第12話 - 自分でそのビルド、思い付いたんですか?
カウンターに肘を付き、パラディソは最後のひと口を飲み干した。
薄いスープ。味はほとんどしない。それでも、腹に落ちると、じんわりと身体が重くなる。そのまま、カウンターに額を預ける。
「あぁ……生き返るぜ」
独り言だった。
その頭上から頭を叩かれた。気怠げに横目を向けると、カウンターの内側で腕を組み、こちらを見るテーンシュと視線が交錯した。
「……パラディソ。身体、小さくなってねぇか?」
言われて、パラディソはピクリと肩を揺らした。
テーンシュは目を細め、じっとこちらを見つめている。冗談めいた笑みはない。酒も進んでいない。酔っている顔ではなかった。
「投げ飛ばして気付いたんだが、妙に軽くなってやがる。厚みもねぇ」
宿屋の空気が、少しだけ重くなる。
パラディソは片眉を跳ね上げ、視線を逸らした。
頬を掻く。指が、やけに引っ掛かる。
「……あー、それがよ」
一拍、間が空いた。
「オレ、今日ステータス初期化した」
言った瞬間だった。
テーンシュの目が、はっきりと見開かれる。椅子が鳴る音がした。次の瞬間には、カウンターを回り、巨体が迫る。問い返す暇すらなかった。胸ぐらを掴まれる。焦げ茶と橙色の景色がぐわりと跳ねた。
「――ッ!?」
身体が宙に浮く。
変な声が喉から抜け、次の瞬間には、床に叩きつけられた。鈍い衝撃が背中を打ち、肺から空気が押し出される。
「……がッ……!」
視界が揺れる。
酒瓶の破片が、少し転がった。
「テーンシュ! 何しやが、る……」
怒鳴りつけようとした。
だが、言葉は途中で止まった。見下ろすテーンシュの目が――冷えていた。怒りでも、呆れでもない。氷のように感情を削ぎ落とした目だった。
「……出ていけ」
「あ? 聞こえねぇよ」
「――さっさと、出ていけって言ってんだよ」
低く、噛み殺した声。
「わざわざ底辺に戻ったテメェに、食わす飯はねぇ」
「あ!? オレはオレなりに考えてんだよ!」
床から立ち上がり、テーンシュの胸ぐらを掴む。
宿屋のざわめきが、遠のいた。誰も笑わない。誰も茶化さない。
「考えてるだ? じゃあ言ってみろ! なんで初期化した」
「殴られ続けるのに、嫌気が差したんだよ! オレだって、好きでパラディンになったわけじゃねぇ……オレも、強くなりてぇんだよ……!」
パラディソは荒い息を吐き捨てた。
胸ぐらを掴んだ手は離していない。だが、力は入っていなかった。ただ、縋るように布を握っているだけだ。テーンシュはその手を乱暴に振り払った。一歩下がり、冷めた目でパラディソを見下ろす。
「強くなりてぇ、だぁ?」
低い声だった。怒鳴り声ではない。むしろ、抑え込んだ声だ。
「じゃあ訊くがよ。それはどんな強さだ」
「……あ?」
「剣か? 盾か? 魔法か? パラディンって職業は変えらんねぇ……それはこの世の摂理だ。その上で初期化までして、何に振るつもりだ」
テーンシュが一歩踏み出した。
床板が軋み、胸板が当たる。
問い詰める口調ではなかった。だが、そこに逃げ道はなかった。
「何を捨てて、何を拾う気だ」
宿屋が、完全に静まり返っていた。
客も、給仕も、誰も口を挟まない。
ただ、二人の間だけに、重たい空気が落ちている。
パラディソは一瞬、言葉に詰まった。
視線を逸らす。歯を噛み締める。逃げたかった。笑いで誤魔化したかった。だが、テーンシュの目は逸らせなかった。
「オレは……防御も、耐久もいらねぇ。当たらなきゃ、死なねぇ。殴られなきゃ、終わらねぇ。だから――速さと、運に振る」
絞り出すように言い切り、顔を上げた。
「避けて、殴って、当てる。それと、運だ」
自嘲気味に、鼻で笑う。
「笑えよ。パラディンが、回避して運頼みするって言ってんだぜ……でもよ、盾構えて突っ立ってるだけのオレは、もう嫌なんだよ……後ろで“頼むぞ”って言われ続けるのも、殴られ続けるのも……全部」
拳を、ぎゅっと握る。
言い切った。パラディソは、逃げなかった。テーンシュはその様子を見て、しばらく黙っていた。顎に手をやり、パラディソを見下ろす。
テーンシュが何かを言い掛けた、その刹那。
横合いから、幼い声が落ちた。
「自分でそのビルド、思い付いたんですか?」
その声に、二人は顔を向けた。
そして、顔を歪め、目を細め、同時に言い放った。
「「うるせぇ! すっこんでろ!」」
宿屋に野次が飛ぶ。幼い子供が、目を丸くする。
二人の対応に、客たちはブーイングを鳴らした。




