8
「もういいぞ」
武器屋の男の声がする。外に出たみたいだな。
「ぷはー。この布くっせえー」
使い古した布に隠れていたが、臭こもってちょーくせー。何かの動物の革だったりするのか苦い感じの臭いがする。
「失礼なやつだな。ここから次の街までもう少しかかる」
「らしいぞ?」
俺と違って手配されてない女に話を振ってみた、隅っこに座って動かない。
相変わらず話さないし、なんのリアクションも無い。
「ところで女、お前なんて名前なんだ?」
「…………」
「じゃあ無口のむっちゃんな。なんも言わないとこれで決定だかんな」
「…………」
もう、本当にむっちゃんって呼んじゃうからな。
まだまだ心の扉を開くには時間がかかるみたいだ。
仕方ない、武器屋の人に話を聞くことにするか。
「なあ武器屋の兄さん、向かってる所はどんなとこなんだ?」
「知らねぇのか? ズイって街で、まあさっきいた王都エイラムよりは小さな街だな」
どうやら結構大変そうな所に追われてしまったんだな。
武器屋の兄さんが口を開いた。
「俺からも聞いていいか? 本当にお前邪教の使いなのか? 手配書にも書いてあったがかなり若い女だし、そんな風には見えないけどな……」
「俺は無教派だ。あいつらが勝手にお歳暮が無いって怒り出したんだ。ついでに言うと俺は男だ」
「はっはっは冗談よせよお嬢さん、お前みたいな美少女が男だったら世の中の女は皆男になっちまうぜ。やっぱりそんな悪い奴じゃなかったみたいだな」
「誇っていいぞ。お前の眼力を」
まあ、無理にもう1人のボクを千年パンツから出すこともあるまい。
女2人旅ってことにしとこう。
「聞きたいんだけど、こんな武器いっぱいあるってことはこの辺物騒なの?」
「物騒? 王都が近いから盗賊なんかは少ないぞ。この道はズイとエイラムを繋ぐ道だから定期的に魔物討伐もされてるしな。お嬢ちゃん達は田舎出身なのかい?」
いるのか魔物……ぽいね。ファンタジーっぽいよ!!
「まあ、そんなところだ。よく分からないことが多くてな。すてしょ? ってやつないと飯すら食わせてもらえないなんて知らなかったよ」
「なんだお嬢ちゃんの住んでるところはステ証無いのか? とんだ田舎だな。ステ証ってのはステータス証明書のことで自分の職業や能力を表す魔法のことだ。普通はいちいち確認なんてしないけど、その格好は目立つから怪しく思ったんだろうよ。教会行けば買えるぜ」
買うのか……魔法を買うって昔のゲーム思い出すな。
そう言えばあの空に浮いてた幼女も魔法使ってたな。あの子もおこずかい使って魔法を買ったのかな?
あれ? だとすれば停止魔法である純白のパンツを買うことはこの世界では魔法を極めるものの通る道とも言える。童貞が女の子のパンツを求めるのは至って自然な行い。そして30年の修行を終えた童貞は魔法使いになれるという。あの伝説がここに来て真実味を帯びてきた。
おやおや、見えてきましたよ魔法の本質というものが!!
「ありがとな、今度(女の子のパンツも一緒に)買い行ってくるわ。むっちゃんも持ってるの? ステ証」
「…………」
沈黙が答えになるのはドキドキ二択クイズだけだよ?
「そろそろ着くな。一応検問あるから隠れてろ」
「え~臭いのやだ~」
文句言ってもしょうがないのは分かってるから仕方なく布の下に隠れる。
武器屋の兄さんが誰かと適当な会話をした後、荷台が揺れ始める。
がやがやと人の声がする。どうやらズイの街に入ったようだ。
「この街には手配書が回ってきてないらしい、もう出ていいぞ」
そいつは助かる、ここに来てこそこそしたくないからな。
「ありがとよ。じゃあこの辺でさいならだ。むっちゃん行こうぜ」
ゆっくりと動いてる荷馬車からむっちゃんの手を引いて降りる。
結構あっさり降りてくれた。別に俺のことを避けてるわけではないみたいだ。
それに気づいたのか武器屋の兄さんが止まった。
「お嬢ちゃん達、気を付けてな。若い男には特にな」
「あっ、そうだ。ほらこれ約束の金」
袋から2枚の硬化を取り出して兄さんに渡す。
「それはしまっとけ、お前のことが気に入った。2人で旅するには何かと必要だろ?」
「ふん、男に二言は無いんだぜ? いいから受け取っておけ」
「男じゃねぇだろ。そうだな……じゃあ、せめて何か荷台の中から好きな武器もってけ。そっちの姉ちゃんぼーっとしてるから危ないだろ」
まあ、そういうことなら貰っといてやるか。魔物がいるって言ってたしな。
「むっちゃん。どうする? これとかデカくて……って重っ!!」
肩に掛ける剣を持ってみたが予想以上に重かった。背が縮むわ!! こんなもの振り回せるか!!
むっちゃんは杖使って歩いてるし、もっと小さいやつにしよう。
「まあ、そうだな。俺はこの剣とか余裕で持てちゃうけど、むっちゃんはか弱いからナイフとかにしようか。うん、それがいい。ほら好きなの選んでいいぞ?」
武器屋の兄さんが笑ってやがる。ぐぬぬ……
むっちゃんが適当に置いてあったナイフから1本を取った。
その時の目が少し光った気がした。
「じゃあ、これもらうよ。ありがと。ほんじゃなー」
武器屋の兄さんと別れてむっちゃんと街を歩く。
まずは宿かな……女の子を野宿させるわけにはいかんだろう。
「むっちゃん、宿見つけたら教えてくれ」
「…………」
返事もないし、頷きもしない。
街の人に聞いたほうが早いかもな。
冒険者っぽい人の方がそういうの詳しいか?
「……あれ……」
後ろを歩いてたむっちゃんが久しぶりに話し始めたので振り返ると、視線が俺の方に向いてはいない。
むっちゃんの視線の先には丸にスラッシュ見たいのが斜めに入った看板がぶら下げてある。あれが宿でいいのだろうか?
その店に入ってみる。
外よりも騒がしい店の中には筋肉質な男が何人かいる。やっぱり戦士とかなんだろうか?
うーんと、ここの店主はあのお姉さんでいいのか?
カウンターみたいな処の奥にいるお姉さんに声を掛ける。
「ここは宿でいいのか?」
「はい、お2人ですか?」
おお、よかった。サンキューむっちゃん。
「そうだ。部屋は大きくなくていい」
「2人部屋なら銀貨6枚よ。うちは食べ物ついてないから食事はその辺で済ませてね」
まじかぁ、ステ証とやら無いけど飯にありつけるかなぁ……
袋から銀色の効果を6枚渡す。
「じゃあこれ鍵無くさないようにね」
無事に宿は確保出来たな。
さてと、街をみてくるか!!
「むっちゃん、外行こうぜ。飯食おう飯」
俺が外に出ると何も言わずに付いて来たから別に疲れては無いのかな?
ようやくこの世界をゆっくり見れるな。
両手を挙げて伸びをすると体が気持ちいい。
おっ、なんだあの人。片乳首見えてんじゃねぇか!!
「見ろよむっちゃん。あのおっさん乳首見えてんぞ。気づいてないのかな?」
「…………」
「この世界には男と女の数の4倍乳首があると仮定すると俺はその中の一部なんだなって、小さい人間なんだなって……思わない?」
「…………」
「やっぱりこの世界にはいるのかね、獣っ娘。むっちゃんは何がいい? 俺はねー、たぬきかな。たぬきっぽい子って愛嬌あるよね?」
「…………」
「なあなあ、あれ屋台かな? パン以外だったらいいな!」
ちょっと早歩きでその屋台に近づいてみる。
肉か? これは嬉しいタンパク質だ。いい匂いがする。
「おう、おっちゃん。それ旨いのか?」
ハゲ頭にハチマキのような布を巻いた、いかにも屋台やってそうな男が俺を睨んだ。
「まずいものは売らねぇよな。買うのか?」
それもそうだ、串にさした何かの肉だな。調味料とかどうなってんだろう?
何にせよ食ってみなきゃ分かんないよな。
「むっちゃん、食うか?」
「…………」
食べたくないのかな? まあ無理に食わせることもなかろう。
「じゃあ、1本くれ」
「ほらよ。1本銅貨3枚だ」
袋を漁って銅貨を探す。えーとこれだよな。
「はい、3枚。あれ? おっちゃん肉は?」
「まいど。肉は後ろの子が食ってるだろ」
え?
振り返ると奴が食ってた。5個くらいの肉の塊が刺さっていた串にはもうあと1個しか残ってない。
「あー、じゃあ後もう1本くれ」
「まいど、ほらよ」
「えーっと。はい3ま――っておい」
また食われた。
くそう、このままじゃ有り金全部胃袋に溶かされる。
この屋台からとっとと離れよう。