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時間を巻き戻せる切符――代償は、君との一年分の記憶でした    作者: まなと
第十八章 窓の向こうの真実  

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56話

「……本当に……あなたは……」


声にならない嗚咽が、時空を越えて、列車の中に響いた。

エレナの視線は、まだ淡く光を放つ窓に釘付けになっていた。


アーベルとアルトの対話が消えた後も、彼女の胸は強く締めつけられたままだ。

指先が震える。喉の奥が熱い。

――信じたい。でも、あの言葉は確かにアルトの口から。


そのときだった。


窓の中のアーベルの足元に、赤い魔方陣がゆっくりと現れた。

幾何学模様が絡み合い、血のような光を放つ。


「……え?」


エレナは目を凝らした。

次の瞬間、魔方陣は音もなく消えた。


「いまの……あれって……」


声が漏れる。


「あれ、私が――ここに来るときに見た、でもちょっと違う……」


通路を通りかかったティオが、足を止めた。

その顔が強張る。


「……あんな魔方陣、見たことがない――」


ティオの瞳が、鋭く窓を射抜く。

そして、再び窓の光景が揺れた。


場面が変わる。

今度は、重厚な扉の前。

金色の紋章が刻まれた扉には“ロドリク・セイヴァート”の名。

その部屋の中に、青年がひとり。


机に肘をつき、静かにうつむく。


「……今日も、話しかけられなかった……」


低く、掠れた声。


「どうしたら、彼女は俺を見てくれる? ……エレナ……俺は、君を……」


その言葉が途切れ、ロドリクは机の上の指輪を見つめる。


「この想い、届かないのなら……いっそ……」


窓を見つめるエレナの目が揺れた。


「……ロドリク……そんなことを……」


だが、その背後。

部屋の外に、影が差した。

映像の奥に――アーベル公爵が現れる。


その手には赤く光る魔方陣の印が刻まれていた。

右手に注射器、左手にビー玉のような赤い球体。

その顔には、かつて見たことのないほどの、恐ろしく静かな笑み。


「……お父様……?」


エレナの声がかすれる。


アーベルは部屋のドアの隙間にしゃがみこみ、

左手のビー玉をころりと転がした。


床に当たった瞬間、赤い魔方陣が広がる。


次の瞬間――

魔方陣から、煙のような赤い靄が噴き出した。


「……な、なんだこれは……!」


ロドリクが咳き込み、胸を押さえる。

声を上げようとした瞬間、身体が崩れ落ちる。


アーベルは静かに立ち上がり、ドアを開けて部屋に入る。

煙が消えた後、床に倒れたロドリクの前に立つと、彼の腕をつかみ、赤い液体が入った注射器を突き立てた。


その動作には、ためらいひとつなかった。


赤い液体が注入されると同時に、ロドリクの瞳が開く。


その瞳――光が消え、代わりに血のような赤が宿る。

苦しげに息を吐きながら、口元が笑った。


「……エレナ……俺は……君だけを、愛している……誰にも渡さない……」


その声に、エレナの背筋が凍る。


「そんな……嘘よ……お父様、あなたが……!」


ティオが小さく息をのむ。


「……あれは……」


映像の中で、アーベルは冷たく微笑んだ。

   

「これでいい。これで、ロドリクはエレナから離れない、あの兵士など、消してしまうだろう」


ロドリクの赤い瞳が細められる。


場面が変わる。


エレナとアルトが話しているところだ。

次の瞬間、彼は窓越しに――エレナとアルトが談笑している姿を見た。

表情が歪む。

嫉妬と狂気が混じり合い、炎のように燃え上がる


「……あいつを……消せ……」


その声は低く、命令だった。

映像の端で、黒衣の部下が静かに頷く。


エレナは胸を押さえた。


「そういうことだったのね……全部……」


涙が頬を伝う。


ティオがそっと言う。


「真実はいつも、愛を試すものです。

でも、エレナ、あなたが見たのは“過去”。

これからの選択は、あなたの手の中にあります」


エレナはゆっくりと立ち上がり、窓に背を向けた。


「私はもう、逃げない。

真実がどれほど醜くても……私の想いは、嘘じゃない」


ティオが微笑む。


「――素敵な言葉です。次の駅が、あなたの答えを示すでしょう」


列車が揺れ、鉄のきしむ音が響く。

窓の光がゆらぎ、闇の中に次の景色が生まれる。

エレナは深く息を吸い、決意を胸に刻んだ。

列車のブレーキ音が鳴り、扉がゆっくりと開いた。

白い霧の向こうに、新たな時空の駅が待っていた。   

ティオが最後に、静かな声で告げた。


「降りる前にひと言だけ。戻ってから、一週間で過去一年分の記憶が消えます。覚悟があるか、改めて確かめてください」


言葉は冷たくもなく、突き放すわけでもない。エレナは手の中の切符をぎゅっと握りしめる。胸の奥で何かが震え、目の前の世界がかすかに揺れた。


列車がホームに滑り寄り、ドアがゆっくり開く。金属の匂いと潤んだ空気。エレナはアルトと並んで静かに降りた。足音が、石畳をたしかに叩く。時間が逆流しているのか、自分が引き戻されていくのか、わからない焦燥が胸に湧く。


――戻った先は、一ヶ月前の夕方だった。


街灯の黄色い輪郭。屋敷の塀越しに見えるバラ園の影。エレナは気づけばアルトと並んで、同じベンチに腰を下ろしていた。アルトの肩にわずかな暖かさを感じる。なのにその暖かさが、今は嘘のように冷たく思える。


アルトが、いつもの柔らかい声で尋ねる。


「大丈夫か、エレナ?」


エレナは息を吐いた。その声が、以前とは違って聞こえた。どこか作り物に思える。アルトの瞳の奥にある――何か計算めいた影が、今、はっきり見える。


「あなたは、兵士じゃないでしょ?」


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