第十六話 名もなき断罪2
俺は、王城から王都の入り口となる城門までまっすぐ続く大通りを歩くことにした。理由は人がたくさんいるから。
とはいえ、偽聖女がいないところで石投げスキルを使ってしまうと自分に当たってしまうので、慎重にいかなければならない。
偽聖女っぽいのを見つけて確証を持ってから石を投げよう。
「お母様! 待って! 置いていかないで!」
大通りを歩いていると、道端に座る幼い少年が泣き叫んでいた。
泥に汚れた服を着て、痩せ細り、首には縄がかけられていた。
——奴隷の子だ。
その子どもは、明らかに貴族と思われる貴婦人に向かって「お母様」と呼びかけていたのだ。
奴隷の子が貴族の婦人に「お母様」はないだろう……。どこの貴族のお母様が、奴隷の子どもを自分の子どもとして認めると思っているんだ。奴隷の身から抜け出したいのはわかるが、もうちょっと相手を選ばないと。
「おまえ、またやってるのか! 申し訳ございません、レーヴェンハイト公爵婦人。しっかりと躾けておきますので」
そこに奴隷の主人の商人と思われる中年の男がやってきて、子どもを叱りつけ、鞭で打った。
子どもは「うっ、うっ」と泣き続けていた。
「なぜ私のことをいつも『お母様』なんて呼ぶのかしら。……その子、お名前は何と申しますの?」
レーヴェンハイト公爵婦人と呼ばれた女性が商人の男に尋ねた。
「名前ですか……? 名前なんてないですね。家畜と一緒ですよ」
そしてまた商人の男は子どもの奴隷を鞭打った。子どもは声もあげず、鞭の痛みに気を失ったようだった。
奴隷の子とはいえ、ちょっとやりすぎでは?
そう思いながらも、厄介ごとを好まない俺はその場を通り過ぎて歩き進んだ。
かなり距離を置いてから、俺は振り返った。商人の男の姿はかなり小さくなっていたが、まだ俺の視野に入っていた。
俺は「傷害罪」の罪状を設定し、スキルを発動した。
「断罪の石投げ」
俺の手から石が放たれる。
「いてえ!」という絶叫が遠くで聞こえたので、俺は走って逃げた。
すまない、名もなき奴隷の少年よ。チンケなモブ平民の俺にできることはこれくらいしかない。
気を取り直して俺は大通りを進み、偽聖女っぽい女を探すが、「偽聖女っぽい」ってそもそも何なの?
大通りには人がたくさんいる。見通しもいいし、諦めてそろそろ投げるか。
罪状を「偽聖女」に設定する。
そしてあまり目立たないように小声でスキル発動を試みる。
「断罪の石投げ」
俺の手から放たれた石は当然のようにUターンして俺に向かって戻ってくる。それでも向かってくることがわかっていれば防ぐだけだ。
俺は両手で頭を隠す。
が、石は両手の隙間をうまいことかいくぐって、俺の額にヒットした。
額から血が流れてきた。
痛い。
くそっ! もう一回だ。
「断罪の石投げ」
石はまたUターンし、俺を目がけて飛んでくる。今度こそ防ぎ切ってみせる。
そのとき——鋭い剣の一閃が石を弾いた。
何っ?
「私があなたを守るわ」
えっ? マジで何? 怖っ。
剣で石を弾いたのは、今朝も俺を尾行していた謎の貴族令嬢だった。
何なの? 異世界にもストーカーとかいるの? きれいな貴族令嬢の女子にストーカーされるなんてちょっと嬉しい……けどやっぱり怖いわ! めっちゃ剣振ってるし。何で貴族令嬢が剣を振るうの?
「あの……ありがとうございます。ですが、どちら様でしたかね?」
俺は改めて尋ねた。
すると貴族令嬢はまたすすり泣きを始めた。
怖いけれど、何だかかわいそうになってきた。
「だ、大丈夫ですよ。生きていたらきっといいことありますから」
「本当?」
俺は貴族向けの卑屈さ100%のスマイルを見せて頷いた。これも前世の社畜時代に身につけたスキルだ。
「ふふふ、変な笑い方」
よし、なんか知らんけどウケた。
「ところで、俺のことをご存知なのですか?」
俺が尋ねると、貴族令嬢は頷く。
「ユウマ……ユウマ・クレイ」
あれ? やっぱり知ってるの? それなのに平民の俺のほうが貴族の方を知らないってけっこうまずくない?
「あの、大変失礼を承知でお尋ねするのですが、俺はいわゆる『モブ』平民というやつでして、人から覚えられるのも、人のことを覚えるのも極端に苦手でして……本当にたいっへん失礼ですが、あなたのお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「私の名前……?」
俺は再び卑屈さ100%のスマイルで頷く。
しかし今回は通じず、貴族令嬢が言葉を詰まらせたかと思うと、再びすすり泣き始めた。
俺はついにパニックに陥った。
「あの、あの、これ、すごい秘密なんですけど、俺、実は宰相直轄の秘密結社に所属しておりまして、世の中を良くするために全力で頑張っています。必ずあなたを悲しませる何ものかをどうにかしますので、ご安心ください!」
悲しませる何ものかもこの女が何者かもわからないのに何を言っているんだ、俺は!?
「本当?」
貴族令嬢がわずかに微笑んだ。
なんか知らんけど上手くいったか。
「それでは、俺はあなたを悲しませる何ものかを急いでどうにかしてきますので、失礼いたします。それでは!」
そう言って俺はその場を離れ、走り出した。
たぶん……いや、絶対ついてきているよな。
怖いから振り返らないけど。
気づくと、俺は再び奴隷の子がいた場所にたどり着き、足を止めた。
なぜ止まったかというと、そこに変な女がいて、奴隷の子を治癒をしているようだったから。奴隷の子を治癒するなんて聖女っぽいな、と思ったから。
そして、よかったな、奴隷の少年。生きていれば必ずいいことはあるさ。
俺がじっとその様子を見ていると、聖女っぽい女が俺に気づいた。
「あら、あなたもおケガしてますね。治癒いたしましょうか?」
そういえば俺は、自分で自分に石を当てて血を流しているやばいやつだった。
しかしこの女、おっとり笑顔がまた胡散臭いな。
「ひょっとして聖女様ですか?」
俺はストレートにそう尋ねた。
すると、聖女っぽい女は少し考えてから言った。
「……『偽りの聖女』という二つ名はありますわね」
ビンゴ! 偽聖女見つけちゃった。
俺って優秀すぎる。
ジークフリートに引き渡して断罪だ!




