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時間を巻き戻せる切符――代償は、君との一年分の記憶でした    作者: まなと
第四章 復讐の花が咲く頃に

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8話

「どうして…こんなことが…」

 言葉が喉で詰まる。泣きたいのか、怒りたいのか、何もできない自分に苛立つのか、わからなかった。


 リュカは静かに立っていた。説明は必要だと感じたのだろう。


「君の選択はひとつだけじゃない。やり直すこともできる。でも、代償もある。君の過去1年分の記憶がなくなる…すぐには理解できないだろうけど」


 エマは顔を上げずに答えた。「やり直したい…なんて思えない。もう、終わりにするんだ」


「そうか…無理に止めるつもりはない。でも、知っておいてほしい。やり直すことを選べば、過去の自分や、周りの人々に触れることができる。そして、自分が受けた痛みを、少しだけ変えられる」


 エマは小さく息を吐く。変えられる?何もかもが無意味に思えたのに、ほんの一瞬だけ、心がざわついた。

待合室の端に座るエマの前で、リュカは静かに問いかけた。


「復讐はしなくてもいいのか?」


 エマは言葉を失い、ただ膝を抱えたまま下を見つめる。胸の奥で、ざわつく感情が波のように広がった。怒り、悲しみ、絶望…。でも、その全てが混ざり合って、何を選べばいいのか分からなかった。


「無理に答える必要はない。ただ…君自身が決めることだ」


 「…わからない」小さな声が漏れる。胸の奥で、何かがきしむような感覚があった。

「じゃあ、もしも、やり直せるとしたら…どうしたい?」


 その問いに、エマは息を飲んだ。心の中で、誰かを傷つけたい気持ちは一切ない。ただ、過去の自分に戻って、あの苦しみを避けられるなら――その思いがふと、頭をよぎった。


「…もう一度、生きてみたい」


 エマの声は震えていたが、確かにそこにあった。生きたい、やり直したいという小さな光が、胸の奥で瞬いた。


 リュカは微笑み、静かに呪文を唱えた。


「ならば、準備は整った。恐れなくていい。君の意志だけで、時空電鉄は動く」


 エマは目を閉じ、深く息を吸った。まだ完全には理解できないけれど、心の奥底で確かに、もう一度やり直す勇気が芽生えていた。

リュカは深く息を吸い、低く呪文を唱え始めた。「時の流れよ、我が声に従い、迷いのない軌跡を示せ。

 過去と未来を結ぶ道を、刻の裂け目に映し出せ。

 光の輪が導くは、時空電鉄への扉。

 今、現れよ、扉よ、我に開かれたる軌道の門よ。」

言葉が空気に溶けるように響き、店の中の光が揺れ始める。


「えま、怖がらなくていい。これは強制じゃない。君自身の意志で踏み出すんだ」


エマは目を見開く。光が眩しすぎて、まぶたを閉じたくなるけれど、どこか心がざわつく。


「復讐は、しなくてもいいのか?」

リュカの問いかけが、再びエマに届く。


エマは答えられなかった。復讐なんて考える余裕なんてない。生きることさえも難しかったのだから。


気づけば青白い光が渦を巻き、白く、美しい門が現れていた。


「さあ、君の新しい時間だ」


光の中で、エマの心は少しずつ落ち着き、恐怖と悲しみの奥に、希望の種が芽吹き始めた。

エマは恐怖で息を詰めるが、決意の力で一歩踏み出す。

光が爆ぜた。

眩しさに視界を奪われたのか、それとも別の力が働いているのか、エマは瞼を閉じているのに光の粒が脳裏を走り続ける。


自分の身体が、薄い膜を通り抜けていくような感覚。

浮かんでいるのに沈んでいるようでもあり、重いのに軽い。

――落ちている? それとも、上に引き上げられている?


音はなかった。

いや、あったはずなのに聞こえなかったと言った方が近い。

世界のすべてが、えまの「痛み」や「絶望」を一度吸い取り、洗い流すように静寂へ沈んでいく。


不意に、風の音が戻ってきた。


ごう…と、車体の鉄が空気を裂く音。

地面を震わせるレールの響き。

遠くから、ベルのような電子音――

「まもなく発車します。ご注意ください」

エマはハッと目を開いた。


目の前、巨大な駅。

駅と呼ぶには近未来すぎて、テーマパークと呼ぶには冷たすぎる。

無機質な金属と、どこか懐かしいレトロな木材が入り混じり、青白い光が空間全体を縁取っていた。


天井は空のように高く、線路は何本も重なり、見たことのない電車がそれぞれ別の方向へ走っていく。

普通の電車では無い。

車体に刻まれた行き先は、数字だけ――


《3年前》

《13日前》

《10年後》

《幼少期》

《未誕生の未来》


「ここが――時空電鉄…?」


声が震えていた。

震えたのは恐怖のせいか、期待のせいか、自分でもわからなかった。リュカは隣で静かに頷いた。


「戻りたい時間、やり直したい過去――誰にだってある。

でも選ぶ場所を間違えれば、取り返しのつかない結果になる。

だから乗車券は一人につき一度だけ」


リュカの視線は真っ直ぐで、優しいのに容赦がなかった。


光の反射で、遠くの線路に「過去」が揺らめく。

そこへ続くホームの先にある景色を見た瞬間、エマの胸がズキッと痛んだ。――あの教室が見えた気がした。

――自分の席。

――笑うクラスメイト。

――守ろうとした子の、冷たい視線。


エマは震える手で胸元を押さえた。


「怖いのか?」とリュカが尋ねる。


エマは首を横に振った。

でも表情は「はい」と言っていた。


「戻りたいのに、戻りたくない。

終わりたいのに、生きたい。

忘れたいのに、許したくない。

……それが人間だよ」


リュカの言葉は淡々としているのに、心の傷にそっと触れてくる。


「復讐を望むのなら、時空電鉄は応える。

望まないのなら、それも応える。

えまの“願い”が行き先になる」


エマは唇を噛む。

血の味がわずかに広がる。「……願いなんて、わからないよ。

生きたいなんて思ったのは…ほんの少し。

今だってまだ――消えたい気持ちのほうが強い」


「うん。それでいい」

リュカはすぐに肯定した。

「願いはすぐに決めなくていい。

大事なのは“逃げてないこと”。

傷ついた自分を、見捨てずにここまで来たことだ」

エマの目に涙が溜まった。

知らないうちに拳を握っていた。

爪が掌に食い込み、痛みが今の自分が生きている証になった。


そこで、電車のアナウンスが響いた。


《2分後に、3ヶ月前行きの電車が到着します》


意識が一気に引き戻される。

選択の時間が迫る。


リュカの声が低く響く。


「エマ、

その涙は過去の痛みか、それとも未来への願いか。

どちらに導かれるのかは――君が決める」


ハンカチも、気休めの慰めもない。

ただ信じて、任せて、見守っている目だった。


列車の光がホームへ近づく。

風が吹き荒れ、衣服が揺れる。

耳の奥で金属の軋む音が響き、胸が強く脈打つ。


涙が頬を滑り落ちた。


その涙が――何のための涙なのか。

この瞬間、エマはまだ知らない。


でも確かに思った。


――もう一度だけ、生きてみたい。


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