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よくあるやつ
「くそう、なんでだよ……どうして分かってくれないんだよ……」
――こんなのあんまりだ……
今年で28歳を迎えるその男は小さなアパートの一室で泣き崩れていた。手に握られた2枚の紙はその形を歪めていた。
――1時間前――
「あ、あの俺と付き合ってください!!」
「え? いや……あのごめんなさい」
「じゃ、じゃあせめてお友達からでも」
男が右のポケットからごそごそと遊園地のチケットを取り出し少女に渡そうと手を伸ばす。
「いや、あの本当にそういうの困るので」
少女の表情は申し訳ないというよりは恐怖が強く現れていた。振り返りもせず逃げ去るように立ち去った。
可愛らしい女子高生が通う学び舎の前で男は天を仰ぎ、溢れる雫を必死にこらえた。頬を一筋の光が落ちると同時に自分の居るべき場所へと男は駆け出した。走るたびに男が着ているフリルのついたスカートが揺れる。
――そして今――
溢れる悲しみも出尽くし、よろよろとベッドに男が倒れこむ。右の腕で顔を覆い、1人思いにふける。
――一目ぼれして、交際を申し出て必ず断られる……一体何がいけないんだ? 可愛いから付き合って欲しいって言ってどうして怖がられるんだ? 恋に年齢なんて関係ないはずだろ……いや、俺だって分かるよ? 28歳の男が女子高生に告白すればああいう反応されるのは、でもさ可愛いんだもん。仕方ないじゃん。
いつものように1人自己弁護をして心の傷を癒す。
――このチケットも無駄になっちゃったな……これで振られたの666人目かぁ……いつまで俺童貞なんだろう……
はぁというため息をつき持っていたチケットを投げ捨て、男は1人ごちる。
「――俺、もうこの世界辞めたい」
――その言葉と共に男はこの世界から姿を消した――
寝ていたわけでも無いのにハッと目覚めた。男の目に映ったのは見慣れた薄汚い天井ではなく、ほんのりと淡いピンクの霞がかったような空間であった。しかし男の関心はそんな異常な状況よりも目の前にいる神々しいまでに美しい女性に向いていた。実際その女性からは後光とも言うべき光が射している。
「……付き合ってください」
男の最初の言葉はそれだった。
「いや、無理。ていうかその格好流行ってんの? 気持ち悪っ」
女の返答はそれだった。
男がいつものように涙を堪え、上を見上げていると女はうなだれて嫌々話し始めた。
「ちょっと1人で落ち込んでるのはいいけど、取り敢えず話聞いてくれる?」
――これは、もしかしてまだチャンスはあるってことか?
「聞きましょうマドモアゼル」
目に浮かべていた涙など無かったように男は一番のキメ顔で答える。
女の目が細くなり、ゴミを見るような目で話す。
「私は女神で、簡単に言うとこれからあんたに世界救ってもらうから頑張って。はい終わりじゃあね」
女神は面倒くさそうに手をヒラヒラさせると男の体がだんだんと上半身から透明に変化する。さすがに慌てた男が説明を求めた。
「ちょちょちょ、な、何? もうちょっと詳しくお願いします」
軽い舌打ちをした後に女神が説明を始めた。
「あんたは別の世界の勇者として呼ばれたわけよ。私はその仲介人。その世界救ってきてって話」
――これはよくある、あのパターンだ!! そうチート転生!!
この話を聞いて歓喜した。元いた世界では散々女性に振られ、大していい思い出などなく、童貞のまま30を迎えようとしていた男にはまさに天からの救いであった。
すでに全身半透明になる男が聞いた。
「あ、あのすごい能力……は?」
女神は思い出したように右手の拳を左手に当てた。
「あ~はいはい。でもなんかもう転生されちゃうっぽいし選ぶ時間ないから、適当に欲しい能力言って」
――そんなの決まってる。
「女――」
そこまで言ったところで男の上半身はすでに光に消えていた。
「女? まあそれっぽい能力適当にあげればいっか」
女神が人差し指を半透明の下半身へクルクルと回すと、股間が淡い光を放つ。
そして、その空間には女神のみとなった。