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時間を巻き戻せる切符――代償は、君との一年分の記憶でした    作者: まなと
第十七章 陽だまりの庭で、恋をした

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51話

訓練場の泥と鉄の匂いを逃れるように、兵士の姿をした男は矢のように林の小径を駆け抜けた。


日没が近づき、空は重く茜に染まっている。団長の怒声、鉄鎖の擦れる音、そして同僚たちの嘲笑──それらはすべて、アルトの背中で遠ざかっていった。彼の胸には、規則と秩序に押しつぶされそうになった疲弊だけが残っていた。


城の外縁にある貴族の屋敷の塀を越えた。噂に聞いた、手入れの行き届いた白い庭園の存在を知ったからだ。


泥だらけの足で、静まり返った小径を抜けると、月明かりとは違う柔らかな光に包まれた中庭が目の前に広がった。低い生け垣、香る茉莉、そして中央に据えられた石の噴水──水のささやきだけがここに現実を残していた。


その噴水の縁に、人影があった。白い襟飾りの裾をきちんと整えた、細い肢体の女性。顔立ちは品があり、だがどこか退屈をまとっている。エレナ。屋敷の若き令嬢だと、アルトは噂で知っていた。だが噂は噂に過ぎず、彼女の瞳は根深い孤独を映していた。


「こんな夜遅くまで、何をしているの?」


エレナの声は低く、けれど驚くほど柔らかかった。アルトは身を隠すつもりなどなく、泥の靴をぬぐわずに一歩前へ出た。


「訓練から逃げてきました」


彼は素直に言った。嘘も飾りもない言葉に、彼女は小さく笑った。 


「兵士が逃げてくるのね。ふしぎだわ、あなた、名は何と言うの?」


「俺はアルトだ」


その夜から、庭は二人だけの密かな世界になった。昼間のアルトは兵舎で鉄を打ち、夜は蔓草を掻き分けてその庭へ通った。エレナは教養や礼儀に縛られ、生まれ落ちた家の枠の中で美しく居続けることを要求される娘だった。


だがアルトとの生活は、彼女の閉じられた日々に風穴をあけた。彼は遠くの街で買ってきた硬い菓子を半分に割って差し出し、彼女はそれを笑って受け取った。


彼女は彼に、胸のうちの囁きを少しずつ明かしていった。日常の退屈、将来の宙ぶらりん、不本意に決められた婚約の重み。アルトは自分の過酷な現実を言葉にし、彼女の話を素朴に受け止めた。


贈り物はいつもささやかだった。彼がこっそりと集めた野の花を小さな葉で束ねて渡すと、エレナは頬を染め、指先でそれを撫でた。


「あなたの手は、汚れている。でも優しい」と、彼女は囁いた。


彼は笑って、泥のついた手のひらを差し出した。ふたりの距離は確実に縮まっていったが、その均衡は最初から脆かった。


彼女には婚約者がいた。ロドリク、領主の家柄にふさわしい青年だ。


粗野ではなく、立場をわきまえる男であり、城の宴で見せる堂々とした振る舞いは、周囲に期待と安心を与えた。だがエレナの話を聞けば、ロドリクに対する感情が「尊敬」と「負担の受け入れ」に近いことは明らかだった。


彼は外面は完璧だが、エレナの心をつかむ力は持っていなかった。だからこそ、彼女はアルトの粗野な誠実さに惹かれていったのだ。


しかし運命は早くも動いた。ある初夏の夕刻、エレナがいつものように噴水の縁で笑っているところへ、ロドリクが到着した。彼は庭を横切り、二人の前に立ちはだかった。ロドリクの目は冷たく、口元には抑制された苛立ちが浮かぶ。


「そこの兵士、俺のエレナと何をしている」と彼は形式的に始めたが、アルトは言葉を遮った。


声が荒く、しかしどこか諦観が混じっていた。


「俺たちはただ話しているだけです。」


ロドリクは胸の内を露わにする。誇りと嫉妬。彼は決して軽々しく見える男ではなかったが、娘が他者と楽しそうにしているのを許すことはできなかった。帰っていくロドリクの足取りが速くなるのを見送る間、エレナの顔は硬く、指先が震えていた。


その夜、アルトはほとんど眠れなかった。ロドリクの視線の中に感じたものが、彼に冷たい恐怖を突きつける。翌朝、噂が城中を駆け巡った。ロドリクは決して黙ってはいなかったという。

  

彼は金を動かし、闇の連絡網に命じた。金は力だ。力はまた簡単に命を奪う道具にもなる。


数日後、庭でのいつもの静かな時間が、二人にとって最後の平穏となった。エレナは震える声で言った。


「もし、何かあったら、逃げて。お願い」


アルトは首を振った。彼は逃げる男ではなかった。


真っ当な兵として、あるいはただ一生懸命生きる一人の人間として、目の前の問題に立ち向かうことしか知らなかったのだとエレナは感じた。


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