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時間を巻き戻せる切符――代償は、君との一年分の記憶でした    作者: まなと
第十七章 陽だまりの庭で、恋をした

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53話

次に届いたのは、村の猟師の証言だった。死体発見の翌朝、猟師が森の端で見たという「男の姿」。


距離があり、姿は確かに捉え切れなかったが、猟師は「その男は、高い服を着て、左手に金の指輪をはめていた」と断言した。婚約者の嗜みと合致する。私の心臓は、針で刺されたように痛んだ。


でも――証拠はまだ揃っていない。確かなものが欲しかった。だから私は、城の奥へ足を運んだ。結婚契約や帳簿を管理する小部屋。婚約者の書斎に、誰にも見られぬよう整理された箱が一つ、無造作に置かれていた。


私は指先で蓋を開ける。中から、私の目は凍りついた。現金の包み、暗い夜の受領書、そして刻印のある領収書――そこには見覚えのある使用人の名前と金額、日付。そして、受取人の落款の隣に、小さく彼の名前が書かれていた。


現金の流れが記録されている。手が震えて、私はその紙を落とした。だがそれでも、私は叫ぶほどの確信を持てなかった。人は嘘をつくし、罠も仕掛けられる。私は城中に知らせず、ただ静かに、次の手を待った。


数日後、役人たちが捕えた男が連れて来られた。暗殺を仕事にするような男で、彼の唇は乾いていた。尋問が始まると、男は最初ふらついていたが、酒が切れた時のように虚ろな眼差しで言った――


「金をもらった。ロドリク様の印の入った契約書だ。あの日、森で待ち合わせして、アルトをやれと命じられた」


――その声は震えていた。


私の頭の中で、あの夜の風景が、音もなく反芻された。契約書。猟師の言葉。下働きの女中の目撃。小さな断片が、滑らかに一つの線になって繋がっていく感覚。


証拠は、やがて重みを持った。公的な調査は動き、女中の証言、猟師の目撃、封印袋の指紋と領収書、さらには捕らえられた暗殺者の自白。


しかし、公的な調査は動かない。女中の証言、猟師の目撃、封印袋の指紋と領収書、さらには捕らえられた暗殺者の自白――それらが互いに補強し、婚約者の関与を明らかにしているのに。

ロドリクが手を回したのだろう。その後、証言者や物的証拠は流れるように消えてゆく。


私は、床に崩れ落ちた。


怒りが先に来ると思っていた。だが私の胸を支配したのは、もっと重いもの――深い後悔と、胸の痛みだった。彼を愛してしまった自分、箱入りにされて真実を見る目を持たなかった自分、そしてその結果で命を奪われた人々への申し訳なさ。


涙は止まらなかった。何度も、その人の笑顔を思い出しながら、私は自分の無力さを噛み締めた。

自分の無力さを噛み締めた瞬間、床の奥から淡い光が立ち上がった。魔方陣がゆっくりと渦を巻き、目の前の空気が紙を折るように波打つ。心臓が喉に上がる感覚。私は思わず息を詰めた。


「ここは……どこ?」


声は小さくて、私ですら驚くほど弱かった。

目の前に立っているのは、黒い燕尾の青年――リュカだった。彼の銀の髪が光を受けて細く光る。

なんて冷静なんだろう、そんなことさえ今は苛立たしかった。


「ここは時空電鉄――戻ることを望む者のための場所だ」 


リュカの声は低く、けれど押し付けるような強さはなかった。


「選ぶのは君だ。戻ることも、諦めることも。だが代償はある。過去一年分の記憶……それと引き換えに一度だけやり直せる」


言葉が耳に入る。頭の中でリュカの話が何度も反響し、現実味が薄れていく。


「……戻る? 本当に? そんな……」


説明の意味は分かるのに、理解が追いつかない。


頭の中で言葉がほどけて、ばらばらに散っていく。

でも、胸の奥のざわつきは確かだ。戻れる――もし戻れたら、あの日を変えられるかもしれない。


私は、ゆっくりと首を振った。まだ怖かった。けれどもう一度、ただ一度でいいからやり直す勇気が、どこかで生まれているのを感じた。


リュカは小さく頷くと、そのまま呪文を唱え始めた。声はまるで振動のように店内に広がる。


「時の流れよ、我が声に従い、迷いのない軌跡を示せ。 過去と未来を結ぶ道を、刻の裂け目に映し出せ。 光の輪が導くは、時空電鉄への扉。 今、現れよ、扉よ、我に開かれたる軌道の門よ。」


呪文を言い終わると、待合室の光がひとつの一点に集まり始めた。


それらが空中で翳り、ゆっくりと渦を描く。渦はやがて輪となり、その縁から柔らかな光が垂れ下がる。光は静かに凝固していき、やがて「門」の形になった。


見る角度によって模様が変わり、まるで遠くの記憶――誰かが忘れかけた夕暮れや、幼い日のぬくもり――を映すスクリーンのようだった。


門をくぐり、やり直しへの第一歩を踏み出した。


白い門を跨ぐ瞬間、視界が抜けるように変わる。世界は伸び、重さが溶け、鼓膜の奥で小さな鐘が一回鳴った気がした。


足元がふわりと浮き、体が薄い膜を滑るように通り抜ける。光は肌をなぞり、まるで昔触れたぬくもりを思い出させる。


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