39話
蒼真は息を詰める。倉――そこに、失くしたはずの歴史の書があるのかもしれない。胸の奥がひりつくように疼いた。彼は深く頭を下げ、声に急ぎを混ぜた。
「倉の鍵を、貸してはいただけませんか」
使用人は袂から小さな錠前の束を取り出した。鍵を差し出す手に、蒼真の指先は震えた。鍵の鉄の冷たさが、現実を押し返す。倉へ至る廊下は、他の場所よりも湿気を帯び、埃の匂いが強い。
戸を押し開けると、古い書物と箱が無秩序に積まれており、紙の匂いと古い糊の香りが混じった空気が鼻を突く。油紙の包み、小さな木箱、和綴じの帳面――桐生家の歴史と雑多な日常が、そこに静かに眠っている。蒼真は息を止め、足音を忍ばせながら奥へ進んだ。
暗がりの中、一本の小さな箱が彼の目を捕えた。革の表紙がわずかに露出している。蒼真は指先でそっと埃を払うと、蓋を引き上げた。
中には一冊の古びた冊子があった。表紙には金糸のような細工が銀色に光る。
胸が高鳴る。彼はそれを抱き上げて、座り込むようにして開いた。頁がめくれる音は、薄い骨のように脆く、それでいて確かな重みを持っている。
紙面には確かに文字がびっしりと並んでいた。この時代にはない日本語だ。次の瞬間、蒼真の心臓は確かな衝撃で止まるかと思うほど強く跳ねた。蒼真は指先を震わせながら頁をめくった。紙の擦れる音が倉の静けさを切り裂く。だが、そこに記された見出しを目にした瞬間、息が止まるような衝撃が胸を貫いた。
「桐生家襲撃――暗殺期日は翌日」
行の体裁は変わらぬまま、日付だけがずらされ、文面はより生々しく細部を刻んでいた。夜半に数十の刺客が屋敷を襲い、門を破り、居住者を根絶する──そんな凄惨な描写が、活字の静かな整列の中で息をしている。蒼真の指先から冊子が滑り落ち、「トン」と小さな音を立てる。顔に冷たい汗がにじんだ。
「今日の夜中に……来るのか、いったいなぜ武士は桐生家を狙うんだ!それに、理由は書かれていない!」
言葉にならない声を漏らし、彼はそのまま駆け出した。廊を走る足音は乾いた板に鋭く響き、頭の中はざわめきで満ちていた。
部屋に入るなり、張り詰めた空気が肌を刺した。桐生家当主は正座のまま、背筋を伸ばし、怒りを押し殺したような顔で二人を見据えている。
「……お千代」
低く名を呼ばれ、お千代は一歩前へ出た。指先がかすかに震えている。
「父上。昨夜のことにございます。山へ逃れた折、武士らに襲われました。刃を抜き、火を持ち、明らかに――私を討つつもりでございました」
座敷の空気がぴたりと止まる。使用人の一人が息を呑む音がした。
しかし、当主の眉は深く寄り、次の瞬間、視線は蒼真へと鋭く向けられた。
「……ほう。武士に、とな」
静かな声だったが、その奥には強い苛立ちが滲んでいる。
「お千代。お前は、そんな無茶な話をする子ではない。――つまりだ」
当主はゆっくりと立ち上がり、蒼真を真正面から睨み据えた。
「お主が、娘に変なことを吹き込んだのではあるまいな」
お千代がはっとして口を開く。
「父上、違います! あれは本当に――」
「控えよ」
一言で制され、お千代は唇を噛んだ。父の目は、娘ではなく蒼真だけを見ている。
「昨夜の火騒ぎ、突然現れたお主、そして今度は『武士に襲われた』などという話。お千代がこのようなことを申すのは初めてだ。誰かに言わされていると考えるのが自然であろう」
旦那様の声は冷たく、室内の空気をすり抜けるように蒼真へぶつかった。蒼真は一瞬、言葉に詰まり、目を伏せた。しかしすぐに深く息を吸い、礼をしてから静かに答えた。
「戸惑わせてしまい申し訳ありません。ですが、それは本当のことです。武士が桐生家の暗殺を企んでいるのです。」
旦那様の眉がさらにきつく寄る。鼻先をひくつかせて問うた。
「なら、なぜ武士が桐生家を狙わねばならぬ。武士が貴族に歯向かうなど、信じがたい話であるぞ」




