奈落の12月25日
ぽんと思いついたお話を、季節のものなのでとりあえず形にして放り出してみました。
奈落の参道の奥深く。シルバーソードのベースキャンプは敗北の雰囲気に包まれていた。
圧倒的な敗北。
少しずつ積み重ねてきた勝利への工夫、ほんの0.1%でも勝率を上げるために積み重ねた努力が一瞬で灰と化す。
そんな圧倒的な全滅からでも、復活してきたメンバーの落胆は大きなものではなかった。
「あーあ、世間じゃクリスマスだよ。チキン食って、シャンパン飲んで、メリークリスマースとかやってんだぜ」
「俺だって本当だったら彼女と一緒にプレゼントの交換とかしたりしてだな‥‥」
「なにいってんだよ。あたしはここ3年、クリスマスはいつもエルダーテイルだったよ。そして、あんたはいつも一緒にいたはずだよ」
「うわ、なんかそれちょっと心ときめく台詞っすよ!?」
「やってることは結局、みんなでドキドキドラゴン退治だけどなー」
各々が軽口を叩きながら、再戦にそなえて身支度や武器防具の手入れを始めるもの、食事の用意を始めるもの。
レイドギルドであるシルバーソードにとって、敗北は決して珍しいものではなかった。
◇
「ぐぬぬぬ」
そんなベースキャンプに、一人だけ悲しみにくれる男がいた。
目からは大粒の涙を流し、漏れ出る嗚咽を隠しもしない。
度重なる敗北。月からの帰還。
心が折れ、戦えなくなるメンバーは今まで何人もいた。しかし誰もそれを咎めることはできなかった。
一度でも死んだことのある者にとってその苦痛は容易に想像でき、共有でき、そして決して分け合うことのできない痛みだとわかっていたからだ。
「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬ」
それでも今日は意外な、あまりにも意外な所からの嗚咽が、その場にいたものの視線をあつめる。
「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
声の主はデミクァスであった。
奈落の参道攻略戦だけではない、ニャン太とシロエに負けたときも、シルバーソードに負け続けたときも、決して心を折ることなく、その憎しみを糧に自らを鼓舞し、戦いを挑み続けてきたデミクァスが‥‥泣いていた。嗚咽はいつの間にか慟哭へと変わり、叫び声ともいえるその声が洞窟の中にこだました。
◇
「んもーぅ、デミデミったらー、どうしたのー?」
「おお、てとらか‥‥」
デミクァスは涙で腫れる目頭を隠しもせず、てとらの方を向いた。
「うわっ、デミデミただでさえひどい顔が目も当てられなくなってるよ!? いつもは死んでも一番ケロっとしてるのにどうしちゃったんだよー?」
「お前‥‥今日何日だか知ってるか?」
「何日って、12月25日? ‥‥まさかクリスマス!?」
「ああ、そうだよ。クリスマスだ。クリスマスだってのになぁ‥‥」
「まさかデミデミクリスマスにヨメヨメと一緒にいられなくって泣いてるの!?」
「ああ‥‥確かに女房の作るフライドチキンが食えねぇのは残念だが、今はそんなことじゃねぇ。朝起きても、なかったんだよ」
「なかった? 何が?」
「プレゼントだよ! プ・レ・ゼ・ン・ト! 朝起きても枕元に何もおいてなかったんだよ!」
デミクァスが指差す先、寝床にしている大岩の枕もとには巨大な靴下が靴下がおいてあった。
「こんな地面の底の底だ‥‥多分サンタさんは俺のことを見つけられなかったんだよ。せめて無理にでも地上まで煙突を通しておけば、サンタさんを困らせなくてすんだものを‥‥‥」
「「「「サンタさん!?」」」」
デミクァスは地面に拳を叩きつけ、足元に巨大なクレーターを穿つ。
しかしそんなデミクァスを見る皆の目は、少しだけやさしくなった。
◇◇◇
「このバカ野郎ども! 何ふざけたこと言ってやがる!」
ウィリアムの怒声がこだまする。
「何がサンタさんだ! 何がプレゼントだ! 緩いこといってんじゃねーぞ!」
決して温厚とはいえない。どちらかというと短気な性質のウィリアムであるが、今日はシルバーソードのメンバーがここ数年見たことのないほどの怒気をはらんでいた。
ウィリアムは、涙をため、悲観にくれるデミクァスの前に立つ。
その目は完全にデミクァスを見下していた。
「待ってくれギルマス!」
「こいつは、デミの野郎はサンタさんを‥‥!」
なんとか押しとどめようとするギルドメンバーを振り払い、ウィリアムは続ける。
「デミクァス‥‥てめぇここをどこだと思ってやがる‥‥」
「うるせぇ‥‥俺だってこんなところまでついてきたんだ、薄々感づいてはいたし、覚悟だってしていたさ‥‥でもいざサンタさんに迷惑かけちまったなと思うとやりきれなくて‥‥」
「だからてめーは間抜けだって言ってんだ! 俺たちがいまいる世界、ここはエルダーテイルの世界だぞ! セルデシアにサンタさんがいるわけねーだろ!」
「「「「なんですと!?」」」」
◇◇◇
「どうしよう、そういえば去年ギルマス、サンタさんに毛糸の帽子もらったってよろこんでたなあ」
「毛糸の帽子!? ニット帽じゃなくて!?」
「あたしてっきり彼女とかに貰ったんだと思ってたんだけど」
「そんなわけねーじゃん! クリスマスは特にどこの狩場も空いてるからって、ここ数年毎年俺ら全員あつまってたじゃん!」
「シロ、あいつら勝たせてやりたいな」
「ああ‥‥そうだね」
「そう? なんかボク、どーでもよくなってきてるんだけど」
サンタさんを信じるデミデミとウィリアムと、それを温かく見守るシルソーのみんなが見たかったんです。
サンタさんはいますけどね。