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「見えているよ」

作者: サラダ
掲載日:2026/05/01

短編です。

丘の上で風が走っている。

少女はいつものように草の上に座り、空を見上げた。その日は雲が少なく、山の稜線がくっきりと空に刻まれていた。


それがいた。


何かだった。大きさも距離もわからない。ただそこにあって、無数の目が、全部こちらを向いていた。


震えが止まらなかった。立ち上がることもできず、ただ草を握りしめたまま固まっていた。やがて日が傾き始める。

「何をしとる?行くぞ」

祖父は一度だけ、空を見た。

少女はようやく立ち上がり、転がるように丘を下りた。一度も振り返らなかった。


次の日、また丘に来ていた。

なぜかはわからなかった。怖かった。昨日と同じように震えが来た。それでも足は止まらなかった。

少女はそれを見上げ、口を開いた。

「見えているよ」


その瞬間、それがわずかに揺れた気がした。


少女は駆け足で家に帰り、夕飯の途中で祖父に話した。祖父は静かに少女を見て、それからスープに視線を戻した。信じていなかった。


次の日も丘に来た。

「見えているよ」

また来た。

「見えているよ」

それを言うと、少しだけ安心した。


もう癖になっていた。それに話しかけることが、朝起きて顔を洗うのと同じくらい当たり前になっていた。返事はなかった。それでも少女は話し続けた。今日見た花のことを、祖父が作ったスープのことを、夕焼けが綺麗だったことを。


ある日の夕暮れ、風がやんだ瞬間に聞こえた気がした。

「見えているよ」

少女は息を飲んだ。あたりを見回した。誰もいなかった。空を見上げると、それはいつも通りそこにいて、無数の目でこちらを見ていた。


気のせいだったかもしれない。それでも少女の足はさらに深くこの丘に根を張った。毎日来て、毎日話し続けた。


雨の日だった。

窓の外を何気なく見て、少女は息を止めた。

いつもより近かった。明らかに。それが、いつもの場所より低く、ずっと近くに見えた。

少女は家を飛び出した。


「待て」と祖父の声がした。振り返らなかった。

雨が顔を叩いた。

草が濡れて滑った。

足がもつれる。

踏ん張れなかった。


そのまま——落ちた。

斜面を、転げる。

石にぶつかり、息が詰まり、視界が揺れる。

どこが上でどこが下か、わからなくなる。


静かになった。

空が、やけに近かった。

それはそっと目を閉じた。


「見えていたよ」

読んでいただき、ありがとうございます。

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