とある奉行所の事件簿 (公演:劇団星追)
色々と気になる人も出て来るとはお思いでしょうが、そういう世界だと思って下さい。
甘味処『鞠庵』にて奉行所の下っ端である同心の白川と、岡っ引きの玉吉が汁粉を啜っている。
「しかし、あっしは話に関わっていないんで内容が分からないんですが、どの様な一件だったんですかね」
玉吉に尋ねられた白川は、
「まあ与力の小田切様も注意書きを出されたので話してもよかろう」と語り始めた。
「つい先月のことだったんだが、小石川の療養所にご老体の夫婦者が揃って担ぎ込まれたのよ。
住んでる家は見た目「あばら屋」だが、結構ため込んでたんで周りの者は医者を呼ぼうかとしたんだが、訳あって出来なかったんだな」
「そりゃまた、どうして?」
玉吉の疑問は尤もだと前置きしてから、白川は話を始める。
「事の起こりはこうだ。
担ぎ込まれる前の日に、爺様は一羽の鶴が狸取りの罠に掛かっているのを見つけたらしくてな。
可哀想だってんで、助けたんだそうだ」
「まあ、鶴と云えば『長寿』の縁起物ですし、狸は兎も角、鶴が畑を荒らすって事もありませんからねぇ」
玉吉の納得する様子に頷いて、白川は話を続けた。
「処が、だ。 その晩、不思議なことが起きたんだそうだ」
「はて? どの様な? まさか、『今昔集』みてぇに鶴が恩返しに来たって訳でもあるまいに、でしょうね。
白川の旦那、からかっちゃあいけねぇですぜ」
(今昔集=「今は昔~」で始まる昔話の本、『今昔物語集』とも言う。
平安時代末期に編集された)
「それがな、そのまさかよ!」
困り切った表情の白川に嘘は無い様だと、玉吉もびっくりする。
その玉吉を見て、満足そうに白川が
「夜中に戸を叩く音がするんで、怪しげには思ったんだが、まさか爺様、婆様のあばら屋に物取りもあるまい。って戸を開けてみる」
そう話を続けようとすると、横から看板娘の“真沙”が割り込んできた。
(お“まさ”です。 マーシャと読んではいけません)
「若い娘が立っていた、でしょ?」
その言葉に白川が首を横に振る。
「え、違うんですか?」
お真沙もそうだが、玉吉も“あれっ?”っと肩すかしである。
店にいた客の誰もが二人と同じに話しに引きつけられている。
そんな中、白川の一言は意表を突いた。
「いやな、戸を開けると『鶴』が立ってたんだそうだ」
『はぁ?』
店中の客が一斉に声を出した。
「でだ、その鶴の言うことには、『私は昼間助けられた鶴です。
是非ご恩返しがしたいので、一晩泊めて頂けませんか』ときた」
「おっかしいですねぇ」
「いや可笑しいというより、怪しいでしょ? お真沙ちゃん。
最初っから正体バラしてちゃ意味ないし。 でも気になりますね」
玉吉もお真沙も興味津々である。
「で、案の定、部屋を一つ借りて」
「中を見るな、と?」
お真沙・玉吉の言葉に、今度は白川も素直に頷いた。
「正体ばれてるのに?」
「ばれてるのに、だよ」
お真沙の言葉を白川はオウム返しであるが、話は続く
「その上、自分が機を織っている間にお茶でもどうぞ。
ってんで茶まで持ち込んで振る舞ったんだそうだ」
「ほう、こりゃ又珍しい」
「茶ってだけでも変なんだが、名前も色も変でな。
なんでも赤っぽい土色の茶で『あたらしか紅茶』とか言ったらしい」
「古いのは勿論ですが、いくら新しくても『土色の茶』ってのはあんまり飲みたくねぇっすねぇ」
玉吉の台詞に店の客一同が「うんうん」と頷く。
「とは言っても、鶴が出す茶だよ。
不老長寿の妙薬かと思って飲みたくもなるだろ」
「ああ、そう言えば、そうですねぇ」
「で、どうなったの?」 お真沙が先を促す
「茶を飲んで2人がくつろいでいると、何やら鈴の音が聞こえてきたんだそうだ」
「機織りじゃなく?」
玉吉の疑問に白川は頷く。
「で、その音に釣られて何時の間にか眠っちまったらしくてな。
朝起きたら、家の中に隠してあった金目の物、一切合切含めて鶴もドロンよ」
そういって白川はお手上げの形を取った。
「ええ~~~~!」
店中に叫び声が上がる
「で、爺様も婆様も引きつけ起こして療養所に担ぎ込まれた、って訳だ」
「『鈴の音』って言うことは、もしや今、巷で騒ぎになってる、」
「おお、あの極悪非道の『妖の鈴音』よなぁ、間違いねぇだろう!」
「非道え話しも有ったもんだねぇ・・・・・・」
あれやこれやと、店中から声が上がる。
そこで最後まで、黙って火元で話を聞いていた店主の巧之助がこう話を収めた。
「つまり、あの晩現れた鳥は『鶴』ではなく『鷺』であったと!」
店中の客によって厨房に手当たり次第の物が投げ込まれた。
まあ、許せる範囲だと思って下さる様でしたら、そのうちもう一度やってみたいな。
次回は、普通の?昔話に戻します。