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時間を巻き戻せる切符――代償は、君との一年分の記憶でした    作者: まなと
第十一章 鳥居の向こうでまた君と合う

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29話

その赤く染まった頬を見て、蒼真の胸がきゅっと縮んだ。何かが胸を突き上げたが、それが何なのか本人にはまだ分からない。


人付き合いに慣れない蒼真は、どう返せばいいか分からず、ただうつむいたまま頬が熱くなるのを感じていた。お千代がそっと問いかける。


「お名前を、お聞かせいただけますか?」


「・・・蒼真、蒼いって字に、真って書いてソウマ」


お千代は口元に手を添えて、やわらかく微笑んだ。


「蒼真殿、良いお名前でございますね」


「殿なんて・・・そんな呼び方、しなくていいよ」


その瞬間、何か胸の奥をそっと撫でられたかのような感覚が蒼真を包んだ。お千代は続けた。


「では、あなたは・・・何処から来られたのです?」


蒼真は深く息を吸い、覚悟を決めたように口を開いた。


「……未来から来たんだ。信じられないと思うけど。

僕も、自分でもよく分からない。どうしてこんなことになったのか……」


声が震え、言葉が途切れそうになる。


だが、お千代はじっと目を見て、迷いなく言った。


「ふしぎと……嘘には思えません。

なぜなのかは、わたくしにも分かりませんけれど。」


その真っ直ぐな瞳に、蒼真は胸が熱くなる。


誰にも受け入れられなかった自分の話を、こんな風にまっすぐ信じてくれる人がいる。それが信じられず、戸惑いと安堵が混ざり合った。


お千代は、膝に置いた手をぎゅっと握りしめて言う。


「どうすれば、元の世へ戻れるのか……共に考えましょう。

まずは、何がきっかけだったのかを。」


蒼真も頷いた。


「鳥居のある小さな神社で願ったとき……この世界に来たんだ。」


「やはり、鳥居……神社。そこに鍵があるのかもしれません。」


話を続けようとした時、外はすでに藍色に染まり始めていた。


お千代は立ち上がり、少しだけ不安を含む声で言った。


「今宵は……泊まっていってくださいませ。

父はしばらく国元へ、お母様もご実家へ戻られております。

客人を泊めても咎められることはございません。」


蒼真は“泊まる”という言葉に動揺しつつも、頷くしかなかった。


その後、見慣れない木桶の湯殿に通され、湯の香り、桶の音、薄明かりの行灯すべてが非日常だった。



浴衣のような着物に袖を通すと、布の感触が現代とまるで違った。廊下を歩けば、使用人たちがひそひそと話すのが耳に入る。


「若奥様のお気に入りかしら――」


「まあ、まあ……」


蒼真は耳まで熱くなった。


夕餉は豪華で、色鮮やかな料理が膳に並ぶ。

お千代は穏やかな笑みを浮かべ、蒼真の箸使いを優しく教えてくれた。


「いつも……家族は皆、忙しゅうて。

食卓の膳が揃ったことは、ほとんどございませんの。」


ぽつりと漏らしたその独り言に、蒼真の胸が痛んだ。

家族と離れ、寂しさを抱える少女の姿が、昔の自分と重なる。


気づけば、お千代と向かい合って話しているだけで、

心の奥の重たい鎖が少しずつ緩んでいくのを感じていた。


夜になり、蒼真が客間に通され、布団に腰を下ろしていると──


「蒼真、よろしければ……」


そっと襖が開き、お千代が顔をのぞかせた。


二人はしばらく他愛もない話をした。

未来のこと、江戸のこと、互いのこと。

気づけば、蒼真は笑っていた。そんな自分に驚いた。


翌朝。


「鳥居、がやはり鍵なのではないかと、わたくし思うのです。」


お千代が言った。


使用人に尋ねると、

「近くの山の奥に、小さな祠がございます」と教えられた。


蒼真は立ち上がった。


「……そこへ行ってみる。何か、分かるかもしれない。」


「そう、でございますか……」


お千代は目を伏せ、寂しげに言った。


「……短い間でしたけれど、お世話させていただけて……わたくし……とても……」


蒼真は胸が締め付けられるような思いで言った。


「僕のほうこそ……ありがとう。

助けてくれて、本当に……ありがとう。」


門の前で、蒼真は深く頭を下げた。

お千代は唇を噛みしめ、微笑もうとして微笑みきれない顔で、その背を見送った。


「どうか……ご無事で。」


小さく漏れたその声を、蒼真は振り返れずに聞いた。


朝の風が、二人の距離を静かに引き裂いていくようだった。


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