動作をした後、聞いてきた。
「さっき言いかけてた、ブラックホール砲? それを私見てみたいわ」
「駄目ですよ! んな事したら死んじゃいますよ二人共!」
「体が丈夫って言ってたし」
「丈夫にも限度があります! 無茶言わんで下さい!」
「…………ブラックホール砲、恰好いいと思うわ」
「いやいやいや」
「ちょっとは格好いいところ見せてくれても、いいんじゃない?」
「うるせーよ!」
「あの……師匠」
「ん?」
杏奈が俺の袖を引く。
「二人が……その…………早く止めないと、洒落にならないというか……既に洒落になってない……」
「あ」
部長とコントをしている場合じゃなかった。
少しこらしめるってのは本当で、すぐ止めるつもりだったんだが。
もの凄い速さで回転し続けている人造人間二名。
光景が、笑えない。
自分でやっておいてなんだが、ぶっちゃけ少し怖いレベルだ。
「グ、グラヴィティオス! ストップストップ!」
ビタッ、と二人の体の回転が止まる。
だが突然止めた衝撃で、二人の体がガクンッ、と揺れる。
「しまった、ゆっくり止めるべきだった!」
あれでは脳と内臓がシェイクされてしまっただろう。
「「「………………」」」
そして、三人でその姿を見て固まった。
ちわさん達は白目をむいて、鼻やら口やら、顔の穴という穴から色々な物を溢れさせ、失神していた。
「…………師匠」
「……お、おう」
「…………平賀」
「……はい」
グラヴィティオスが力を解くと、ドサッと二人の体が落下する。
「「「………………」」」
コホン、と一つ咳払いをする。
「彼女達はさ、ほら」
「「………………」」
「丈夫だから」
「「やり過ぎ」」
「……はい」
慌てて落下した二人の元に駆けつける。
確認してみたが、息もしていて心臓も動いている。
一応無事な様だ。
「二人共無事みたいでー……す!?」
ちわさんにガシッ、と足首を掴まれる。
「おぉ!?」
「ぶ……じな……わ、け……」
ゾンビみたいな動きで顔を上げたちわさんが、叫ぶ。
「あるかぁぁああああ!」
何だかんだで本当に無事だった。




