死んでくれ、プレ子!
今回、ちょっと長いです。
短編小説みたいになっちゃいました。
田舎に帰った時、久々に会った友人に勧められて始めたアクアリウムだが、初心者が簡単に手を出すものでは無い。
水のPh(酸性値)がどうだの、エアフィルターポンプの流入速度がどうだのと実に難しく、キラキラとひれを振り回してた熱帯魚たちは遂に全滅した。
軽い気持ちで貧乏人が手を出すものでは無い、と気付いたのも後の祭り。
生き残ったのはナマズ一匹。
種名をプレコという。
生息域はアマゾン川、オリノコ川、そして何故か沖縄県の比射川。
何故、南米から遠く離れた沖縄に此奴が住んでいるかというと、まあ、俺がこれから考えているのと同じ理由である。
要は捨てられた奴が野生化したのだ。
自分で言うのも何だが、マナーの悪い話である。
しかし、井の頭も同じ理由で様々な外来種の住処となっていると云うし、日本各地はわざわざ放流されたブルーギルで一杯だ。
今更、同じ日本人同士の悪行を探り合っても仕方在るまいと、これから行うであろう自分の行為に免罪符を与えた。
何しろ俺だって此奴を捨てる理由は分かる。
此奴は最初は小さい、 精々五センチ程だ。
その上、
「水槽に付いた『苔』が大好物でしてね。『掃除屋』って別名があるくらいなんですよ」
なんて店員に言われりゃ、素人としては飛びついても仕方ないだろ。
背びれと瞳が特に可愛かったんで名前も付けたよ。
『プレ子』なんて安直に。
だがな……。
だがな、あの店員、こんな事は一言も言わなかったぞ。
『成長すると一メートル近くには成ります』とは、な!
そうなのだ。 此奴はとにかく“でかい”
中型種なので流石に一メートルとは行かないが、小さく見積もっても五五センチはある。
重さは両手で抱えて持ち上げる時にやや暴れるので分かりづらいが、二キロは軽くあるのではないだろうか?
長さ一メートルの水槽の半分以上を軽々と占領して、見事に鎮座しているその姿。
オレンジスポット・セルフィン・プレコの名の通り、まあ美しさもある。
となれば可愛くない訳でも無いが、いくら何でも大きすぎる。
その上、此奴は大きくなりすぎて、他の魚を入れても片っ端から喰ってしまうのだ。
後から調べた所によると超が付く程の“雑食性”らしい。
要はアクアリウムを止めるにせよ続けるにせよ、こいつを始末してからでないと話が進まないのだ。
この狭い部屋に、これ以上水槽を増やす気は無い。
田舎の友人に電話をしてみた処。
「あ~、あれに手を出しちゃったの。あはは……」
と乾いた笑いが帰ってきた。
知ってたなら教えてくれよ。
だが、友人の声の後方に“ある音”が響いた時、俺は全てを悟った。
何かが跳ねる水音、そして“ドスン”という聞き慣れた落下音。
そうか、お前も被害者か……。
そのまま電話を切った。
此奴は頑丈でもある。
また普段は中々動かないが、時々大きく跳ねる。
餌をやる時にじらすと特に跳び付いてくる。
巨体の半分を水槽から跳び上がらせて餌に飛びつく。
それが面白くて、餌をやっていた俺もアホだ。
そりゃ育つに決まってる。
反省して、始末を考えたはじめた頃から一週間程は餌抜きにした事も有るが、苔を喰って生きながらえ水槽の中から俺を追う目が恨みがましい。
結局、俺の方が先に折れた。
兎も角、それぐらい頑丈であり、今の様に飛びすぎて床に落ちても、しばらくすればケロッとしているのだ。
此奴を捨てる場所を具体的に考え始めた今朝、玄関で靴を履き終えた瞬間に聞き慣れた水音と床音の響きがあった。
……が、このチャンスを無駄にはすまい、と俺は気付かなかった事にしてそのまま部屋を出る。
のだが……、仕事を終えて帰ってきた時、此奴は背びれを振るわせて元気よく俺を迎えたのだ。
罪悪感で一杯だったが思わず叫んだよ。
「頼む! 死んでくれぇ、プレ子ぉぉぉ~!」
当然そのままにもしておけず、水槽に戻す。
その時、ついつい独り言が出てしまった。
「お前が可愛い女の子だったら、こうやって抱き上げるのも苦にならんのだがねぇ」
と……。
その晩、妙な夢を見た。
声だけが聞こえる。
『あたしを捨てる気でしょ?』
プレ子だ! 驚いたが返事をせずに無視する。
『黙っているってことは、そうなんだ』
「だって仕方ないだろ。お前、大きすぎるんだよ! 他の魚まで喰っちまうし……」
『だって、ご主人があいつ等の方を可愛がるからいけないんだよ。
あたしなんか、要は掃除屋替わりでしょ?』
「まあ、掃除屋替わりってのは間違ってないが、でも名前を付けたのはお前だけだぞ!」
『でしょ! あたし特別!』
「特別、酷い……」
『明日も暴れる!』
「頼む、止めて!」
『でも、さっきの話、ホントかな?』
「さっきの話?」
『あたしが可愛い女の子なら、って』
「あっ、 ん、まあね」
『じゃあ、捨てるのはもうちょっと待って! 神様にお願いする』
「何を?」
『そりゃ当然!』
……
そこで目が醒めた。
寝ぼけ眼のまま水槽に目を向けるが相変わらずプレ子は底の方に鎮座している。
何時も通り顔を洗い、朝食を取って身支度をする。
それからプレ子に餌をやって玄関を出た。
何故か奴を捨てる気など疾うに失せてしまっている。
プレ子、こいつ一匹だけの水槽で何が悪いのだろうか?
そう思う様になったのだ。
仕事を終えて帰って来ると、部屋の明かりが灯いている
消し忘れたのだろうか?
いや、今朝は電灯など点けなかった筈だ。
不審に思いドアノブをひねる。やはり鍵は掛かっていない。
やられた! 泥棒に入られた!
そう思って、絶望感一杯に室内に目を向ける。
と、目の前に十歳ぐらいの可愛らしい女の子が変わったメイド服姿で立っている。
黒いメイド服全体に広がる、白いまだら模様。
まるで迷彩のように有り得ない柄の筈なのに、やけにこの子に馴染んでいた。
それから彼女は、
『お帰りなさい、御主人様!』
などと何処かのぼったくり喫茶みたいな台詞で俺を迎える。
「き、君、誰だ! ひ、人の家に勝手に入っちゃいけないよ」
嫌な予感がする。頼むから“あの名”を出してくれるなよ。
そう願った。
「私、リアです」
「王様?」
「誰がシェィクスピアやねん!」
胸元に突っ込みが入る。
が、“プレ子”と言われずに済んだのには、ほっとした。
ふと、部屋の中を見渡すと綺麗に片付いている。
あちこちキラキラ光る程であり、部屋が明るいのはLEDライトの為だけではなく、部屋全体が光を反射しているからだ。
はっ、と慌てて部屋の奥に駆け込み水槽を見る。
やはり、空だ……。
振り返って女の子を見ると、にっこりと笑った瞳に何故か見覚えがある気がした。
その時、俺は思い出したのだ……。
セルフィン・プレコ
学科分類:『ロリ化、リア』 いや『ロリカリア(loricariideae)』
ヒンヌー教徒の皆様お元気でしょうか。
何書いてるんだか分からない、私は何なんでしょうね?




