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歓迎会でもしない?

「あのぉ……創太さん?」

「………………」

「は、反省しましたよ私? 本当に、もう、今度は絶対、本気で!」

「………………」

「創太さぁ~ん、無視しないで下さぁ~い」

「平賀、その辺でいいでしょ。もう許してあげなさいよ」

「部長、他人事だと思って……」

「他人事だもの」

「この野郎」

「何か言った?」

「いえ、別に」


 下校途中の帰り道。

 メンバーは俺と、半べそをかいている高校生姿のキヨメさんに、部長。


「………………」


 そして、キヨメさんに人見知りしているのか全然喋らない杏奈。

 昨日キヨメさんに催眠で酷い目にあわされた杏奈だが、その時キヨメさんは存在を消していたので、杏奈的にキヨメさんは今日初対面の相手なのだ。


「………………」


 あぁ、違うなこれは。

 キヨメさんじゃなく、俺を見て顔を赤らめて気まずそうにしてる。

 杏奈が喋らないのはキヨメさんがいるからじゃなくて、昨日パンツを被せてしまった俺が居るからか。


「創太さん?」


 部長には返事したのを見て、キヨメさんが再度話しかけてくる。


「………………」


 勿論無視。


「創太さぁ~ん」


 どうして俺がここまで怒っているのかと言うと。

 一時間目の時に授業を一つ潰してまで散々説教をしたというのに、この鳥頭はその後またすぐ、やりたい放題問題を起こしまくってくれたのだ。

 ちょっと姿が見えなくなったと思えば、スーツを着ていつもの大学生姿になって、自分は教育実習生だと名乗りながら教室に入ってきたり。

 それを咎めると今度は大人の姿になってガーターストッキングを履き(悔しいが物凄く色っぽかった)、新人の女教師だと言って教室に入ってきたあげく、実践を交えた保険の授業をやるとかアホな事を言い始めたり。

 それも怒鳴り散らして教室から追い出すと、最終的にキヨメさんは高校生姿で教室に入ってきた。

 しかも今度は自己紹介の下りも無い。

 彼女は催眠で、自分を最初からこの学校に居た生徒だという事にしたのだ。

 それに対して怒ろうとすると、キヨメさんは他のクラスメイト達を上手く誘導して、まるで俺が意味不明な難癖をつける異常者みたいな雰囲気にして誤魔化しやがった。

 容姿のせいか皆キヨメさんの味方をするし……。

 結局そのまま、キヨメさんは明日以降もこの学校に堂々と来れる様になってしまった。


(無茶苦茶過ぎるだろ……)


「創太さん……」


「…………」


 無視。


「創太……さん……」


「………………」


 無視無視。


「あの……私……」


「……………………」


(…………クソッ)


 女ってズルい。

 涙目でそんな落ち込んだ顔をされると、許さざるを得ない気持ちになる。


「……わかったよ」

「え?」

「本当に……本っ当ー……に! もうトラブルは起こすなよ!?」

「じゃあ……!」

「ちゃんと普通の一般生徒の振りをして通うんだ。それだったら、まぁ……いい」


 本音を言えば、朝の時さらわれそうになったのを見て、家に一人で留守番させておくより一緒に居た方が安心出来ると思ったのもあるけど。


「明日からも学校に――」

「はい! はいはい! 大丈夫です! 任せて下さい! 創太さん! ありがとうございます!」

「話最後までちゃんと聞け! あと、そこで一々抱き着くな!」

「…………」

「え!? 何で杏奈まで!?」


 キヨメさんに何を触発されたのか、どさくさに紛れて何故か杏奈まで抱き着いてきた。


「ひゅー。ひゅー。平賀もてもてー」

「棒読み過ぎて冷やかしにもなってないですし、そもそもヒューヒューとか古いです。完全に昭和のノリですよ、部長」

「え、嘘」

 

 昭和のノリという所に何気に本気でショックを受けている。

 この人はたまに選ぶ言葉が古い。

 カップルの事を未だにアベックと呼ぶ人を俺は他に知らない。


「……まぁいいわ」


 誤魔化した。


「この後皆暇でしょ?」

「この後ですか? は――」

「なら」

「…………」


 はい、と返事しようとしたが、その返事をする前に話が続けられる。

 聞くつもり無いなら最初から質問なんてしなきゃいいじゃねぇか。


「折角だし、キヨメちゃんの歓迎会でもしない?」

「私の歓迎会ですか!?」

「ええ。今からじゃ準備する時間もあまり取れないから、多少簡単な物になっちゃうと思うけど。どう?」

「いえいえそんな事! やっていただけるだけでも! 私的にはとても嬉しいです!」

「そう、良かった。じゃあ平賀は? どう? やってあげてもいい?」


 キヨメさんの保護者という認識なのか、俺に最終判断を委ねてくる。


「良いんじゃないですかね。そういうの俺の方からやってあげてないですし、むしろありがたい位です」

「やったー!」


 本人も喜んでるみたいだし、断る理由も無いだろう。


「ただ一つ。それをやる会場をこっちで指定させてもらっても良いですか?」

「それは別に良いけど、どこ?」

「俺の家です。歓迎会をやる場所は俺の家でお願いします。テンション上がったキヨメさんがまた何かろくでもない事を始めた時に、被害が極力小さくなる様にしたいんです」

「私の信頼感ゼロですね!?」

「当然だろ!」

「なるほどね。そういう理由なら。というより、どこでやるかとかまだ全然考えてなかったから、提案して貰えてむしろ助かったわ」

「じゃ、そういう訳で会場は俺の家って事で」

「待った。まだ平賀の家で本当に歓迎会やってもいいか、妹さんに聞いてないでしょ? 決定はその後」

「光に? 光ならそういうの断らないと思いますけど」

「馬鹿ね、そうじゃないのよ。勿論私達だって色々手伝うつもりではいるけど、もし平賀の家でそういう事をやるってなった場合、何だかんだで一番大変なのは家主の妹さんなのよ?」

「俺も家主ですけど……」

「平賀は家事を嫁に任せっきりの駄目夫的位置付けだから、こういう場合ノーカン。了解を取るべき相手は妹さんの方よ」

「…………」


 確かにそうだから言い返せない。

 準備から後片付けまで、いくら皆が手伝ってくれたとしても、やっぱり最終的に細々とした所はそこに住んでいてわかっている光がやる事になる。

 部長の言う通り、何だかんだで一番働かされるのは光だろう。


「……了解っす」


 その光に了解を得ず、勝手に歓迎会をウチでやると決めるのは確かに筋が通っていない。

 光に電話で聞いてみる事にする。


『うん、わかったよー』


 即了承だった。


『キヨメさん喜んでくれるといいねー』


 どうせこう言われる事はわかっていたけど。

 事前に伝えておくって事が重要なんだな。

 こうして、キヨメさんの歓迎会を今日ウチでやる事が急遽決まった。

 光から歓迎会で作る料理に必要な物を聞いて買い物リストを作り、帰りにそれを買って行くことにする。

 そうしないと光は自分で買いに行ってしまうからだ。


「……なんで歓迎会?」


 そんな中、杏奈が不思議そうな顔でそんな事を言う。


「なんでって……」


(あぁ、そうか)


 忘れてた。

 杏奈は催眠の効果で、キヨメさんが元々ウチの学校に居た生徒だと思っているのか。

 後でキヨメさんに催眠を解除させて、キヨメさんがどういう存在なのか彼女には説明しておこう。

 それから四人で駅前に向かった。

 駅前には大きなショッピングモールがあるので、そこで買い物を済ませようという訳だ。

 料理の材料だけではなく、ちょっとした飾り付けなんかに使う物もここでなら買える。


「キヨメちゃん、何か食べたい物ある? 今日はキヨメちゃんが主役なんだから、遠慮せずに言いなさい」

「では私は創太さんが食べたいです」

「部長。今日の会は送別会でしたっけ? 明日にはキヨメさんも日本を発つらしいし、寂しくなりますね」

「冗談です創太さんすみませんでした私好き嫌い無いので何でも美味しく食べられます」


 そんなくだらないやり取りをしながら歩く。


「………………」


 だが、杏奈は相変わらず話に加わってこない。


「……許せぬ……許せぬ……!」


 キヨメさんに対してご立腹だ。

 杏奈に昨日の事を説明してからずっとこうだった。

 ……まぁ、当然だけど。


「創太さん、創太さん」

「ん?」


 一方、そんな杏奈の態度を一切気にしない図太い神経を持ったキヨメさん。


「あれは何のお店ですか?」

「あぁ、あれは……」


 キヨメさんはずっと日和達の研究所に居たせいか、結構世間知らずだった。

 ショッピングモールに入ってから、あれは何かこれは何かと興味津々に色々聞いてくる。

 こんなに喜んでくれるなら、今度の休みの日にでもどこか連れて行ってあげよう。


「創太さん、創太さん」

「…………」

「創太さん、創太さん!」

「………………」


 にしたって聞かれ過ぎで、相手をするのがちょっと面倒になってきた。

 そんなキヨメさんの相手を適当にしながら、まずは二階に上がる。

 重い食料品は最後にして、細々とした物をまず先に買おうという事になったのだ。


「創太さん、創太さん!」

「はいはい、何だ?」

「あの人だかりは何ですか?」

「え?」


(人だかり?)


 キヨメさんの指さした方向には、フードコートがあった。

 その一角の席に、人が集まっている。


「わからん。何だ?」


 気になるな。


「見てくる」

「あ」


 杏奈が協調性ゼロな態度でササッと向かってしまった。


「……ったく」


 仕方ないな、というポーズを取りながら俺も気になるし見に行く事にする。


「キヨメさんと部長はここで待ってて下さい。すぐ戻ってきますから」


 キヨメさんをあんな人が多い所に連れてったらまた面倒な事になりそうだから、置いて行く。

 部長は最初から興味無いらしく、携帯を取り出しながら手を振って見送ってくれる。


「えー、私も行きたいです」

「…………」

「ひぁうっ」


 部長がキヨメさんの服を掴む。


「わかったわ。ただ、まだ買い物もあるんだから、あまり時間かけないでね」

「わかってます。すぐ戻ります。じゃあ部長、キヨメさんの見張り宜しくお願いします」

「はいはい」

「あ、あの部長さん、服だけじゃなく肉、肉掴んでます……ってその触り方、ちょっと!」


 とりあえず大丈夫そうだ。

 安心して杏奈の後を追う。


「師匠、ここ」


 人ごみに近づくと、杏奈が手を真上に伸ばして居場所を教えてくれる。


「おう」


 前の方に潜り込んだ杏奈を追う為、少々強引に人をかき分けると、何とか隣に立つ事が出来た。


「原因あれ」

「あれって……おぉ」


 そこには二人掛けのを二つ繋げたテーブルがあり、そのテーブルの上がとんでもない事になっていた。


「すっげぇ……」


 そこにあったのは様々な料理を食べ終えた後の、皿、丼、空き容器の……山。

 それこそ漫画の大食いキャラが食事をした後みたいになっている。

 けれどこの人ごみの原因はそれじゃない。

 問題なのは、そこに座っているのがたった一人だという事と。


「あんなに可愛い顔してるのに、凄い」

「だな……」


 その一人というのが、超絶美人な女子高生だという事。

 ストレートのセミロングヘアーを、ビターチョコレートみたいな濃い茶色に染めて、シャツの首元のボタンを胸元が見える位まで外している。

 下に穿いているのも、座った時足を組まないと下着が見えてしまいそうな短いスカート。

 なんていうか……派手だ。

 恰好もだけど、容姿的な意味でも。

 人目を引く、派手な感じの美人。


「んー、おーいしぃ~♪」


 右手に持った箸でタコ焼きをパクつきながら、女子高生が叫ぶ。


「これもおいしぃー」


 言いながら左手ではピザを食べ、そうしているうちに無くなったタコ焼きの紙容器を退けると、今度はかき揚げの乗ったうどんを啜り出す。

 食べている量も量だが、食べる速度もまた速い。

 決して急いでいる訳ではないのだが、彼女は一定の速度のまま常に食べ続けているので、目の前にある食べ物がすぐに無くなる。


「ほら、味噌ラーメン持ってきたぜ!」

「サンキュー」

「はい! 頼まれてたフライドチキンとハンバーガー、買って来たよ!」

「うん、ありがとねー」


 そして、周りの客達も面白がって彼女の元にどんどん料理を運んでくるので、止まる事無くペースが全く衰えない。

 ひたすら食べて食べて、食べ続ける。


「はい、二人共お金」

「おぉ!」

「やった!」


(あぁ、そういう事か)


 別に善意とか面白がってって訳じゃないのか。

 女子高生は食べ物を買ってきてくれた人達に、大雑把な金額でお金を渡してお釣りを請求しないから、それが目当てで買ってきてるのか。


「いやー、日本は良いねぇ~。何食べても美味しいよー」


 見た目は日本人に見えるんだが。

 帰国子女か何かなのか?


「研究所じゃ皆食べ物にこだわらないからなー。やっぱ人間美味しい物食べなきゃ駄目だよね、うん」


 カルビ丼を掻き込みながらそんな事を言う。


「ま、人間じゃないけどね、私。あははは」


(………………)


 ……何だろう。

 物凄く嫌な予感がする。

 こういう人に最近会った記憶がある。

 人並み外れた美しい容姿に、妙な発言と行動。


「研究所……」


 杏奈も気付いたらしい。

 チラリとこちらを見る。


「杏奈。ここはトラブルになる前に逃げ――」

「お-いおーい」


(呼びやがった!)


「……んむ?」


 女子高生が餃子を口に含みながらこちらを見る。


「………………」


 ゴクリと口の中の物を飲み込むと、驚いた顔をして言った。


「平、賀……創太……様?」


 案の定、やっぱり関係者だった。


「嘘!? 創太様!?」


 ガタン、と椅子から勢いよく立ち上がる。


「う、うわ、ちょっ!」


 そしてズンズンと勢いよくこちらにやってくる。


「平賀創太様!?」

「ス、ストップストップ! な、なんか怖っ、ヒィ!」


 そしてガシッ、と俺の両肩を掴んだかと思うと、顔をグイッと間近にまで寄せてくる。


「…………おぉー……生だ……生創太様だ……」


 おぉ、って何だよ。

 生って何だよ。


「本物……天然もの……」


 本物はともかく、天然ものはおかしい。

 何なんだよ本当に。


「じゃ、まだ早いかもだけど。一応調べておこっかな」

「?」


 調べる?

 何を?


「ん……」



(え?)



 不意打ちの様に、突如、唇に柔らかな感触。


「うそ……」


 杏奈の驚いた声。


「なぁぁぁあああ!?」


 そして、誰かの悲鳴というか雄叫びが聞こえたかと思うと、目の前の少女が俺から引き剥がされた。


「あ、あああなた! な、ななな、何してるんですか!? そ、そそ創太さんに、私の創太さんにキ、キキキ、キス……!」

「? あれ? なーんだ、キー先輩じゃーん。久しくないけど久しぶりー」

「え? ……って、えぇ!? ちわちゃん!?」


(キス……キス……)


 キヨメさんの声が頭の中に響く。


(そっかぁ……あれやっぱりキスされてたんだぁ……)


 ぷるんとして柔らかかった、あの唇の感触を思い出す。


「んぶっ!」


 すると、その感触の記憶ごと削り落とすかの様に、杏奈がウェットティッシュで俺の唇をゴシゴシと強く擦り始める。


「消毒……消毒……」

「ぷぁっ! あ、杏奈止めろ! 口痛ぇ! 唇荒れる! 唇の皮剥ける!」

「消毒しなきゃ……師匠を消毒しなきゃ……」


 駄目だ。

 完全に怖い感じになってる。


「な、何でちわちゃんがここに!?」

「そりゃ用事あるからですよ」

「消毒……消毒……」

「だ、だから杏奈、止め……!」

「…………とりあえず、一旦皆落ち着きましょ」


 部長がそう言うが、驚くキヨメさんと怖い顔で俺に迫る杏奈は、しばらく落ち着きそうになかった。

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