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白濁液と暴走と貞操の危機

「キヨメさん追いつかれる! 急げ!」

「無茶言わないで下さいよ~! 私三人抱えてるんですよ~!?」

「むしろ三人抱えて手ぶらのあっちといい勝負してるんだから、大したものよね」

「……この触手、生臭い」

「臭くないです!」

「あぁ!」

「今度は何ですか!?」

「鞄モールに忘れてきた!」

「あ、ちゃんと持ってきてますよ。ほら」

「キヨメちゃん、ナイスよ」

「冴えてる」

「えへへ、ありがとうございます」

「……キヨメさん。鞄の表面なんかぬめってるんだけど」

「え!? それは……触手で持ってきましたし……」

「…………はぁ」

「最悪。使えない」

「酷い!」


 緊張感の無い俺達。

 けど、会話内容とは別に状況はかなりまずかった。


「もう、逃げるな!」

「キヨメさん後ろ!」

「わかっ……て、ます!」


 ちわさんが手すり等その場にある物を適当に掴んで、形状を槍の様に変化させると、キヨメさんに向けて投げてくる。

 金属の塊をあぁやって軽々と持ち上げる事が出来る辺り、キヨメさん同様かなりの力があるみたいだ。

 それをそのまま回避したいところだが、下手に避けてしまうと通行人に当たる可能性があるので、触手で受け止めてから周りを確認して、人がいない場所に捨てる。

 そしてそんな事をしている間に少しづつ距離を詰められる。

 基本的な身体能力はキヨメさんの方が上らしいが、状況が不利なせいでこのまま逃げ切る事は難しいだろう。


「創太さんすみません! ここで迎え撃ちます!」


 当初の予定では、ショッピングモールを出てどこか人気の少ない所まで行くつもりだったが、無理みたいだ。

 店やビルが立ち並ぶ町中の道路のど真ん中で立ち止まると、触手を振り回し、ちわさんを牽制しながらキヨメさんが叫んだ。


「催眠で周りの人を遠ざけます!」


 すると近くに居た人達が一斉に逃げ出し始める。

 車に乗っていた人は車を停めて、降りて逃げ出す。

 建物の中に居た人はそこから出て逃げ出す。

 催眠の効果範囲の広さと柔軟性に驚く。

 キヨメさんは歩道に俺達を降ろすと、車道でちわさんと向かい合う。


「きー先輩随分気合入れてるねぇ」

「気合だって入れますよ。大好きな創太さんと一緒に居続ける為ですから」

「だってさ、創太様」

「………………」


 なんか恥ずかしい。


「……けど、こっちも絶対に連れ帰る様にって言われてるんだよね」


 ちわさんが停まっている車にそっと手を当てる。


「それこそ……」


 ガタガタ、と車が震えだす。


「生死は問わず、その体さえ確保できていれば良いってさ!」


 ちわさんが車に当てていた手を、車体の表面を滑らせる様にしながらキヨメさんの方へ向けると、触っていた車がバラバラに分解され、キヨメさんに向かって飛来する。

 飛んで行く途中、それぞれのパーツが更にこまかく分かれていき、その形状を、鋭い刃や尖った杭の様に凶器へと変貌させて、キヨメさんに襲い掛かる。

 するとキヨメさんは、それに背から伸ばした触手で対抗する。

 グラウンドで言っていた通りだった。

 伸ばした触手を当てると、その表面を車の破片はつるりと滑っていき、キヨメさんではなく地面や建物の方へと飛んで行く。

 触手に刺さったり傷付けたりはしない。

 人は催眠でもう逃がしたから、通行人への被害を気にする必要は無いだろう。

 道路や建物への被害に関しては……うん。


「部長、杏奈。今のうちに逃げた方が――」

「嫌よ」「嫌」

「…………」


 即否定。


「……危ないから。これは遊びじゃないんだ。早く――」

「嫌よ」「嫌」

「………………」


 この野郎。


「あ、大丈夫だよー、創太様ー。ショッピングモールではあぁ言ったけど、別に私は積極的に無関係な人巻き込むつもり無いからー」

「ほら」「大丈夫だって」

「………………」


 余計な事を。


「けど、積極的に巻き込むつもりは無いってだけで、流れ弾については考慮しないし、邪魔しようとしたら普通に攻撃するからねー? 危ない事には変わりないって事は理解しておいてー」

「だとさ。やっぱり危ないから――」

「危ないから平賀の後ろに隠れておくわ」「危ないから師匠の後ろに隠れておく」

「…………こいつらよぉ」


 俺が言っても聞かなそうだ。

 もう放っておく。

 そうやって俺達が遊んでいる間に、キヨメさんは車の破片を受け止めた触手を今度は攻撃に使用し、ちわさんへと伸ばす。


「意味無いっての」


 触手を払う様にちわさんが触ると、その箇所から触手が切断され、先端が落下した。


「な!? 手刀で切り落としたのか!?」

「違います創太さん! 彼女はあの手で、触手を溶かしたんです!」


 見ると、ちわさんが自分へと伸びてきた触手に真正面から手をかざしている。

 すると、まるでホースから出るただの水に手をかざしているみたいに、触手がふれたそばから液状化して、辺りに飛び散っていった。

 物資の形状変化。

 あんな事も出来るのか。

 そして、切り落とされた触手や液状化した触手が、ブクブクと泡を吹いて蒸発し、消滅していく。


「へぇ、ちゃんとそういう機能もあるんだ」


 ちわさんが感心するように言う。


「ま、それはそれとして……。さぁ、どうするきー先輩? 私への決定打、きー先輩には無いんじゃない?」

「………………」

 

 悔しそうな顔でキヨメさんが黙り込む。

 確かにあの手の力は厄介だ。

 触れたら必殺。

 触手は通用せず、そう考えると格闘戦を挑むのも危ない。

 そしてお互いに使わないところを見ると、フェロモンや催眠も効かないって事だろう。


「キヨメちゃん、ビームとか出ないの?」

「部長はキヨメさんの事何だと思ってるんですか」


 部長がまたアホみたいな事を言ってる。

 にしても、手詰まりだ。

 ちわさんの手ごわい所は、手の能力もだけど、何より単純な近接格闘能力の優秀さだ。


「これならどうですか!?」

「あはは、無理だってば」


 今もキヨメさんがちわさんに向けて触手を伸ばしている。

 ちわさんは四方八方、全方位から襲い掛かる触手を軽くステップを踏む様にして回避、時にはそれを触れて溶かして、全てを上手く捌いている。

 キヨメさんの触手の扱いが悪い訳じゃない。

 単純に、ちわさんの戦い方が上手いのだ。


「なら……こうです!」


 戦法を変えるらしい。

 全ての触手が動きを止め、先端をちわさんに向けた。


「え?」


 不思議そうな顔をして、ちわさんも動きを止める。

 次の瞬間。


 

 ブビュッ! ブビュルルルルーーッ!



「うわ……」


 きたねぇ……。

 触手の先端から、何かを連想させるというか、明らかに『アレ』とした思えない白濁液が、大量に放出された。


「う……」

「…………げ」


 部長と杏奈もドン引いている。


「……………………」


 ポカンとした表情を浮かべ、無言でその場に立ちすくむちわさん。

 頭の先から足元まで。

 全身に白濁液を被ってる。


「どうですかちわちゃん! 手で触れた物を溶かせても、元から液状になっている物はどうしようもないですよね!?」

「キヨメさん……それ……」

「はい! 私の中で作った『精液』です!」

「うえぇ……」


 ストレートに言いやがった。

 最悪だ……。

 てか、そんなもんも作れるのかこの人。


「んな汚いもんぶっかけんなよ……。なんつーか、その……ちわさん可哀相だろ……」


 本当にひでぇ。


「大体これ、何の意味があるんだよ」

「え? 意味?」


 言われて不思議そうな顔で俺を見る。


「…………えへへ」

 

 そして照れ笑い。

 明らかにただの嫌がらせだ、これ。


「あ、そうです。お言葉ですが、創太さん。これ別に汚くないですよ?」


 まぁ、生体性具のキヨメさんの価値観から言えばそうなのかもしれないけど……。


「だってこれ、こっそり採取した創太さんの遺伝子から作った、創太さんの精液ですもん」

「何だよそれおい! どういう事だよ!?」


 驚愕の事実。


「私に妊娠機能がある事は以前お教えしましたよね? ですので、私は所有者の方が望めば、そういうプレイも可能なのです。ですが人には体質という物があります。精液の中の精子の量が少なかったり、精子に元気が無かったり。そんな時、私が相手の遺伝子からこっそり精子を作り、自身の卵子と受精させて――」

「うっせーよ! そんな説明求めた訳じゃねぇよ!」


 どうしてこうもこの女は非常識なんだ。

 この件に関しても後から説教が必要だ。


「じゃああれって、ちわちゃん平賀の精液にまみれてるって事なのね」

「俺のじゃないですよ! 俺の遺伝子から作ったってだけで、俺のじゃないです!」

「……師匠、浮気相手を孕ませた言い訳してるみたい」

「うっせーよ!」


 どいつもこいつも!


「…………これが精液、かぁ……」


 すると、黙り込んでいたちわさんが口を開いた。

 精液まみれの手を持ち上げると鼻に近づけ、スンスンとにおいを嗅ぐ。


「……結構、においするもんなんだねぇ」


 そして、その手をペロリと舐める。


「味は……うん。好んで舐めたい感じでは無いけど、これを飲むって状況に興奮する物って考えれば……まぁ、ありかな?」


 こっちを見る。


「人工的に作った精液でこれなんだから……。『本物』ってどんな感じなんだろう……」


 何だ。

 おかしい。

 ちわさんの雰囲気が、さっきまでと全然違う。

 怒っているのかとも思ったが、そういうのでもない。

 なんつーか、これは……。


「平賀。逃げた方がいいわよ」


 部長が俺を押す。


「師匠に発情……してる」


 杏奈の言葉にちわさんの状態を理解した。

 頬を赤らめて、潤んだ目元で俺を見るその表情。

 胸元に手を当ててギュッと握ると、荒い呼吸を繰り返している。

 その息の荒さは苦しさではなく、興奮だ。


「す、すみません創太さん! 想定外でした!」

「何がだ!?」

「ちわちゃん、私同様所有者登録されてます!」

「所有者登録?」


 そんな物があるって事自体初耳なんだけど。


「…………おい、まさか」

「はい、その相手は恐らく創太さんです」


 何でだよ!


「ちわちゃんには私みたいに精液を作る機能はありません。なので、ちわちゃんにとってはこれが初めての精液なんですけど……」


 初めての精液の言葉の意味が全く理解出来ん。


「私達はその用途の為に、所有者の方の体臭や体液を喜んだり、それに興奮する様に出来ています。そして、ちわちゃんは今日初めて自分の所有者である創太さんに会いました。恐らく、態度には出していませんでしたけど、創太さんに対してかなりムラムラとしていたと思います。……何故なら私がそうでしたから!」

「………………」


 返事をする気にもなれない。


「そんな、ただでさえ舞い上がった状態の時に、こんな強烈な経験を重ねてしまったら……」

「脳のキャパがオーバーしちゃったのね」


 部長がそう言って俺の腕を掴む。


「え? ……何ですか? 部長」

「………………」


 無言。


「!? お、おい? 杏奈?」


 杏奈も反対側から俺の腕を掴んできた。


「二人共、まさか……」


 催眠!?


「創太さん!」


 キヨメさんが俺に駆け寄ろうとするが。


「邪魔」


 ちわさんがそう言って、軽く腰を落として道路を触る。

 すると、一帯の地面がグニャリと歪み。


「創太さ――!」


 キヨメさんを一瞬にして飲み込む。


「キヨメさん!?」


 キヨメさんの姿が見えなくなった。


「嘘だろ……?」

「さぁ……創太様……」


 微笑むちわさん。

 何だかんだでちわさんは今まで、本気を出さずに相手をしていてくれたらしい。

 けど今、そのたがが外れている。


「ちょ、ちょっと……」


 ヤバいヤバい、マジでヤバい。

 逃げようにも両側から掴まれていて逃げられない。


「私と一緒に、楽しもう?」

「こ、こっちに来んなーーーー!」

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