僕は別に出世を求めてない
*
世の中の大概の人間たちは肩書きや地位、名誉、金などを求めたがる。僕もそんな人間を吐いて捨てるほど見てきた。特に肩書きにこだわるヤツほど厄介でバカな人間はいない。学歴や職歴、それに今いる地位などが一体何の役に立つというのか……?世間を<勝ち組・負け組志向>で見るのも愚かな風潮だと思う。ずっと作家としてやってきて、もうある程度年数が経つのだが、別に創作家としての出世など求めてはいない。自分を押し殺してまで売れようとは思わないからだ。確かにスター作家はカッコいいのかもしれない。でも単にそこにまで上り詰めたというだけで、そこから先の保障など何もないはずだ。長年大勢の作家たちと交流してきた。メールし合ったり、実際に会いに行ったりしたこともある。だけど、僕にとってそういった物書きたちのどこがいいのか分からない。変な言葉が流行っている。リア充?何だそれ?そんな略語のような物を使って人間を語るだけの神経が分からない。単に裕福な家庭に生まれ育ち、潤沢に教育資金を掛けられてから、そうなっただけなのだろう。僕自身、地方の三流私大の文学部中退である。何の取り柄もないと言えばそうだろう。だけど自分なりに作品を書き続けてきたつもりである。編集者に手厳しく叱られながらも……。だからそういった安手のスター作家など羨ましいとも何とも思ったことがないのだし、現に今でも思ってない。自分は自分、他人は他人である。関係ないのだ。ずっとパソコンのキーを叩きながら原稿を作る。確かに月刊の文芸雑誌に五本、週刊誌に三本、それに新聞連載も掛け持ちで複数紙持っていた。毎日忙しいのだ。合間に単行本の書き下ろしもある。ある程度出世している物書きかもしれない。でも出した単行本もそんなに売れてなくて、入ってくる印税などわずかである。僕の生活資金の大部分は原稿料で賄われている。派手に売れる作家じゃないからこそ出版社側も画策して掛かる。僕を売り物にしたいと。早合点してもらったら困るから言っておくが、僕自身、どんなに褒められようが煽てられようが、作品を書くのに使う時間は一定なのである。それ以外の時はプライベートに充てていた。DVDレコーダーに録り溜めていた映画やドラマを見たり、外出したりしている。付き合っている彼女の亜衣は一回り以上上で、四十代だ。だけど気楽だった。休みになれば彼女と一緒にいる。しかも僕の方が亜衣の自宅マンションに行き、会っていた。疲れていた心身を補修してくれるのは彼女なのである。会ったときは何もかもを忘れてゆっくりしていた。食事などもちゃんと買ってくれていたので一緒に取っていたのだし……。
*
「悠馬、疲れてない?」
「ああ、幾分ね。……君の方はどうなんだ?」
「あたし?あたしは気楽よ。単なる会社の一女性社員だからね。別に困ってることなんかないし」
「そう……」
言葉尻に含みを残すと、亜衣が、
「あたし、別にウソ付いてるわけじゃないから。悩み事は自力で解決してるし」
と言った。僕もそれ以上詮索するのは止めて、
「腹減ってるから何かない?胃に物入れておかないと、力出ないし」
と言って空腹を訴えた。彼女が立ち上がり、
「お弁当買ってあるわよ。悠馬の分はライス大盛りで」
と言ってキッチンへと入っていき、買い込んでいたお弁当を手に取る。僕も笑顔が漏れ出て、少し疲れが癒えたので、
「食事取ればいくらか違うかもな。俺もある程度年齢行っているし、空腹には勝てないからね」
と言った。亜衣も笑顔になり、
「あたしも同じお弁当にしたわ。だけどライスは通常量で」
と返して、キッチンを抜け出、リビングへと入ってくる。僕もさすがに美味しい食事に有り付けると思ったので気持ちが楽になった。彼女が淹れてくれたコーヒーは濃い目で美味しい。僕もその濃さに慣れていた。エスプレッソの方がいいのだ。気持ちも変わるのだし……。揃って食事を取り始める。普段からずっとキーを叩いてばかりなので疲労はあった。自然に治る類のものもあったが、別にそう気にしているわけじゃない。単にストレスや過労など、人生において一時期味わうものだ。胃に穴が開いているわけじゃなかったのだし、ストレスや心労などから来る疲れである。とりわけ気に掛けることじゃなかった。気に掛けることと言うよりは、むしろこういったときもあるとぐらい楽観的に考えるのが一番だ。僕もそうしていた。今、何かに取り付かれたようになっている。だけどそれもいずれは時が解決するのだ。考えすぎるところが作家の悩みと言えばそうだろう。亜衣のように外で働き続けている人間とはライフスタイルがまるで違うので……。
*
食事後、洗面台で歯を磨いた。彼女が歯ブラシを一本用意し、コップに差してくれているのである。僕もそれを使って歯磨きした。疲労は溜まるのだが、考えても仕方ないことを考えているような気がしている。いわゆる杞憂というやつだった。いくら考えたことで仕方ない。互いに歯を磨いた後、どちらからともなく抱き合った。ゆっくりと。腕同士を絡め合わせてキスから入り、遠慮なしに抱擁し合う。そのときは何も考えずに済んでいた。余計なことは頭から追い出してしまってから性交する。体を重ね合って。そしてベッドの上で戯れ合った。亜衣は僕と同じく結婚歴がない。普通の四十代独身の女性だ。別に不倫しているわけじゃなかったので、堂々としていてよかった。僕もよくブログなどに書くことがある。年上の彼女がいると。ユーザーもコメントなどでいろんな反応をしてくるのだが<相崎悠馬に彼女がいるって知らなかったな>などと書かれていたりする。別に気にしていなかった。ネットユーザーは面白いネタなどがあれば、いろいろと書き綴るのである。当の僕も全く気に掛けてない。逆に亜衣の写真を目元にモザイクを入れたりして公開することがあった。アピールする方なのである。単に現役の男性作家と一般人女性のカップルというだけで。抱き合い、やがて絶頂へと達した。ゆっくりとした感じで。僕もずっと仕事が続いたので、せめて彼女と時間が合うときはこうやって抱き合っていたかった。年齢差など関係ない。僕たちは十分楽しめているのだ。お互い納得し合っていて。別に不倫や浮気などをしているわけじゃない。堂々としていればいいのだ。まあ、僕の方がたまたま職業作家をやっていて知名度があるというだけで、それ以上のことは何ら関係なかったのだし……。それに週刊誌などにゴシップが書かれていても気にしてない。こんなことはいくらでもあるからだ。僕も人気はあるのかもしれなかったが、亜衣との関係は続けるつもりでいた。別に作家として出世する欲など、ほとんど求めてないのだし……。それに普段はずっと執筆が続いているので、オフの日ぐらいは尚更体を休めたかった。もちろんいつも朝晩メールは欠かさなかったのだが……。
(了)