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屋敷の外に出ると端っこに取って付けたような小屋があった。
「ごめんね。奴隷はこういうところで水浴びする決まりになってるんだ……」
「構わん。では借りるぞ」
小屋の中で服を脱ぐ。2人きりで恥ずかしいのかイクス君は壁の方を向いている。
別に1度見たのだからそう恥ずかしがらなくてもいいと思うんだけどな。
「冷たっ」
汲み置きの水は予想以上に冷たかった。この世界にもあった固形石鹸らしき物を泡立て体を洗う。
しかし、じっくり見ると全体的に丸みがあって体つきも本当に女の子みたいだ。
なめらかな雪原に1本のバオバブが生えてる。奴隷商が切るかとか言ってたが、ちょっと気持ちがわかる。これは台無しだな。
「おい、服着たぞ」
「うん、じゃあ部屋行こっか」
手を繋がれて2人で部屋に向かう。
って待て。これはアカン。
どうしよう完璧な流れだ。エッチの指南書とかに載ってそうなくらい完璧だ。
ダメだって。小学生か中学生くらいか? その歳で男遊び覚えたらアカンて。
部屋に入ると今度は鍵を掛けないでイクス君が部屋を進む。
これはチャンスか? いや、契約で一定範囲から逃げられないとか言ってたし、やっぱり無理か……
まだ諦めるな俺。
「イクスよ。お前を男と見込んで話がある。聞いてくれ」
「うん。いいよ」
「君が男の子を好きなように、俺は女が好きだ。始めはなんとなく世界を救おうと思っていたのだがここに来てハッキリと自分の夢が出来た。俺は世界を変える。女に優しい世界を作る。そしていつかそんな世界で彼女を作る!! だから――」
「だから?」
「奴隷契約解いて下さい。お願いします」
日本の伝統文化、土下座をして頼む。
「そっ、それは困るよ……僕だって君に頼みたいことがあるんだ」
やっぱりですか。お尻ですか。
そりゃそうですよね。金払って買ったんだもんね。
こうなったら自棄じゃ、満足させたるわ。
「尻か! 尻出せばいいのか!!? ほら見ろよ尻だぞ!! これでいいのか! こんなことして、ろくな大人になれると思うなよ!!」
「うわ、ちょっと止めてよ。しまってよ」
ちっ、受けかよ。いじめて欲しそうな顔しやがって。
「ほら!! これでいいのか!! キリンさんよりゾウさんが好きなのか!! こんなことして、ろくな大人になれると思うなよ!! ほら尻出せ。満足させたら契約解けよ!!」
「本当にしまってよ。汚いよ。それに僕男の子より女の子が好きだよ」
――今なんて?
「え? イクス君は男の子より女の子が好きなの?」
「そうだよ。4545君とは話し友達になって欲しかったんだ。なのに……こんなのひどいよ」
ふぅ
おろしたスカートをはき、汚いものをしまう。
ぽんと涙目になっているイクス君の肩を叩く。
「イクスよ。今のは、ろくでもない大人とはなんなのかを教えてやったのだ。この世界はひどく汚い、今俺が演じたのはその一例だ。キミはこれから先、さっきのようなろくでもない大人の荒波に揉まれ苦しむことがあるだろう。でも、その時に思い出して欲しい。ラピュタは本当にあったんだ。とな」
「よくわかんないけど。うん、わかった」
よし、誤魔化せた!! 最低だな俺!!
「でだ、さっき女の子が好きとか友達になって欲しいとか言ってたな。詳しく教えてくれ」
「僕好きな女の子がいるんだ。でもお話とかできなくて……」
「なんでだ? 話すくらい大したことないだろ」
「無理だよ。女の子と話したことなんて全然ないし、それにその子を目の前にするとすごい緊張するんだ」
イクス君の家はかなり金持ちっぽいし、結婚相手とか親が決めたりするのか?
それなら多感な時期に異性と話す機会を減らすというのもわからなくもない。
「それで、話し相手が欲しいってお父さんに言ったら奴隷を買えばいいって」
「ほう、それで都合よく女の見た目だけど男の俺を買ったというわけか」
「うん、4545君可愛いし、男の子だから緊張しないで話せるかなって」
「なんで女専用の奴隷商に来たんだ? 友達だったら同い年くらいの男を買えばいいだろう」
「お父さんが、女を知っとけって言ってあそこに行かせたの」
ほーう。そういうの見過ごせませんね。
だからあのじいさん俺を女だと思ってたわけか。俺を男だと知ってるのはこの子だけと。
きっと奴隷商にこっそりと教えてもらったんだろう。あいつも厄介払いができて万々歳と。
「イクスよ。俺のいたところにはかつて666人の女に振られた男がいたのだ。そいつは何故自分が女の子に好かれないのか考えもしなかった。そしてそれを変えようともしなかった。しかし男は知ったのだ。人は見た目では無い、心で好きになるのだと、まずは誇れる人間になってから、真の男になってから女を求めるべきなのだと」
「どういうこと?」
「この故事で言いたいことはただ1つ。自らで生き様を証明せよということだ。イクスよ、その好きな子に話しかけたことはあるか? それは何回だ?」
「まだ、3回だけ……」
「俺からの助言だ。ありがたく聞け。その女に666回話しかけてみろ。なんだっていい、今日は月が綺麗ですねとか言っとけ。会話しようと思うから緊張するんだ、一言でいいそれを続けてみろ。その内それが二言、三言になって会話になってくる。それでも何も無かったらまた俺に頼ってこい。いつでもお前の味方でいてやる」
「……そうだよね。ありがとう。なんか4545君はよく分からない話するけど一緒にいると元気になってくるね」
ふっ、俺の助言を理解出来るにはまだまだ年を重ねる必要があるようだな。
俺のありがたい話に感動したイクス君が思い出したような素振りを見せた。
「そうだ。契約を解くんだよね。でもごめん僕やり方わからないんだ」
「え? それは困る!! 俺にはまだやらねばならないことがあるのだ」
イクス君がうーんと唸って首を傾げている。
まいったな。
「じゃあさ、奴隷について教えてくれ。もしかしたら話してるうちにわかるかもしれないぞ」
「そうだね。うーんと奴隷は契約の陣っていう魔方陣を使って主従関係を結ぶんだって、その陣にいろいろ契約内容が書いてあってそれに従った命令しか実行出来ないの。僕の場合は許可の無い限り一定範囲から出られないとか、僕を傷つけられないとか、一般的なやつだよ」
ふーむ、あの紙が重要なのか?……
そういえば試して無かったけど契約破ったらどうなるんだろう?
「例えば俺がイクス君を殴ろうとしたらどうなるんだ?」
「そうしようと思うと頭が痛くなるって聞いたことあるよ。大人でも耐えられないくらい強い制御魔法らしいよ」
緊箍呪か何か? ふーん。まあ一応やってみるか。意外と耐えられるかもしれないしな。
「てい」
イクス君を軽く突き飛ばした。
いや、突き飛ばせちゃった。
「……イクス君申し訳ないのだが、少し強めに叩いてもいいか?」
「……? あれ? 押すくらいなら出来るのかな? いいよ4545君」
イクス君の右腕を上げ、人差し指と中指のシッペをしてみる。
ペチン
「痛かった?」
「うん。でもおかしいな。こんなこと出来るのかな?」
……も……し……や……?
「これで最後だ。イクス君俺を信用してナイフか何かを貸してくれないか?」
「いいよ。護身用のやつでいい?」
そう言うと革のカバーがついた刃物を俺に渡してくれた。
カバーを取ってイクス君に確認を取る。
「怖かったらいいんだけど、このナイフ横にして体に当ててもいい?」
「うん。わかった」
流石にナイフをこの至近距離で主人に当てられるはずが無い。
ナイフを横にしてイクス君にあてる。
「イクス君。どうやら俺は奴隷では無かったらしい」
「そう……みたいだね」
あの奴隷商が契約を移さなかったのか? いや、商売でやってるんだ。そんな信用を落とすような真似するはずがない。
となると……
まあなんでもいっか。
「っしゃオラ!! ついてるついてるぞ!! ひゃっほーー!! 自由だーー」
「わわわ、大声出さないで」
おっと、すまない。ついつい興奮してしまった。
「そうとなれば話は早い。イクス君、悪いが俺はやりたい、いや、やらねばならないことがある。すぐにここを出ようと思う」
イクス君が少しだけ悲しげな顔をした。
「うん、そうだね。友達になりたかったけど、しょうがないよね。今日は遅いから明日の朝早くに出て行くといいよ。僕が一緒に連れてくから」
そんな寂しそうに言うなよ。俺だって住む場所と食い物があるここにいてぇよ。でも、それじゃあダメなんだよ。
「でもいいのか? 俺が逃げたらやっぱり怒られるんだろ?」
「大丈夫だよ。逃げ出そうとして死んじゃったことにするから」
なにげに怖いこというのね。いちいち奴隷の死体なんて探さないだろうし、それが無難か。
「じゃあ、一緒に寝ようよ。僕誰かとお話しながら寝てみたかったんだ」
こいつは淋しいんだな。しょーがねー。
そのまま大きいベッドにダイブする。
「いいぜ、修学旅行思い出すな。好きな子の話聞かせてくれよ」
イクスもベッドに飛び込んできた。それに合わせて俺の体も弾む。
「うん。いいよ。ところで、しゅーがくりょこーって何?」
「ああ、それはな俺のいた所で――」
―
――
―――
――――
「起きて、4545君。そろそろ出ようよ」
――ん、もう朝なのか。ねむい……
「ふぁ~~おはよう。そんじゃ行くか」
「うん、もしかしたら誰か起きてるかもしれないから静かにね」
誰にも見つからずイクス君と共に豪邸を出た。
薄らと明るい外はゴシック・アンド・ロリータの服装では肌寒い。
門を出て少し歩く。
「この辺でいいよ。ありがとな。楽しかったぜ」
「ううん、僕も楽しかった。あんなに誰かとお喋りしたの始めてだった」
やっぱり淋しそうな顔をする。そのままイクス君が話し続ける。
「これ、よかったら持って行って」
何故イクス君が麻のような物で出来た袋を持っていたのか疑問に思ってたが、俺に何かプレゼントか?
「いいのか? 俺は何もしてないぞ?」
むしろ風呂と飯と寝床まで用意してもらって、何かしなければならないのは俺の方な気がする。
「うん、何もないと大変だと思って……」
渡してくれた本人の前で確認するのも悪い気がするけど、布袋の中を見てみる。
水浴びの時に見た石鹸、護身用と言ってたナイフ、パンが数個、それに金属の塊と紙の束がいくつか。小さなポケットに分けられてしまわれている。
随分と気を使われているな。
「ありがたく受け取っておくよ。本当に世話になったな」
貰った袋を肩に担ぎ歩き出す。
後ろから声がする。
「さよならー。元気でねー」
さよならなんて淋しい事言ってくれるじゃねーか。そんな事言われたの久しぶりだ。
「こういう時は、また会おうねって言うんだぜ――」
振り返って返事をすると、遠くから見ても目元が光っているのが分かる。
「――だって俺たち、友達だろ?」
「……うん! またね。絶対また会おうね!!」
いつかこの恩を返しに来るよ。それまで待っとけ。
右に布袋を担ぎ、左手を軽く上げて返事をしてやる。
男は黙って背中で語るってもんさ。