第二十二話 名もなき断罪の終わりに(後編)
レーヴェンハイト公爵家の屋敷に招かれた俺は、屋敷の大食堂みたいなところで細長いテーブルの片隅に座っていた。
ただのモブ平民が王城の敷地を出入りしたり、公爵家の食卓につくとは、つくづく数奇な異世界生活だ。
レーヴェンハイト公爵婦人に、テオドール少年、そして俺の三人が席につく。とても気まずい。
遅れて、エリシアに声をかけに行っていたクローデリアが、エリシアとともにやってきて席についた。平民出身者が俺だけじゃないのはありがたいが、エリシアは聖女なので、ただの平民はやはり俺だけだ。
食事が運ばれてきて、終始俺は緊張しながら、前世での曖昧極まりないテーブルマナーを必死に思い出しながら、味のしない食事を進め、質問されてもしどろもどろに答えながら「早く時間よ、進みやがれ」とだけ念じ続けていた。
しかし、気づくと俺は、時間を進めるための苦し紛れにお願いした、聖女エリシアの話に引き込まれていた。エリシアはおっとり笑顔の中に少しの懐かしさと寂しさを滲ませながら語った。
この一連の「量産型偽聖女」騒動の物語の最後は、聖女エリシアと、一連の騒動の中心にいた大司教グレゴールが辿った、これまた数奇な運命の話で締めくくるとしよう。
「私は辺境の村の貧しい平民の家庭で生まれました」
エリシアはそう言って話を始めた。「辺境」という言葉は王都に住む俺たちにとっては蔑みの言葉であり、俺はその時点で衝撃を受けていた。(子どもの頃、いじめの対象となる子は「おまえ、辺境の子だろう」などと言われる)
「私は子供の頃から家の畑仕事を手伝って何とか飢えを凌ぐような生活でした。ですが、村の人々は貧しくも助け合う関係で、居心地は良かったんです。
私が12歳になった頃でしょうか。ある日、辺境伯様がいらして、私に『祝福適性試験』を受けるように言ってきたんです。辺境伯様は私の魔法量が多いことに気づいて、私だけでも貧しい生活を抜け出せるようにと考えてくださったのです。
そして私は、聖女として王都の聖教会の大聖堂に行くことになりました。不安ではありましたが、大司教グレゴール様は『辺境』の私にも大変お優しく、グレゴール様に守られながら、私は順調に魔法を学んでいきました。一方で、大聖堂の外に出ると、ひどい『辺境差別』にもあいました。
ですが、人々に治癒を施すようになると、私が『辺境』の出身であることを忘れたかのように、聖女として讃えられるようになりました。私も人を治癒し、感謝されることに喜びを感じてもいました。その頃、大怪我をしたクローデリア様や、大病を患ったテオドール様を治癒し、レーヴェンハイト公爵家とも懇意になりました」
「本当に、エリシアがいなかったら、私はお嫁にもいけないような体になっていたでしょうね」
クローデリアが懐かしむように言い、俺のほうをちらっと見た。
その視線は何ですか?
「ところが、あるとき私は重い病になり、立ち上がることもできなくなってしまいました。どのような病も治していた私が、自分の病を治すことはできなかったのです。
グレゴール様は私をとても心配し、必死に治療法を探してくださいました。しかし、私の患った病は奇妙な病で、どんな薬草も治癒魔法も効果がなかったのです。
私を、いえ『私たち』を苦しめたのは病だけではありませんでした。『聖女が突然治癒を放棄した』と、王都の人々が騒ぎ始めたのです。グレゴール様はやむをえず、私が病に伏せていることを公表されました。
しかし、それは人々を鎮めるどころか、魔炎に油をくべる結果になってしまいました。
人々は『聖女が病にかかるはずがない』と信じませんでした。それどころか、『聖女のせいで夫が重病で苦しめられている』『聖女のせいで子どもが大怪我で死んだ』と、私を責め始め、病や怪我以外のあらゆる不幸まで、『聖女が祈りをやめたせいだ』と言われるようになりました。
そんな折、王妃エレオノーラ陛下が重い病にかかり、国王フリードリヒ陛下が自ら治癒の依頼にやってきました。グレゴール様は私が病に伏せて『治癒』ができないことを懸命に説明してくださいました。しかし納得のいかないフリードリヒ陛下はそれでも私に治癒をさせるように強く命じました。
床に伏せっていた私に神官がそのことを伝えに来ました。私はグレゴール様に申し訳なく思い、できることをしようと思いました。私は立つこともできなかったため、神官の方々に王城まで運んでいただき、王妃陛下の横まで連れていただきました。私はベッドを這うようにしてエレオノーラ陛下まで手を伸ばし、必死の思いで『治癒』を試みました。すると頭に激痛が走り、私は気を失ってしまったのです。
目が覚めると大聖堂の自室に寝かしつけられておりました。もちろん王妃陛下の治癒は失敗です。目を覚ました私にグレゴール様は涙を流し、何度も『申し訳ない』と謝られました。
それからグレゴール様は必死に私の症状について調べてくださいました。高名な医師や治癒師を訪ね、あらゆる文献を調べ、グレゴール様はついに原因を見つけてくださいました。それは病ではなく、『呪い』だったのです。おそらくグレゴール様が人の人格を乗っ取るような呪いや、禁術『名喰い』に出会ったのもその頃かと思います。
グレゴール様を始め、何人もの神官の方が私の呪いの『解呪』を試みて、ついに私にかかっていた呪いは解除されました。
その後、もちろん私も聖女として『解呪』を学びました。
しかし、復帰した私が王妃エレオノーラ陛下を治癒するために王城に向かおうとした時には、王妃陛下はすでに亡くなっていました。王家は、聖教会を恨み、私を恨みました。そしてついには『しょせん辺境の平民か』と言われました。
それからというもの、王政府は聖教会につらく当たるようになり、私の悪評を流すようになりました。『辺境の平民』は聖女どころか、王都の民を害する悪人だと言われるようになり、町を歩けば罵られ、石を投げられるようになりました。聖女になる前と同じでした。聖教会への寄進なども減っていき、聖教会も弱まっていきました。
ある日、思い詰めた様子のグレゴール様が私に話があると仰いました。グレゴール様は、『王都の、いや王国の浄化をしよう』と持ちかけてきました。私はその意図がわからず、どういうことかと伺うと、孤児院で預かっている子どもの中に、人の人格を変えられる力を持った子どもがいて、その力で王国を作り変えるというのです。今思えば、私に呪いをかけたのもその子どもではなかったのではないかと思います。そして、その子どもこそがセラフィナだったのではないかと……」
「王国の浄化」のために、あの魔女のようなセラフィナが聖女に担ぎあげられたということか。……そういえばセラフィナはもう見つかっただろうか。
「私はそのとき初めて、グレゴール様に何か邪悪なものを感じました。私は『人を害することはおやめください』と答えました。グレゴール様は寂しそうな顔で、『王国の民があなたのように誰も恨まず、誰も害そうとしなければどれだけすばらしいことでしょうね』と仰いました。
その翌日です。私は突然大教会に押しかけた『王国騎士団』に逮捕されました。グレゴール様が私を庇うことをやめたのだと思います。
そして、『王妃、および複数の王都民を殺害した罪』『聖女と偽った罪』に問われ、断罪されました。そうして私は『偽りの聖女』となったのです。
名門のレーヴェンハイト公爵家が王政府に働きかけてくださり、私は死罪こそ免れましたが、聖教会を追放され、王都を追われることになりました。『断罪』によって、『異物』を取り除くのが王政府のやり方なんですね。グレゴール様がしたことと大差はないとも思います。
私が去った後の聖教会には少しずつ人が戻ってきたようで、聖教会を去ってむしろよかったと思っていたのですが、その裏でグレゴール様は今回のようなことを画策されていたようですね」
そうしてエリシアは話を終えた。
「あれ? 王都を追放になったのに、なぜレーヴェンハイト公爵家にいらっしゃったんですか? 俺なんて、元聖女エリシア様は辺境で野垂れ死んだって噂まで聞いていましたよ」
俺は疑問に思っていたことを口にした。
「私たちはエリシアがどれだけすごい魔力を持っているか知っていましたからね。子どもたちを救っていただいた大恩もありましたし、公爵家で匿って、王都に留まっていただこうと思ったのよ」
レーヴェンハイト公爵婦人がエリシアに代わって答えるが、それって王政府に楯突いていることになっていない? レーヴェンハイト公爵家ってなんだか変わっているな。
「私もグレゴール様と聖教会のことが気になっていたから、お言葉に甘えさせていただきました」
俺はもう一つだけ、気になっていたことがあった。それを尋ねるべきか迷ったが、はっきりさせておいたほうがよいと思ってまた口を開いた。
「テオドール様はなぜ『名喰い』を施されていたのでしょう? レーヴェンハイト公爵家がエリシア様を匿われていたことと関係があったのでしょうか」
これにはテオドール少年が答えた。
「僕がグレゴール様の企みに気づいていたからだと思います」




