第二十一話 名もなき断罪の終わりに(前編)
偽聖女と聖教会が引き起こした一連の騒動の終わりにちょっとした奇跡が起こった。
それは、当事者たちにとっては少しも「ちょっとした」ことではなかったのだが。
宰相ジークフリートとの「断罪結社」会議を終え、クローデリアと俺は王城を後にした。
「今日は俺がクローデリア様をお屋敷までお送りします」
クローデリアは「ありがとう」と言って応じた。
俺が守られてばかりでは格好がつかないからな。
そうして二人で王城前広場の大通りを進み、レーヴェンハイト公爵家の屋敷への帰路についた。
「お母様!」
どこかで聞いた声がした。
この大通りで前に見た奴隷の少年だ。
「またやってるのか、おまえは!」
主人の商人らしき中年の男が鞭を持って登場する。
頭にターバンのように包帯が巻かれていた。俺が当てた石のダメージか? ジークフリート並みに防御力が低いと見える。
「あなた……」
「お母様」と呼ばれた貴族の婦人が、奴隷の子を目にして、驚いたような、悲しげなような、複雑な表情を見せていた。それは以前見たような困惑の顔ではなかった。
「レーヴェンハイト公爵婦人、毎度大変申し訳ございません。今度こそちゃんと躾けますので」
そう言って商人の男が鞭を振り上げる。
「やめなさい!」
レーヴェンハイト公爵婦人と呼ばれた貴婦人と、俺の隣にいたクローデリアが同時に叫んだ。
商人の男が驚いて鞭を振り下ろすのを止めた。
ん? レーヴェンハイト公爵……?
「テオドールなの?」
レーヴェンハイト公爵婦人が言った。
「お母様……はい……僕はテオドールです。覚えていてくださったんですね……」
「ああ、なんてこと……ごめんなさい。あなたはいつも私に呼びかけてくれていたのに……なぜ今まで私は気づかなかったのかしら……」
レーヴェンハイト公爵婦人が涙を流し、ぼろぼろの少年に近づき抱きしめる。少年も大声をあげて泣いていた。
「さあ、帰りましょう」
「……ちょっと待ってください。わけがわかりませんな。なぜ奴隷の子がいきなりあなたの子どもになるなんておかしなことになるんですか? そいつはうちの商会で買った奴隷です……勝手に連れていかれちゃ困りますよ」
レーヴェンハイト公爵婦人が商人の男を睨む。
「この王国で『奴隷』が許されているとお思いなの? お望みなら、公爵家が相手しますわよ」
商人の男が怯んだが、何とか食い下がろうとする。
「くっ……せめて奴隷のお代をいただけませんか?」
男の言葉に、レーヴェンハイト公爵婦人が蔑んだような目を向ける。
「誘拐した子どもを人身売買すると言うのね。わかりました。では正式に断罪の手続きを始めさせていただきますわ」
「……すみません。何でもございません」
レーヴェンハイト公爵婦人はそれ以上何も言わず、テオドールの手を引いた。
「お母様!」
今度はクローデリアだ。クローデリア・レーヴェンハイト。レーヴェンハイト公爵令嬢。
「あら、クローデリアじゃない。ほら、見て、こんな姿になってしまったけれど、あなたの弟のテオドールよ。あなたも覚えているでしょう?」
レーヴェンハイト公爵婦人は娘がいることにも気づき、テオドールを示した。
「もちろんですわ。……テオドール、よくがんばったわね」
テオドール少年……テオドール・レーヴェンハイト公爵令息は姉を見て微笑んだ。
「お姉様……誰も僕のことをわかってくれなくて……辛かったです」
「そうね、辛かったわよね。でももう大丈夫。この王都のヒーローが、あなたの名前を取り返してくれたわ。もう二度と誰もあなたのことを忘れないわ」
そう言って、クローデリアが俺のほうを見た。
「あら、こちらの方は?」
レーヴェンハイト公爵婦人も俺に気づき、尋ねてきた。
……俺はクローデリアの何なんだ? 「断罪結社」の同僚? いや、秘密結社なんだから。秘密にしておかないといけない。
クローデリアに目を向けると、こちらも思案している様子。社畜的には偉い人には即答が原則なのに!
「俺はクローデリア様の奴隷でございます」
俺は苦し紛れの卑屈さ100%スマイルを公爵婦人に飛ばした。
が、この流れで「奴隷」って……何やってんだ、俺!
「あら、それは素敵ね」
素敵ですか!? 息子を奴隷にしていた商人はあんなに責めていたのに!? 娘が奴隷を連れているのは素敵なの!?
「そうなの。とっても素敵な奴隷さんなの」
クローデリアが笑みを浮かべて答えた。
何だこの母娘は……
「せっかくだからお屋敷にお招きしたらどう? お夕食でもいかがかしら」
なぜ平然と初見の「奴隷」をいきなり貴族の食卓に招くのだ。あなたたちにとっての「奴隷」は何なのだ……




