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「おい、出してくれよ~」
暗い。狭い。ほこりっぽい。
あの後風呂に入れてもらえず何故か別室に連れてかれた。
「うるさい、お前のせいでこっちは大誤算だ。話だって決まりかけてたのに、折角の上玉がまさか男なんて……」
俺を女だと思ってたみたいだな。確認しなかったおっさんが悪いんじゃないか。
「なぁ、俺男なんだから解放してくれない? やることあるんだよ」
「ふざけるな。自ら憲兵に掴まるような真似できるか」
やっぱ奴隷化って違法行為なんだ。
「言わないから、告げ口しないから」
まあ王様っぽい人に嫌われたみたいだからどの道そんな真似しないしな。
「あぁ、もう、こいつをどうする? 他の奴隷商に引き渡すか? それとも切り落とすか……」
扉についてる小さな覗き窓からおっさんがうろうろしてるのが見える。おいおい、今物騒なことが聞こえたぞ。
「いや、切り落とすのは止めた方がいいんじゃないかな? うん。かわいい男だって需要あるよ。少し値段下げれば売れるって、俺も応援するからさ」
「……そうだな。値段を下げて少し様子見しよう。まだ売れないと決まったわけじゃないな」
横長の覗き口から見えるおっさんの姿が遠くなっていく。
ふぅ、切られるのはなんとか回避したみたいだ。
って何言ってんだ俺は……
どう頑張っても解放してくれなさそうだし、大人しく買われるの待つか……
せめて誰かいればなぁ。
女の子がいる時にもっとこの世界のこと聞いとくんだった。
一瞬だけ部屋に光が灯りまた暗くなる。
パンと、昨日とはちょっと具が違うスープが扉から差し出された。
暗さに慣れてきた目で確認しながら食べる。
この部屋には何も無い。固い木のベッドがあるだけで毛布すらない。
多分お仕置き部屋みたいな所だったんだろうな。でなきゃこんな暗闇なはずがない。
男を女の子と同室にするはずがないだろうし、暫くここが俺の部屋になりそうだな。
次の日は飯の時間に1回扉に動きがあっただけで何も変化はない。今は昼か……時間がわからない。
俺をどうするか考えているんだろう。
女性専用の奴隷商なのに男を買いにくるやつはそういないだろうし、違法行為みたいだから大々的に宣伝も出来ないってところか。
暇だから固いベッドの上で坐禅の時にする足を組む格好をする。
こういう時は悟りを開くのが一番だ。
あっちの世界では可愛いと思った子に片っ端から告白したな……なんやかんや俺も若い子好きだし、おっぱい大きい子ばっかりだったな。やっぱ、おっぱいは重要だよな。
やっぱおっぱいってなんかラップっぽいな。ふふ、俺の才能開花したな……いかん話がそれてしまった。
最後の告白は着てもらおうと思って、買ったばかりのゴスロリを着てみたんだ、正直サイズきつかった。
付き合ってくれたら大事にするんだけどなぁ、どうして分かってくれなかったんだろう……?
こっちの世界は可愛い子を金で買えるとか最低だ。奴隷制とかどんだけ文明遅れてんだよ!! 知ってれば頑張って稼ぐとこ見つけて俺も奴隷買ったのに!! くそっ。
それにしても奴隷買いに来る奴等は最低の目をしていたな。完全に顔と体しか見ていない。俺は純粋に彼女欲しいだけで別に……その……そのうちそういうことになれたらなって……
ん? 待てよ。現代の結婚もある意味奴隷制度と言えるのでは……? 金という結び付きがあり、お互いがお互いを奴隷のように制限をつけて拘束する、もちろん性的行為に関しても。だとしたら大して前の世界も変わらないんじゃ……?
いや、違うな。決定的な差は選択肢があるかどうかだ。ここで会った彼女たちには少なくとも相手を選ぶ権利はない。そんなの男のわがままだ、女の子にだって選ぶ権利があるはず!
俺がまだましな扱いを受けているのは顔がいいからだろうな。おっさんのままだったら今頃誰にも構われず野垂れ死んでるだろう。美少女の外見で命を救われたぜ。
はぁ~、本当にどうしてどこの世界も顔ばっかで人を判断するのかね? いいじゃないちょっとくらいブサイクでも。大事なのはそんなことじゃないでしょうに……
あれ? 矛盾してる。
今までの俺は女の顔と体を見て告白してきた。表面上しか見ていない、自分は違うと思ってたけど、それってここに奴隷買いに来るやつと同じじゃないか?
城で会ったエレ……なんとかって人は見た目が綺麗ってだけで告白したが、ここのメイドさんはあまり可愛く無かったから告白しなかった。
女の魅力は顔だけか? おっぱいか? 違うだろ。本当の魅力はそんなところじゃない。
彼女がいる男や美形の男を無意味に妬んできたが、一体なぜだ? どうしてそんな意味の無い事を……
どうやら俺は大変な間違いをしていたらしい。自らを高めずして理想のみ相手に求めるなどなんと愚かな。
この世界は終わってる。俺の心のように淀み、腐りきっている。
変えよう……この世界を。
俺も変わるんだ。今までのクズのような求めるだけの男から求められるような男になる。
手始めにこの奴隷制度とかいうクソッタレを潰す!
「――おい。いつまで無視してるんだ。とっとと出てこい」
いつの間にか扉が開いてた。
「ちょっと待て。今重要な(脳内)会議をしているところだ」
「主人が出てこいと言ってるんだ。なんで奴隷なのにお前はそう偉そうなんだ!!」
しょーがねぇーな。
「はいはい、ちょっと待ってろ。今出るから」
外に出たら奴隷商のおっさんと若い男がいた。
少年と言った方がいいだろうか? 小学生か?
「こちらが例の商品ですが、どうですか? 見た目は女の子ですがしっかり男であることは確認しましたのでご心配いらないかと思います。ただ、少々教育が足りてないようで言葉が乱暴なので……」
奴隷商のおっさんがヘコヘコしながら俺を少年に紹介してる。
教育が足りてないとは失礼な。日本の義務教育なめんな。
「ほ、本当に男……ですか?」
「4545、服を脱げ」
そんなに俺のが見たいのか?
全く、見たいなら見たいという態度ってもんがあるだろう。教育がなってないのはどっちだ。
しかし俺は寛大な男だ。減るもんでも無いし好きなだけ見るが良い。
スカートをめくってやったら少年がちょっと恥ずかしそうにしながら俺の下半身を見てた。
「この商品でよろしいですか?」
少年はこくりと頷く。
「エイザ、洗浄だ。お客様は上でおくつろぎ下さい」
メイドさんに連れられて風呂場に行った。
昨日の恨みなのか乱暴に服を脱がされて雑に洗剤で洗われた。
石鹸? なのかすごい髪がゴワゴワする。
女の人に体を洗われちゃった……
一張羅の服を着て上の階に移動する。
結構長いこと着てたけど服は臭わない不思議。なんでだ?
「4545、手を出せ」
前に契約をさせられた部屋に行くと奴隷商にそう言われ、大人しく手を差し出す。
ナイフを取り出して俺の指に軽く傷を付けた。
「いってーな」
俺の言葉など聞かず、指から出た血を紙で受け止める。
この模様は……契約した時のやつか? 模様が似てる。
その紙をメイドさんが受け取りブツブツとまた呟く。
その呪文みたいのを唱え終わると奴隷商のおっさんが言う。
「これで契約の移行が完了しました。またのお越しをお待ちしております」
「何? 俺コイツに買われたの?」
「そうだ、良かったな。可愛がってもらえよククク……」
「あっそう。小僧よろしくな」
「よろしくお願いしますご主人様だろう!! いやー本当にすみません。この奴隷田舎の生まれでして礼儀を覚えていなくて」
「い、いえ。大丈夫です」
少年がそう答え店を出て行く。俺もその後をついてく。
暗い部屋にいたから妙に外が明るく感じる。
しかし、どうするか。
このまま少年の下のお世話をする人生を歩むのはごめん被りたい。
店から少し歩いたところに馬車が停めてあった。
少年に連れられ大人しく乗る。
「あ、あのよろしく。僕はイクス。4545君、じゃなくて4545ちゃんの名前決めようと思うんだけどいいかな?」
そう言えば奴隷は名前無くなるって言ってたな。主人が名前つけるのか?
「ああ、よろしこ。いいぞ、カッコイイので頼む」
「奴隷の分際で坊ちゃまに馴れ馴れしいぞ小娘」
前の馬を操ってるおじさんが怒鳴った。お付きの人か?
「おい、俺はおと――ふぐぅ」
「ははは、いいんだよ爺。僕がそういう風にしてくれと頼んだんだ」
イクス君に口を塞がれた。なんだ? 俺を男だと分かってて買ったんじゃないのか?
おじさんがそれなら仕方ないというように馬の方へ注意を向けた。
「それで名前だったよね。マールとかどうかな?」
「却下だ。ダサい」
「じゃあ、リザは?」
「女っぽい。次」
「じゃあ男の子の名前だけどゴルメは?」
「濁音に目をつけたのは褒めてやる」
「じゃ、じゃあ――」
無駄にこの世界の名前について詳しくなったところで豪華な屋敷に着いた。
その間じいさんが不機嫌そうな顔をしていたのは言うまでもない。
「うーん。暫くは4545でいいかな?」
「慎重に選考を重ねたが、残念ながら今回は見送りだ。イクス君のご活躍とご健勝をお祈り申してやる。感謝しろ」
「うん。ありがとう」
金持ちとはこういうことを言うのか。
扉を開くとメイドさんが8人でお出迎えだ。本場はお帰りなさいませとか言わないんだな。礼をして迎えるだけだ。
無意味に絵とか壺が置いてあるし赤い絨毯みたいのも敷いてある。
「じゃあ、4545ちゃんっこち来て!」
俺の手を引っ張って無駄に広い階段を上り出す。
「坊ちゃま、いけません。そのような汚い者を部屋に連れていくなぞ。一度湯に浸けねば病気になります」
「大丈夫だよ。お話するだけだから」
イクス君が無理やり手を引っ張って部屋に連れていき、扉に鍵を掛けた。
おい、まさか。早速するんすか?
でも俺そういうの初めてっていうか……強引なのもいいけど優しくして欲しいなんて思ったり。
「あ、灯消して……」
「なんで? お話するのに暗い方がいいの?」
っ!! こいつ! 行為に及ぶ前に相手の緊張をほぐす為の会話をするというのか!!
俺より大人じゃねぇか。
しかし貞操は守られた。
「そのお洋服可愛いね。4545君の住んでる所だと男の子はそういう服着てるの?」
まずは身につけている物を褒めるのか……勉強になるなぁ。
「この服装はなゴシック・アンド・ロリータと言ってな。女の子の服装だ」
「へー。なんで女の子の服着てるの?」
「可愛いから着ている。イクス君は可愛いの嫌いか?」
「……えっと、好きだよ」
止めろ。上目遣いで言うのを止めろ。また真理の扉が開いちゃう。
「4545君は好きな子いたりするの?」
これは……何ですか?
やっぱりそういう? まあ、正直に答えとこう。
「俺はまだ真の漢になるための道を歩き始めたばかりだ。そのようなものに現を抜かしている場合ではない。まだまだ28にして未熟者よ」
「すごいね! なんかカッコイイね!!」
そうだろ。なんかカッコイイだろ。これからもっとカッコイイ男を目指すのだよ。
イクス君の質問攻めに答えていたら外はすっかり暗くなっていた。
イクス君が食事を終えた後床で残り物の飯を食わされた。奴隷商で食ってたのより充分うまい。
その後イクス君が風呂に入る間廊下で立って待ってた。一緒にメイドさんがいたのだが、2人で待つ必要ないだろ。
「待っててくれたんだね。ありがとう」
別に待ってたくてここに居た訳じゃない。このメイドさんがここに居ろっていうから居ただけだ。
まあいい。
「よし、次は俺だな。シャンプーあるか?」
「何を言っているのですか? ここはご主人様達専用の浴場です。貴方は水浴びです。本当に躾のなっていない奴隷のようですね。こっちに来なさい行儀というものを教えて差し上げます」
「ぼ、僕が水浴びに連れて行くよ。マナーとかは僕が教えるから。ね?」
「イクス様がそう言われるのでしたら……」
「いや、俺はそのメイドさんに教えて欲しい。出来ればその時にメガネと黒タイツを装備して頂けるとありがたい。だからすまない。イクス君は1人で水浴びに――っててて」
「ほら、行くよ」
力強いよ。イクス君そんなに引っ張らないで。