第9話 - 武器がない? 殴りゃ良いんだよ
草原の真ん中で、パラディソは立ち尽くしていた。
下着一枚。武器なし。防具なし。金なし。
あるのは、身体だけ。武器になるものと言えば、拳だけだった。
「……ふっ……」
鼻を通した、乾いた笑いが漏れる。
詰み。普通なら、ここで街へ戻る。だが、パラディソは違った。
「この程度の苦境で、オレが折れるとでも……?」
口元を歪め、パラディソは呟いた。
呟いた後で、少しだけ考える。ゼリスヨは最底辺。核を壊せば倒せる。刃がなくとも、衝撃さえ加えれば――理論上では、倒せる。理論上は。
「武器がねぇなら作るまでだ……殴り殺してやる」
拳を作り、左手に打ち付ける。
軽い音。頼りない。だが、確かにそこにある。
パーティの盾役だった頃、この拳で殴ることは殆どなかった。
大剣を持ち、盾を構え、受けて、いなして、耐えて、時間を稼ぐ。殴るのはいつも、パラディソ以外の誰かだった。
草が揺れた。風ではない。
視界の端で、群青色の塊が跳ねた。ゼリスヨだ。
速い。相変わらず、腹が立つほど速い。だが、パラディソは動いた。
「――ッしゃおら! かかってこいやぁ!」
パラディソは避けない。構えもしない。
ただ、前に出る。ゼリスヨが跳ぶ。
顔面ではなく、胸元を狙ってくるのが見えた。
「ッらぁ!!」
思い切り、拳を振り抜いた。
ぐちょり、という感触。骨に、柔らかい反発が返ってくる。拳が、ゼリスヨの体内に半分沈み込んでいた。ぬるい。滑る。引き抜くのに、一瞬手間取る。その隙を、ゼリスヨは逃さない。反撃の跳躍。
「ちィ゙!」
とっさに腕で顔を庇う。
べしゃ、と音を立てて、ゼリスヨが前腕に張り付いた。すぐさま滲み出した溶解液が皮膚を溶かしていく。熱さに歯を食いしばり、その腕ごと地面に叩きつける。鈍い音とともに、草が舞う。さらに、もう一度。
「……離れ、やがれッ! クソゼリスヨが!」
殴る。叩き付ける。拳で、地面で、草原で。
武器などない。技術もさしてない。あるのは、体重と勢いだけだ。
数度目の衝撃で、ゼリスヨの動きが鈍った。震えが遅れる。
「あ?」
パラディソは気付いた。核が見えている。
半透明の身体の奥。小さな、それでいて硬そうな塊。
拳を握り直す。痛みはある。腕も焼けている。だが、今は関係ない。
「おらぁぁッ!」
拳を、叩き込んだ。
鈍い破砕音。次の瞬間、ゼリスヨの身体が一気に崩れ落ちる。群青色の液体が地面に吸い込まれていった。残ったのは、粘つく感触と、荒い呼吸だけ。
「……倒せた、のか……?」
しばらくしても、動かない。
ゼリスヨは完全に沈黙していた。やがてぽんという軽い音とともに、ドロップ品であるゼリー液が落ちる。ご丁寧に、瓶に入った状態だ。
それを確認したパラディソは、その場にへたり込む。
拳を見下ろす。赤く腫れ、所々皮膚が爛れている。
「……クソ痛ぇな」
だが、口元は歪んでいた。
武器はない。装備もない。金もない。それでも、倒した。
「んだよ……殴れば倒せんじゃねぇか」
脳筋の結論である。
草原の風が吹く。青い草が揺れる。
下着一枚の男は、拳を武器にすることを覚え始めていた。




