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デッドエンドを呼んでくれ

作者: 佐原古一

1.発端

 都市開発が進んでバスの便が良くなった。外国からの観光客も珍しくない。東洋語を話せる店員を置く店も多くなった。

 ただ、どれだけ時代が変わっても、変化しないものがある。

 それは、悪さをする奴というのはどこにでもいて、そういう奴らに復讐したい人間というのも、どこにでもいるということだ。


 そろそろ日付も変わろうかという頃、俺は自分の部屋でオートマの手入れをしていた。この国に越してくる前から使っていた仕事の相棒、歴戦の勇士。ただ一度、俺が撃たれた時に、その銃身で俺の心臓を守ってひび割れて換装することになり、俺も無傷ではすまなかったが、今はこうして事なきを得ている。

 手入れを終えて「そろそろ眠ろうか――」。そう思った時だった。

 玄関の扉を拳で打ち付ける音がした。一体誰だろうか、こんな時間に……。渋々俺は玄関に出向き――そっと覗き穴から、訪問客を伺う。

 レンズの向こうから見えてきたのは、黒い頭髪と鈍色の目。十五、六歳の少女だった。こんな夜遅くに子どもが一人街をうろつき、こんな所へ来たというのか。

 何のために――?俺は扉越しに声を掛ける。

「誰だ」

「ここで何でも引き受けてくれるって聞いたの。私の話を聞いて!」

 ということに、一応してある。近所で俺は「便利屋の青年」ということになっているのだ。

「ちゃんとお金は持ってきたわ!だから中に入れて話をさせて!」

「何時だと思ってんだ。明日にしな。あと誰とも分からん奴を部屋に入れてやる気はねぇ」

「私はアヤサ!ねぇお願い!話を聞いて!」

「帰れ」

「聞いてくれるまでココから動かないから!」

それから三十分。とうとう根負けした俺は、錠を外してアヤサを部屋に招き入れた。


 すっかり冷えてしまった小さい身体を見かねた俺は、黙ってホットミルクを差し出した。

「…………(ありがとう)」

 俺の知らない言葉を喋って、アヤサは照れくさそうに眉を顰めた。どうやら礼を言われているらしい。

「で、話ってのは?」

 俺が切り出すと、アヤサは静々と語りだした。

 アヤサの父親は、この国で行方不明になった。彼女は消えた当時の父の面影を映した写真と、父の友人達から得た証言を頼りに、父親を探しに出国したらしい。しかし身一つで出て来たもの、早々に捜査は行き詰まり、アヤサは噂を頼りに、俺の所にたどり着いたということだった。

「そういうのは警察の仕事だろ」

「警察は駄目。もう何年も手がかりが掴めてないし……。それに……」

 そう言ってアヤサは口ごもる。要するに、アヤサの父親も探られると痛い腹がある人物だったのだ。死してなお父親の名誉を汚したくないのだろう。アヤサは内密にしてくれと言って、俺が一生かかっても稼げないような金額が書かれた小切手を出してきた。このことからも、アヤサの父親がどんな人間だったのかが分かる。


 アヤサは俺の部屋に、自分をしばらく置いてくれと言ってきた。ずっとホテル暮らしで人恋しくなったのかも知れない。家の手伝いくらいならするというので、家事を任せた。そして一つ、「この辺は物騒だから戸締りに気をつけろ」とだけ言って、俺は家を出た。

 さてどうしたものか。俺はとりあえず仲間内で情報を集めたが、首尾はさっぱり悪い。ツテを頼って信用できそうな情報屋を当たったが、どれもハズレだ。何一つ網に引っかからない。それにしても、どうしてアヤサは俺を頼ったのだろう?

 人探しを専門にしている奴はいくらでもいる。俺の専門は暗殺だ。密かに、あるいは見せしめに衆人環視の中で目標を始末する。ちなみにそんな俺を、人は「デッドエンド」と呼んだ。

「何でも屋をしている」という手前引き受けたが、「探偵」という探し物のエキスパートだってこの世にいる。

 何故俺なのだろう?結局アヤサの父親に関する情報を得られないまま、二週間が経った。


2.発端の発端

 いつもの店でランチを食べていると、声をかけられた。ジャックという男だ。この国に来てから一番付き合いが長い情報屋で、奴は「隣いい?」と言って、勝手に俺の隣の席に座った。

「兄さん、一年前に請け負った仕事があったろ?アジアの密輸商を始末の仕事だよ」

「……そういうこともあったな」

 ということにしておいたが、俺はその時のことを覚えていない。

「その子どもがね、兄さんを探してこの辺に来ているらしいんだ。まぁこんな仕事をしてるから言われるまでも無いだろうけど、気をつけてね」

 そう言ってそいつは、カバンの中から写真を取り出した。まだ新しい。

「密輸商の屋敷にあった遺留品だよ。ある筋から譲ってもらったんだけど、その中に家族の写真があったんだ。役に立つことがあるかも知れないから、持っておきなよ」

 俺は差し出された写真をまじまじと見つめた。

 写真に写った親子の顔を、背の高い順に眺めてみる。威厳のある、快活な笑顔を浮かべた父親らしき男。その男に付き従う奥ゆかしそうな女性。そして天真爛漫そうな、黒い髪と鈍色の瞳がよく映えている娘らしき少女。俺は礼を言うと、素早くその場を立ち去った。


 俺は帰宅した。扉は開いていた。戸締りに注意しろと言っているのに。アヤサは台所で包丁を拭いていた。じっとテーブルの上を見る。暖かそうなスープが二つ並んでいた。

「どんな気分だろうな。自分の父親を殺した男の為にスープを作るっていうのは」

 アヤサは目を瞠った。しかし、怯えたような様子は無い。むしろ……堂々としていた。

「気づいたのね」

 悪さをする奴というのはどこにでもいて、そういう奴らに復讐したい人間というのも、どこにでもいる。

「思ったより、早かったかな」

 そう言ってアヤサは、まっすぐ俺を見つめた。撃ち抜くような視線だ。状況は俺の方が有利……のはずが、何故だろう。思わず肩を引いた。

「あなたや他の人から見れば悪人だったかも知れないけど……私の父親は、あの人だけだったから」

「この部屋に自分を置いてくれって言ったのは、家にいる時の俺の行動パターンを観察する為か。どんな腕のいい殺し屋雇ってんだか知らねぇが、依頼人にこんなことさせるような奴は、ろくなもんじゃねぇ」

「違うわ。私が望んだの。あなたの死を間近で見たかったから」

 俺は首を横に振る。

「さあ、とっとと右手に持った包丁を下ろしな」

「嫌よ」

「震えてんじゃねぇか」

「うるさい……!」

「分かった。あと一つだけ言わせろ」

 俺はジャケットの中に手を入れてオートマを握った。

「伏せてな」


3.発端の発端、その後は……

 ものの十秒で始末を終えた。ソファの後ろ。扉の向こう。いつからか居た侵入者は、あっけなくオートマと俺の蹴りの餌食になった。持ち物から察するに、アヤサを殺しに来た輩らしい。アヤサは自分が他人を狙いこそすれ、自分が狙われているとは思わなかったのだろう。こいつらは、アヤサが国を出る前から彼女の後をつけていたと思われる。

「だからよ、戸締りには気をつけろって言ったろ」

 アヤサは黙っている。そりゃそうだろう。殺すつもりだった仇に、逆に命を助けられたのだから。

「さ、子どもはもう帰んな。これでよく分かったろ。ここはお前が思ってるより、ずっとおっかない場所なんだよ。これに懲りたら、二度とこの世界に顔を突っ込むな」

「……本当に、噂通りの何でも屋さんね」

 そう言ってアヤサは、顔を上げた。

「子どもと、女に甘い」

 そう言うアヤサの顔は何故か晴れやかで……ぞっとするほど、女らしかった。

 翌朝、のそのそ起きてきた俺は、テーブルの上に朝飯が無いことに驚いた。しかし、アヤサが昨夜の内に出て行ったことをすぐ思い出して「当たり前じゃねぇか」と思い、久しぶりに自分で朝飯を作る。

それ以来、毎日食卓にスープが並ぶようになった。自炊した飯の味は、その人間が一番美味いと感じた味や、家庭で食べた味に似るという。思えばカレーにワインを入れるようになったのは、アヤサが来てからだったような気がする。

 誰だって飯の味は、まずいよりも美味い方がいいのに決まっている。

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