第十話 偽聖女の断罪4
道中に何度も偽聖女に声をかけられながらも、俺はクローデリアに守られながら帰路についた。
途中、俺たちは聖女の「治癒」を受ける老婆を見かけた。
聖女が老婆の頭に手をかざし、「治癒」らしき魔法を施すと、病が治ったのかどうかはわからなかったが、少なくともその表情は明るくなり、次第にあの「聖女の笑顔」を見せるのだった。
俺たちは確信した。偽聖女は治癒と祝福によって偽聖女を量産しようとしている。急いで止めなければ王都にさらに偽聖女が増えてしまう。
「でも『聖女』を名乗る以外には別に悪いことをしているわけではないんですよね」
「本当に治癒して祝福しているのだとしたらそうだけれど、もし『呪い』であるなら話は別だわ」
「でもあのおばあさん、笑ってますよ。『呪い』と決めつけているのも俺たちのほうで、人を幸せな気持ちにしているのなら『呪い』だとか罪だとか言っていいものなのか……」
「じゃあ、ユウマもあの聖女の祝福を受けたいの?」
「絶対に嫌です」
「私も絶対に嫌。他人に無理やり笑顔にさせられるなんて」
「でも治癒や祝福を受けたい人が受ける分には、それを止める権利が俺たちにあるのかもわかりません。特に苦しんでいて、偽聖女にすがってでも、少しでも楽になりたいような人がいるなら……」
「騙されて治癒や祝福受けさせられている人もいるはずよ。少なくともそれは止めないといけないわ」
それはそうだと俺も納得した。納得しながらも、わかりやすい悪をスカッと断罪しているところにヤジと石を飛ばしたいんだけどな、と思っていた。
ともかくも、クローデリアは公爵家のつてで解呪ができる者を探すことになった。
「何か困ったことがあったら遠慮なく私に助けを求めるのよ」
俺を無事に送り届けたクローデリアが別れ際にそう言った。公爵令嬢にそんなことを言っていただけるとは、モブ平民にあってはならないほどの幸運だが、それにしても一回たまたまスキルで助けただけの俺になぜそこまでしてくれるのかは疑問でもあった。
俺が家に帰ると、父が工房で忙しそうに剣を打っていた。
「ユウマ、帰ったか。から大量の武器の発注がきたんだ。ユウマも手伝ってくれ」
「聖教会? 何でまた」
「聖教会と言えば聖教会騎士団の聖騎士様の武器だろうよ。うちは聖騎士様も王国騎士様もお得意様だぞ」
偽聖女と直接の関係はないだろうが、聖騎士が急に武器を必要とする意図がわからず、少し不気味に思った。
「仕事なんかより断罪を見に行きたいんだがな。ユウマ、おまえあのリュシアとかいう偽聖女の断罪の続きをいつやるのか知らないか?」
父は俺がクローデリアを陥れようとしていた偽聖女セラフィナに石を当ててから、たびたびジークフリートと会っていることをもちろん知っている。俺がジークフリートから何か情報が得ていないか知りたいのだろう。
仕事に没頭していたならば、父は外の様子も知らないはずだ。
「見通しはまだないと思うよ。もう少し証拠を固めないと断罪はできないよ」
「そうか」と父は露骨に残念そうな表情をした。しかし断罪見物ともなれば平気で仕事を放り出す父だ。断罪が始まれば聖騎士の武器の納期は守れなくなるだろう。
父は鍛冶屋としての腕は確かだ。大口の受注で失敗しないためにも、断罪はしばらくお預けにしておいてもらったほうがいいだろう。
「じゃあ、俺も仕事を手伝うよ。必要な素材の調達も俺がやるから」
そう言って俺も父の作業のサポートに入る。状況が沈静化するまでは父には籠って仕事に集中してもらおう。
そうして鍛冶の仕事を手伝っていると、工房の戸を叩く者があった。
「ごめんください」
男の声だ。客だろうか。
「俺が出るよ。父さんは作業を続けていて」
俺は作業を止めて工房の入り口に行き、戸を開けると、そこには愛想のよい屈強そうな男がいた。男は聖騎士の制服を着ていた。
聖騎士ということはお客様か。
「すみません、親方は作業中なんですが、ご用件は俺がお伺いします」
俺は低姿勢でお伺いする。
「聖女の治癒はいりませんか?」
愛想のよい聖騎士は「笑顔」でそう言った。
すると聖騎士の後ろから一人の女が顔を出した。その女の顔には「聖女の笑顔」が張り付いていた。
「ひぃっ!」
俺は驚いて後ずさり、尻もちをついた。
「どうした?」
父が後ろから声をかけてきた。
「大丈夫だよ、父さん。仕事を続けていて」
俺は息を整え、気持ちを落ち着かせ、聖騎士と聖女に向き直る。
「体調は悪くないですし、今は作業中なので、治癒はけっこうです」
はっきりと治癒を断った。
「では祝福させていただきます」
偽聖女の女が言う。
「いえ、祝福も要りません」
頼む。帰ってくれ。
俺の願いも虚しく、今度は聖騎士が口を開く。
「では、あなたは異端者ということでよいですか?」
「は?」
「聖女の祝福を受けないということは異端者です」
何を言っているんだ、こいつは?
「異端者には処罰を与えることになりますが、良いですか?」
そう言うと聖騎士が剣を抜いた。処罰するってそういうこと?
聖騎士の剣の刃の根本に父の銘が彫られているのが目に入った。うちの製品なら切れ味と強度は保証されているね。
「どうしますか? 祝福ですか? それとも異端ですか?」
どっちも嫌だが、殺されるくらいだったら祝福のほうがマシなのか?
……祝福を受けたらもう二度と断罪見物を楽しめなくなる予感がする。それで俺は生きていると言えるのだろうか? 俺が祝福を受けたら父も同じようにされるはずだ……。どうしたらいいんだ……。
「クローデリア様! 助けて!」
モブ平民の俺が窮地に陥って発した言葉は公爵令嬢に助けを求める叫びだった。
「では異端ということでよいですね?」
聖騎士が笑顔を貼り付けたまま、剣を振り上げた。本気で殺すつもり?
……それなら仕方ない。こんなモブ平民でも譲れないものがあるのだ。
また転生できるなら、もうちょっと自衛できるスキルくらいはつけてもらうか。
もう一度、クローデリアと一緒に、ジークフリートの断罪を見物を見たかったなと、ふと思いながら目を閉じて、今生の終わりを待った。




