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時間を巻き戻せる切符――代償は、君との一年分の記憶でした    作者: まなと
第十五章 皇帝になれなかった男

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47話

列車は、音もなく走っていた。

揺れはほとんどなく、時間の感覚も曖昧だ。


尊雅は、窓の外を見つめていた。

流れていく光は、景色というより記憶に近い。


形を結ばないまま、過去の気配だけを残していく。

しばらく、誰も口を開かなかった。

やがて、尊雅が低く息を吐いた。


「……不思議なものだな」


ティオは、向かいの席に座ったまま、黙って聞いている。


「すべてを失ったはずなのに、

こうして座っておると……まるで、まだやり直せるような気がしてくる」


尊雅は、苦く笑った。


「……だが、それも当然か。この列車というのは、そういうものなのだろう」


ティオは、小さくうなずいた。


「うん。

ここでは、みんな……少しだけ正直になる」


尊雅は、視線を落とした。

しばらく迷うように沈黙し、それから、ぽつりと口を開いた。


「俺は……母を、喜ばせたかった」


その声は、静かだった。

怒りも、叫びもない。


「幼いころから、母は俺に言い続けた。

“皇帝になりなさい”と」


窓の光が、ふっと変わる。

幼い日の影が、かすかに映る。


「それが、母のすべてだった。期待であり、祈りであり……逃げ場のない願いだった」


尊雅は、拳を膝の上で握った。


「俺がそれに応えれば、母は救われると思った」


声が、わずかに震える。


「母は……何もかもを捨てて、俺をその座に置いたのだ」


ティオの表情が、少しだけ曇る。


「だから……俺は、皇帝にならねばならなかった」


尊雅は、顔を上げた。


「だが、その道に……桐生家がいた」

言葉に、かすかな棘が混じる。


「正義を語り、記録を守り“正しいこと”を貫く家だ」


尊雅は、窓から目を離し、ティオを見た。


「だが、あの正しさは、

俺と母の居場所を奪うものだった」


「だから思った。あの家がなければ、と」

声が、低く落ちる。


「邪魔だ、と」


ティオの指が、きゅっと握られた。


「消えてしまえばいい、と……本気で、そう思った」


尊雅は、目を伏せた。


「それが、すべてだ。国のためでも、権力のためでもない」


短く、吐き出すように言う。


「母を、喜ばせたかっただけだ」


列車の音が、やけに大きく聞こえた。

ティオは、すぐには返事をしなかった。

しばらく俯いたまま、床を見つめている。


ティオは、顔を上げかけて、やめた。

そして、また少しうつむく。


「……それ、さ」


声が、いつもより低い。


「すごく、苦しい理由だね」


尊雅は、何も言えなかった。

ティオは、膝の上で手を重ねたまま続ける。


「間違えてるって、簡単には言えない」


視線は、まだ上がらない。


「でも……誰かを消さなきゃ届かない願いなら、それはもう、願いじゃない」


その言葉が、尊雅の胸に沈んだ。


「……分かっている」


尊雅は、静かに答えた。


「だから、俺はここにいる」


列車が、わずかに減速する。

遠くに、淡い光が見え始める。

ティオは、ようやく顔を上げた。

目は、少し赤い。


「……次、どう選択するかは、君次第」


尊雅は、ゆっくりとうなずいた。


「……ああ」


列車は、静かに走り続ける。

過去へ向かって。

まだ選ばれていない未来へ向かって。17章


列車が、静かに止まった。

扉が開き、冷たい空気が流れ込む。

尊雅は、ゆっくりと立ち上がった。


「……ここか」


ホームに足を下ろした瞬間、胸の奥に、鈍い痛みが走る。

リュカのことも、列車の中の光景も、もう輪郭が曖昧だった。

だが一つだけ、はっきりと残っている。


——やり直せる。


周囲の景色が、歪むように変わる。

次の瞬間、尊雅は見慣れた屋敷の一室に立っていた。

障子越しの光。

遠くで聞こえる人の声。


「……二度目だ」


胸の中で、そう呟く。

思い出せる。

ここは、二回目の暗殺が起こる日。

しかも——


「……まだ、一刻ある」


一時間前だった。

尊雅は、しばらく動かなかった。

頭の中に、列車の中で聞いた言葉が蘇る。


誰かを消さなくていい道を選ぶべきなのだろうな。


「……」


自首すればいい。

すべてを話し、終わらせればいい。

一瞬、その考えが浮かぶ。


だが、次の瞬間、母の顔が浮かんだ。

役所へ連れて行かれる背中。

何も言えず、ただ震えていた姿。


「……それで、母は救われるのか?」


自分が告発すれば、すべてが解決するのか。

尊雅は、ゆっくりと首を振った。


「いいや……」


ここから先に起こることは、すべて分かっている。

ならば——


「それを、変えればよい」


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