42話
代わりに書かれていたのは、こうだった。
――桐生家当主、尊雅より殺害されかけたとして訴え出る。
――尊雅は帝と血のつながりなく、愛人の子と判明。
――皇位継承権第三位、剥奪。
――尊雅、捕らえられ、処刑。
蒼真は混乱したまま、顔を上げる。
「……どういうことなのですか。
血がつながっていない?
それを、あなたは知っていた?
だから、狙われた……?」
当主は静かに息を吐き、ゆっくりと語り始めた。
「近頃、宮の記録を確かめる折があった。
尊雅の生まれた日と、帝の動きが合わぬ。
女官の話も、帳面も、食い違っておった」
蒼真は黙って聞く。
「調べていくうちに分かった。
あの皇子は、帝の子ではない。
母が別の男ともうけた子よ」
当主は拳を握りしめた。
「私は迷った。
だが、このことを伏せたままでは、国が偽りの上に立つ。
だから、宮へ訴え出るつもりであった」
蒼真は息をのむ。
「その前に……口封じとして、暗殺を?」
当主は小さく頷いた。
「おそらくな。
尊雅にとっては、命より重い弱みであったろう」
蒼真は歴史書を見つめたまま、呟く。
「……俺が動いたことで、未来が変わった。一家全滅は消えて、代わりに……」
当主は、はっきりと言った。
「尊雅は、自らの罪で滅びる。それが、この先の流れなのだろう」
座敷に、静かな沈黙が落ちる。
外で鳥が一声鳴いた。
当主は、蒼真を見て言った。
「お主が来なければ、我が家は滅んでいた。
……それだけは、疑いようがない、礼を言う。ありがとう」
蒼真は、胸の奥がじんと熱くなるのを感じていた。
「わしは、役所へ行く」
当主は、静かに言った。
「すべてを話す。
刺客のことも、命じた者の名も、余すところなく」
蒼真は、思わず声を出しかけた。
「それは……」
止めるべきか、一瞬迷った。
それがどんな結果を招くか、分かっていたからだ。
だが、当主は続けた。
「このまま伏せれば、
また同じことが起きる。お千代を危険な目に遭わせたくないのだ。
それは、わしが生き延びた意味を失う」
その言葉には、揺るぎがなかった。
「用心棒を連れて行く。
戻るまで、屋敷を頼む」
そう言って、当主は立ち上がった。
着物の乱れを整え、帯を締め直す。
その動作一つひとつが、覚悟そのものだった。
門を出ると、すでに朝の気配が漂っていた。
用心棒たちが無言で並び、当主を囲む。
蒼真は、その背中を見送った。
なぜか、胸がざわついていた。
——これで、すべてが動く。
役所へ向かう道は、人通りが少なかった。
当主は、歩みを緩めなかった。
役所に着くと、門番が二人、刀を腰に掛けて立っていた。
「何用でしょうか」
「桐生家当主である。
昨夜の襲撃について、申し述べる」
通され、奥の部屋に案内される。
役人が帳面を開き、顔を上げた。
「申してください」
当主は、深く息を吸った。
刺客が侵入したこと。
全員捕らえたこと。
その者たちが口を揃えて名を挙げたこと。
「尊雅」
その名が出たとき、役人の筆が止まった。
「……確かなのでしょうか」
「確かだ」
部屋の空気が、重く沈んだ。
「承知した」
その一言で、すべてが決まった。
数か月後、帝の命令により尊雅が処刑されることが決まった。何より、今まで自分の子と騙され続けたことへの怒りが強いのだろう。
尊雅は、広場に引き出されていた。
蒼真は、人の群れの中で顔を隠すように、その様子を見ていた。
尊雅は、思っていたよりも静かだった。
叫びも、抵抗もない。
ただ、前を見ている。
処刑台の前で、尊雅は一度だけ立ち止まった。
空を仰ぐ。
その横顔に、蒼真は言い知れぬ感情を覚えた。
——この人も、追い詰められていた。
だが、それでも、越えてはならない線があった。
役人の声が響く。
「尊雅。朝廷を欺き、殺しを命じた罪により——」
言葉の続きを、蒼真は聞かなかった。
胸が、重く締めつけられる。
尊雅が、膝をつかされる。
そのとき、蒼真は確かに見た。
尊雅の足元が、かすかに光ったのを。
「……?」
一瞬の違和感。
次の瞬間、光が強まる。
周囲がざわめく。
「なんだ……?」
円が地に浮かび、見知らぬ文字が走る。
蒼真は、息を呑んだ。
——時空鉄道。
だが、その名を口に出す前に、
光は尊雅の身体を包み込んだ。
「……!」
次の瞬間、そこには、誰もいなかった。
処刑台は、空だった。
だが、蒼真は動けなかった。
——消えた。
胸の奥に、冷たいものが落ちる。
——これは、終わりじゃない、何かの始まりだ。
蒼真は、そう直感していた。




