第3話 - 臓器担保にしてたの、忘れてた
冒険者ギルドは、今日も賑わっていた。
依頼掲示板の前で言い争う声。酒場のスペースから漂う、水と変わらないほど薄くて不味い安酒の匂い。鉄と革と汗の混ざった空気がやけに重い。
その中央を、パラディソは無言で進む。
受付カウンターは閑散としていた。その奥、淡い栗色の髪をきっちりと纏めた受付嬢が、背筋を伸ばした姿勢で、書類を整えていた。
「……よう。嬢ちゃん」
「おはようございます。パラディソさん」
顔を上げた彼女は、営業用の微笑みを浮かべる。
完璧だ。そして、温度がない。だが、冒険者の間で噂になるほど、その笑みは眩しい。パラディソは肘をカウンターに乗せ、視線を逸らした。
「共同金庫。今、いくら入ってる」
「確認いたしますね」
受付嬢は、机の水晶板に指を滑らせる。
淡い光が弾け、数字が浮かび上がった。数秒の沈黙。
「……はい。現在の残高は、金貨ゼロ枚ですね」
満面の笑み。パラディソの額から、ツーと汗が伝う。
「ほ、ほら。端数くらいあんだろ」
「ございません」
「銅貨とかさ、あんだろ。流石によ」
「ございません」
口元が引き攣った。
パラディソのその笑みは、歪んでいると言った方が正しい。
「なぁ、嬢ちゃん。ちょっとだけ、立て替えてくんねぇ?」
「それは構いませんが……」
受付嬢は瞬きをひとつした。
それから、いつもの笑顔のまま、首を傾げた。その仕草が、どうにもパラディソには可愛く見える。だが、それは罠だ。
「そろそろ、臓器のご提供をいただかないと」
周囲の喧騒が、ほんの少しだけ遠のいた気がした。
「今は片肺です。借金の返済前に借りるとなると、次は心臓になります」
「……要は、死ぬってことね」
その返事は、完璧な笑顔だった。
書類が一枚、すっと差し出される。小さな文字で、びっしりと規約が並んでいた。パラディソはしばらくそれを見つめ、ゆっくりと息を吐く。
「……へぇへぇ。依頼、受けりゃいいんだろ」
「賢明なご判断です。何かあれば、またどうぞ」
受付嬢の笑みは、背後まで崩れなかった。
パラディソは、掲示板の方を一瞬だけ見る。討伐。護衛。採取。どれも、金になりそうで、命を削りそうな文字ばかりだ。
「……今はやめとくか」
そう呟き、あっさりと背を向ける。
冒険者ギルドの扉まで歩み、手を掛ける。背後では、受付嬢が変わらぬ笑顔で手を振っていた。
「お気を付けて。次は、心臓ですので」
「うるせぇよ! 縁起でもねぇこと抜かすな!」
悪態を返し、外へ出る。
金はない。仲間もいない。臓器も足りない。
それでも、殴る気だけは満ちていた。




