38話
座敷に、重い沈黙が落ちる。旦那様の口元が、嘲笑にも怒りにも似た歪みを見せた。
「何を戯けた事を申す! 未来だと? ふざけおって。お主、そもそも何者だ。面と向かって暗殺などと抜かすとは」
当主は立ち上がり、畳を踏んで間合いを詰める。周囲の使用人たちも、顔を強張らせる。
お千代は必死に口を開こうとしたが、蒼真はその手を軽く払うようにして、遮った。彼はふと懐に手をやり、思い出そうとした。確かに、着物の懐に入れていた——歴史を示すあの本を。だが、今はない。空の懐が冷たく感じられ、胸の中で何かが鳴った。――あのとき、屋敷を飛び出した瞬間、何かが自分の手を離れて落ちた感触があった。あの紙の感触。あれは、歴史書だったのかもしれない。
蒼真は顔を上げ、声を少し強めて言った。
「信じてもらえないかもしれません。ですが、確かに私はその歴史書を持っておりました。今はありません。落としてしまったようです。もしよろしければ、少しだけお時間を頂きたいのです。探しに行ってまいります」
その言葉を聞いて、当主の顔が一瞬、凍り付く。そして、周囲を睨みつけるようにして低く吐き捨てた。
「何を言う、逃げるつもりか、無礼千万!」
使用人が素早く動き、座敷の入口を押さえる気配がする。当主の目は疑いと怒りで充ち、蒼真を逃がすまいとする意思を隠そうともしない。
蒼真は一歩後ずさりもしなかった。ただ、短く頭を下げてから、落ち着いた声で重ねる。
「どうか待ってください。私は逃げません。真実を示す手掛かりが、すぐそこにあるのです。ただ一つだけ、頼みます――お千代のために、少しだけ時間を。」
言葉が終わると、座敷の空気は再び張り詰める。当主はしばし蒼真を見据え、唇を噛んでからゆっくりと首を振った。
「よかろう。されど、逃げるようなら、その時は容赦せぬ。早う行け。」
そう言い放つと、当主は静かに座に戻った。蒼真は礼をして立ち上がる。襖の外では、使用人たちの気配がざわめき、冷たい視線が背中に突き刺さる。足音を忍ばせながら、彼はふすまをそっと引き、一歩踏み出した。
蒼真は廊下へと急いだ。息が白く漏れる。襖を開けた瞬間の、使用人たちの視線の重さがまだ背中に残っている。――だが、今はそれどころではない。未来から来たことを証明して、危険が迫っていることを伝えねば。
向こうの方に、掃除をしている年老いた使用人が箒を持って腰を曲げていた。白髪混じりの髭が風に揺れる。蒼真は息を整え、声のトーンを静かに保って聞いた。
「あの、昨日、廊下に書物が落ちていませんでしたか? 」
使用人は顔を上げ、目を細める。
「ああ、廊下の隅に、見慣れぬ本が転がっておりました。妙な文字で……おかしなものでございました」
「見慣れぬ本、どのような――」
「そうでございますな。包みも何もなく、革のような表紙に、ぐるりと細工がしておりました。床に置いたままではいかんと、取りあえず倉へ納めておきました」




